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沖縄2紙読んでーメモ記録、アメリカの軍事プレゼンスいかに?


 食べる力、食べるよろ喜び
 蒸し暑い夜、先週から雲り空、辺野古の空の雲の発達の仕方、海上・陸上とも竜巻や漏斗雲発生しやすいと告げている。今晩から日曜日まで、雨の予想だ。大雨、雷含め注意。テントの皆さん、大雨降ったら辺野古浜の崩壊、カメラに納めてください。雨の中の撮影をお願いしたい。鉄砲水の発生しやすい雨と予測されます。
 辺野古地域は竜巻発生しやすい地域。これまでもいくどか被害にあっています。

 語り伝えること
月・水・金は、午後に新聞読むことになる。次の新聞記事は、本来なら昨日の2信の発進になるが、点滴治療は4時間に及ぶので疲労で今日の発進となる。
 医師の検査の結果、主要マーカーが減少していると告げられる。私の体「定められた運命」に抗し頑張っているようだ。
妻の癌にたする学習、さまざまな医師の講演に参加、食事の勉強などの賜物である。保険のきかない最新療法に惜しみなく援助してくれている。妻への感謝、散歩のおり、花を摘んで、台所に置くだけ、まだ、野菜だけは供給できているが、依然のように重労出来ないために野菜に勢いない、深耕が不十分なのだ。

 最初は入院の頃から病院の食事食べられず、退院後の妻がつくる料理食べられず、毎日、素材変え、二人で研究し、アンデス原産が喉を流れた。二人で涙を流した。アシチビチの砂糖煮つけ、転換となった。なみだがポオポロ流れすすり泣きした。妻の友が持ってきたケーキガブついて食べた。ケーキ食べ物かと過ごした人生。食べ物が逆転していたのです。体力着いて、今、自分で車で行く。

家に帰って帰りメール開くと高江から7月1日「高江5周年」に発言要請うける。宝の海に応えてくれてありがとう。一定の時間確保していただけるようだ。テーマを「沖縄非暴力と積極的非暴力の歴史と課題」で話をしようと思う。戦後の沖縄に生き、闘い続けたものとして、大切な民衆の歴史、現代の世代に伝えたい。
 高江のみなさん、7月1日のために確保した「イノシシ」県議選挙の事務所に送りました。改めて確保します。

 「沖縄を徹底的に打ち砕け」
   「もの言えぬ民、叫ばぬ民」を日米政府狙う

 さて、下記の琉球新報をまず読んでください。そして、拡散をお願いします。

琉球新報
オスプレイ 普天間へ飛行移動 県内直接配備へ
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-191860-storytopic-3.html
 日米政府は、力ずくでオスプレイの強硬配備最終決定。日本政府も「説得」放棄だ。その狙いは沖縄が抵抗できないように軍事力の力を見せつけることであろう。

 儀間浦添・儀武金武町長の発言
   微妙な発言軽視してはならない。

琉球新報
普天間「全国分散を」 民主石井氏、嘉手納統合案を修正
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-191861-storytopic-3.html

 アメリカの軍事プレゼンス
  政府・軍内部で変化?

 次の沖縄タイムスタイトルは「嘉手納統合案」だが、内容はアメリカの軍事プレゼンス論である。北朝鮮「人工衛星」(長距離ミサイル)に、PAC3、イーズス艦無力であった。当時の映像、自衛隊基地で銃を担いで、自衛隊員基地内走りまわっていた。
沖縄タイムス
米が日本側意向確認へ 嘉手納統合案
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-05-30_34387/
 MD時代において、現在の軍事状況で見ると、日本帝国大本営用語でいえば、アメリカの「絶対防衛圏」が後退を余儀なくされている。「嘉手納が攻撃された場合、数時間で機能破壊」「在日米軍の地理的優位性、日米同盟の役割変化」、オーストらリアに言及し「政治的持続性」で結んでいる。軍事評論家でない政府筋・軍のほうから言い出してくると真実性が高くなる。
 もはや、日本国民は、海兵隊の地政学的抑止力を信じない、軍事的日米同盟を懐疑的、冷徹に見るようになってきている。
 日本政府・防衛省の中国敵視、東京都知事の「東京が尖閣列島守る」で軍事的挑発は時代の遅れである。
次の沖縄タイムスコラム『大弦小弦」は、アジア世界で日本がいかなる立場に歩むかの示唆になろう。沖縄は日本の歩む道、示すであろう。

タイムス[大弦小弦]中国中央電子台(中央テレビ)の著名キャスター白岩松さんが...
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-05-30_34385/
 (明日は、私の指針ー世界・アジア・日本・沖縄を見る目)

アジサイの次にやってくる夏ー庭の花(2)
 サンダンカ
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 垣根をサンダンカに
 取り木成功しました。
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「首里城光と影」と映画「ひまわり」


タイムス2つの記事
 今日は、運転免許の更新、優良で30分の講義ですむ。新聞は沖縄県議選挙1色、沖縄市区と那覇市区の友人激励のため「宅急便」で山の幸を送る。沖縄タイムスに興味のある記事二つ。

 「首里城光と影」
  「万国津梁」「テンペスト」「国頭サバクイ」
 民衆の視点で見る目を!

