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ウリズンーテント村の昼下がりと赤旗主張


 ウリズンー昼下がりのテント村
  素敵な二つの顔(?!)

 帰りにテントに寄った。黄砂に薄曇りの陽光、風は北東から南に変わりながら少々強い。
安次富村長が豪快に寝ている。悪いと思いながら起こしてしまう。反対協総会の総括を反対協ブログに貼りつけるよう進言。運動方針を「沖縄県民の絶え間ない不屈の闘いと県民の知恵(ジンブン)を基本に巨ゾウ(米国)および虎の衣を借りるキツネ(日本)と対決しよう」と結んだ。
DSC01745.jpg
 朴訥なYさん
 先日、「辺野古浜通信」にYさんの素敵な笑顔が載った。会いたいと思った。Yさんの昼寝のスタイルである。海上闘争、彼はカヌーでも、ヤグラでも思索するように寝た。

 辺野古の闘い、カヌーでの闘いになると、最初にカヌートレニングを行ったのがYさん、当時65歳か?瀬嵩浜から大浦崎~ウムケー島(久志沖)往復を毎日、闘いに入って、豊見城の自宅から毎日通った。朴訥ながら情熱的で、かみしめるように話、行動する。
 揺れるカヌーで食事を食べ、腕を組み仮眠、父親を戦で失い、戦後の沖縄の闘いを担ってきた世代、沖縄の闘いはYさんのような「朴訥な大衆」の結晶かもしれない。目立つことなく、目配り、黙々と辺野古の草刈など自分で仕事を探す人だ。

DSC01746.jpg

啄木を沖縄から見る(3)
 啄木の友ー琉球の「明星」歌人山城正忠


 啄木ローマ字日記(鉄の心)
  啄木ローマ字日記は有名
  「僕は今日鉄のような心をもって人に対して接した、山城君は失望した」(明治42年4月4日)「君のような残酷な人にもう2度と会うまい」山城啄木追悼文)と絶交、4月22日、啄木は泉のように歌が湧きで「莫復問」(ヘナぶり歌ーふざ歌=歌は悲しき玩具)70首を発表する。
  「さばかりの事に死ぬや」
  「さばかりの事に生来るや」
  止せ止せ問答
     (『一握の砂』42年『スバル』5月号)
 を、正忠をも対象として見ることも楽し、この時期、啄木自殺願望、正忠はピストル自殺、啄木はカミソリ自殺、碓田のぼるは啄木問答歌について次のように書いている。

 『夜も昼もわずかにうめく』『恋しき人奪われしゆえ』
(正忠『明星』41年5月号、以後に多いのは「興味ある」)とし。
 
 『何故になくや』答えぬ「わが恋のまことならぬを恥じてわれ泣く」
  啄木(41年6月21日)
 正忠との関係を示唆している。
 
   故郷の山を思えば一茎の草の香りさへしたしまれつつ
        (啄木「明星」四一年一一月号)
   ふるさとの海を思へばまぼろしに見えつつ悲しき月夜の鴎
       (正忠『スバル』四三年九月)
 に啄木の影響見る。
 沖縄の明星歌人山城正忠と啄木との交流は『明星』(41年7月号・8月号)の社中消息および正忠「啄木追悼」文。「思い出話」「私と啄木」に見ることができる。絶交は明治42年4月4日である。
   尋常のおどけならむや
   ナイフ持ち死ぬまねをする
   その顔その顔
  (『一握の砂』「スバル」(42・5)
 モデルは「情誼の拘束」の金田一京助
   こそこその話がやがて高くなり
   ピストルなりて
   人生終わる
 (『一握の砂』「スバル」(42・5)

 のモデルを山城正忠(鉄の心の犠牲者1号)と見ると面白いと思う。
  
(次回ー晶子を姉と慕う啄木・正忠)

赤旗
主張
アセス「知事意見書」
新基地も普天間も許さない

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-04-02/2012040202_01_1.html
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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