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4・28を前にしてー復帰闘争碑・石原「尖閣列島買い取り」



「4・28」「5・15」
 埼玉のsさんの訪問アリ。各地の沖縄の会の活動新聞届きます。大阪の会の機関誌「沖縄座りこみ抵抗権 日本国憲法法体系でも侵すことのできない権利(1)」(宝の海3月14日)の要旨が紹介されました。沖縄返還以前の沖縄人民の抵抗権の正当性、それは、また、現在の闘いの正当性を具体的闘争から書きつづったものでした。
大阪の会のみなさん、いろいろありがとう。

 大阪の会の行動
  第二月  16:00阪急豊中駅前ビラまき
  第二火  17:00阪急駅前ビラまき
  第二木    17:00池田駅前ビラまき
  第二金  17:00千里中央ビラまき
  第三水  17:00JR大正駅前ビラまき
 などの行動などなどです。各地で行われる小さな沖縄行動は、とても、重要で、前進している。


下記は沖縄県国頭村辺戸岬の復帰闘争碑です。

にか無題
 (この写真は15年ほど前、沖縄戦後史学習のために撮影したもの)

辺戸岬の”祖国復帰闘争碑”の全文
________________________________________
祖国復帰闘争碑
全国のそして全世界の友人へ贈る。
 吹き渡る風の音に耳を傾けよ。権力に抗し復帰をなし遂げた大衆の乾杯の声だ。打ち寄せる波濤の響きを聞け。戦争を拒み平和と人間解放を闘う大衆の雄叫びだ。

 “鉄の暴風”やみ平和のおとずれを信じた沖縄県民は、米軍占領に引き続き、一九五二年四月二八日サンフランシスコ「平和」条約第三条により、屈辱的な米国支配の鉄鎖に繋がれた。米国の支配は傲慢で県民の自由と人権を蹂躙した。祖国日本は海の彼方に遠く、沖縄県民の声は空しく消えた。われわれの闘いは蟷螂の斧に擬された。
 しかし独立と平和を闘う世界の人々との連帯であることを信じ、全国民に呼びかけ、全世界の人々に訴えた。

 見よ、平和にたたずまう宜名真の里から、二七度線を断つ小舟は船出し、舷々相寄り勝利を誓う大海上大会に発展したのだ。今踏まえている土こそ、辺土区民の真心によって成る沖天の大焚火の大地なのだ。一九七二年五月一五日、沖縄の祖国復帰は実現した。しかし県民の平和への願いは叶えられず、日米国家権力の恣意のまま軍事強化に逆用された。
 しかるが故にこの碑は、喜びを表明するためにあるのでもなく、ましてや勝利を記念するためにあるのでもない。

 闘いをふり返り、大衆が信じ合い、自らの力を確め合い、決意を新たにし合うためにこそあり、人類が永遠に生存し、生きとし生けるものが自然の攝理の下に生きながらえ得るために警鐘を鳴らさんとしてある。

 私たちは、この碑文から何を学ぶであろうか。

尖閣諸島「年内に購入」 石原都知事が検討

石原東京知事がアメリカで「尖閣列島」を買い取りとの報道、沖縄県知事「安定性」と肯定的発言。東京都が買って、「都民の財産守れ」と与那国や先島諸島に自衛隊増強せよと、軍事要塞基地にするつもりであろう。
 東京、名古屋、大阪と日本の主要都市が「狂って」いる。
 
  琉球・沖縄は「万国津梁の邦」である。

 東京に守ってもらう必要ない。沖縄の領土と人民をサンフランシスコ条約でアメリカに「売った」のも「東京」であり、沖縄戦で「国体護持」の捨て石にしたのも「東京」だ。
 
辺野古新基地に固執するのも「東京」だ。

 東京都民は「愚か」ではないと信じる。東京が米国追従、アメリカの「ゆすり」と決別すれば、沖縄は平和な島になれる。中国を仮想敵と煽るのは、世界の流れに反し、日本が孤立する道だ。アメリカがキューバ敵視して米州機構で「孤立」へと進んでいる。親米国コロンビヤ、メキシコも米国離れが深刻化している。

 憲法9条持つ日本は東アジアを紛争の平和的解決を提案することが、今、理性的に歩むことだ。石原都知事は、大阪の橋下の原発ノーの「打ち上げ花火」に自己存在を示すプロパガンダ効果を狙ったか。

学習資料・拡散して

QABニュースレポート
検証動かぬ基地 vol.108 「辺野古案」アメリカの有識者はこう見る

http://www.qab.co.jp/news/2012041735007.html
 アメリカのシンクタンクの発言の中から何を読み取るか


琉球新報社説
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-190087-storytopic-11.html

 明日はテント村8年・もしあの時、あの日
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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