 沖縄タイムス連載「本土復帰40年沖縄の自画像」(48回)は「首里城光と影」に入った。
い無題

 首里城含む世界歴史遺産「沖縄城群遺跡」をどのように見るか。琉球王国をいかに民衆の視点で見るか。太平洋の西の沖縄島に世界遺産に登録された城群、成立期人口約17万人、シルクロードの東の果ては、海に浮かぶ小さな島々、その富はいかにもたらされたか。首里城など教え、案内するときの最初の課題であろう。

 「万国津梁の邦」の大交易時代のレキオと呼ばれた琉球商人の勇気と栄光の時代がある。島津侵入(1607年)以後の琉球王国は崩壊の危機を孕み、「日支両属」と言われ、民衆からの搾取によって維持され、御冠船・組踊りなどの華やかな文化を生み出す。NHKテレビドラマ「テンペスト」では、琉球王国の支配体制の頂点、聞声大君がジュリ(遊女)に転落、外国水夫にレイプされ、アンヤー(部落)に身を落とす。

私は、母の危篤状態が続く中、高江の闘いにもおり、母の伝承してきたクエーナ、ウスデーク(臼太鼓)などから、琉球民謡「国頭サバクイ」を民謡ではなく、民衆の舞台演劇であり、琉球王(首里天願子)を讃える歌、舞でもなく琉球王国への民衆の怨嗟であり、琉球王国は崩壊の内的矛盾を孕んでいた。と、「宝の海」に連載した。

「首里城光と影」
 識者の見解

 大浜長照元石垣市長(現国頭村安田診療所医師)
 「首里城の「完成は率直に喜べなかった」「首里城は八重山を搾取した琉球王府の象徴だ」

 琉球大学教授高良倉吉
 「首里城が搾取の象徴だという宮古、八重山,奄美の反応は予想通り・・・」
 「沖縄はこれからの日本がどういう国になるのか、問題提起できるだけの経験と論理を一番持っている地域だと思う」

「宝の海」では、やんばるの農民「生き地獄であった」
中央から観る目、中央官僚、メデイアから見るのではなく、地域、民衆の目で物事を観ること大切だ。母の伝承、「国頭サバクイ」、女の神アシビ(遊び)から、琉球王国観てきたこと、正しかったと思う。

 「宝の海」-国頭サバクイ考(2)6月12日第1信 関連6月11日
http://teruo024.blog47.fc2.com/blog-date-20120512.html

  映画「ひまわり」順調に進む
  宮森ジエット機墜落事件(1959・6・30)

 私の世代にとって由美子ちゃん事件と宮森小ジエット機墜落事件は原点(プロフィール参照)である。

ハ無題

 宜野座映子女史の情熱が   
 宜野座映子さん、 辺野古海上闘争、V字違法アセスの阻止、監視行動に平良悦美女史とともに毎日、毎日、真黒になって奮闘した。高校教師としての実践でも平和学習、ハンセン病学習、故ネルソン氏の講演でも大きな役割を果たした。
 アセスの闘い目途がたった頃、宮森小学校墜落事件を演劇「フクギの雫」に完成させ、若者たちと全国的に公演した。嘉手納の基地強化、オスプレイ配備の中で「ひまわり」の完成、期待したい。沖縄の子供たち出演に選ぶ姿勢もいい。

オスプレイー安全性に深刻な穴


 オスプレイは深刻な危険機
 拡散を望みます。

琉球新報
オスプレイ、安全性に深刻な穴 元主任分析官リボロ氏が指摘
http://ryukyushimpo.jp/


沖縄タイムス
米政府を提訴へ 嘉手納爆音 9月にも

http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-05-28_34293/
 1996年9月、「横田爆音訴訟」「沖縄」で、横田訴訟団、国際法律家協会で米国原告訴訟を目指して渡米、この時の渡米は、私の基地認識に大きな意味を持った。報告は「旧宝の海」の文集に掲載。
 裁判所が「第3者」論、あるいは国が「永劫の里」(住民出ていけ)の中で重要な意味を持つ。日本の裁判所で提訴か、マメリカの裁判所か。新しい裁判になる。

 訂正
 沖縄県議選挙は6月1日(金)告示です。

 夢を見た
 高江にいた。上空をCH53ヘリが、小型重機、4トントラックなど次々に運んでいる。真部防衛局長と下地幹郎が、ヘリに乗って嘲笑っている。操縦は海兵隊。
 体いっぱい汗をかいていた。
 日ごろ、下地幹郎ファミリー「大米組」は、いかなる体制で工事着工に入るか。気にしているからであろう。
 おそらく、沖縄防衛局と「大米組」は、ヘリを使ってでも、海兵隊、防衛局を動員してでも、挑んでくると思われる。辺野古でも、「夢」が現実として起こること、たまたま、有った。

庭にアジサイが咲いた。庭に夏が来る
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いよいよ、沖縄県議選挙、動けないが、同じ思いです。みんなが楽しく活動できるよう差し入れに専念します。
 名護市区も散歩しながら、声をかけたいと思います。
 赤旗主張
沖縄県議選迫る
「基地なくせ」つらぬく党を
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-05-28/2012052802_03_1.html

沖縄県議選挙告示1週間前

 沖縄県議選挙告示一週間前

名護市区(定数2)は骨の髄まで基地誘致の前副市長に、基地反対派玉城義和(県副議長)、玉城健一(名護市議)に、泡沫的比嘉の4氏、理論。実績とも義和氏にガンバテもらう。

 仲井真知事は「辺野古不可能論」、自公勢力、国民新党(そうぞう)含み、民主党を与党に引き込み、「辺野古可能」を狙う?。

 療養中で動けないけれど、まず、共産党の6人当選願う。那覇市区の前田政明は同郷。沖縄市区の嘉陽宗儀は沖縄高教組結成にともに、参加、発展に尽くした。西銘純恵(浦添市区)は、大学の後輩だ。
 今回はお手伝いできない。
社民、社大、および、基地反対の各候補の奮闘を期待したい。勝利の保証は「足だ」。

 沖縄県議選挙告示(6月1日(金))
 沖縄県議選挙投票日(6月10日(日))

   沖縄統一連―6月14日オスプレイ集会
 (参考ビラ、選挙終わったら各団体行動を起こそう)
http://homepage3.nifty.com/anpohaiki/anpo-news/okinawa11-60.pdf

オスプレイ配備反対宜野湾市民大会(6月17日)

 高江座り込み5周年(7月1日)
 辺野古テント村3000日(7月5日)

7・16「脱原発10万人集会」(東京)オスプレイ・普天間結合を!

今年医者になったばかりのみなさんと
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  (5月26日(土辺野古)

 海兵隊員
 拳銃携帯して民間浜パトロール
 基地の中ではカーニバル
 初めてのことです。

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  (5月26日(土)
 辺野古テント村日刊紙『おはようございます』(最終号)
 海上闘争、海上での闘い、朝新聞見る時間がない。A3版の新聞は発行され、船、カヌーヤグラの上で、新聞を読むことになる。約2年間、毎日新聞切り抜き、船出に配達される。
 仲本幹事(民商)、東江幹事(医療生協)は、未明に作成、海の学習に貢献した。最終号は06年6月21日となっている。
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「小さな記事だが」(新報27日)

 孫崎亨(元イラン大使、防衛大学教授)講演(要旨)
 「米国と一体であれば繁栄する時代は終わった」
 「米国に反対すれば、日米関係が崩れてしまうというキャンペーン」
 「核による抑止力はない」
 「米軍は尖閣列島守らない」
 「東アジア共同体をつくることが最重要だ」
 「今こそ、自分でものを考える時代だ」

「国外移転」とは、普天間の撤去・閉鎖・全面返還でしかなしえない。海兵隊は沖縄に不要である。

 私は96年前後から、海兵隊不要論、撤退論を唱え、海兵隊は日本ミニタリストの「傭兵」、日米安保から日米平和友好条約へを唱えてきた。
 すでに、毎日・新報世論調査では平和友好への沖縄の世論は71%(平和条約55%、廃棄16%、その他)と時代は動いている。
無題
沖縄タイムス社説(27)
[オスプレイ配備]沖縄は「足の裏」なのか

http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-05-27_34254/

やんばるの森白く染めるイジュの花ー「もう説得されない」


  夏本番です
 うるま市はイジュの花散り
  金武町から名護の森は満開に向っています。
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   (金武町屋嘉自動車道)
 名護世振慶の森、高江の森は日曜日、満開であろう。イジュの花は、クエーナ時代、琉歌時代から詠われる沖縄の代表的な花である。
 また、イジュの花が最後の梅雨の雨に流されると本格的夏で、夏の魚がイノーに群れてくる。平和丸で釣りたいが、かなわぬ・・・・・。
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 辺野古に寄りました
 沖縄の高校生総合学習でバス8台
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 共同通信配信「琉球新報」3面(25日)
 2009年12月、オバマ・鳩山会談、メデイアは「日米同盟深化」報道一色であった。
 共同通信要旨「もう説得されない」

 カン内閣発足の頃、全国紙「首相自ら沖縄説得」「沖縄の説得と言う困難に臆することなく行動せよ」をと全国紙書き続けたこと、批判している。「本土メデイアも同じ目線だった」。

 オスプレイ配備についても「閣僚たちがこれから何度沖縄詣でを繰り返しても、沖縄はもう説得されないのだ」と結ぶ。

 オスプレイの組み立て、厚木基地、もはや、日本の首都の問題も含んで来た。情報によれば厚木基地のGW搭載機の離発着訓練(タッチ・アンド・ゴー)が嘉手納並みになっているようだ。(3日間で苦情2100件)、米軍の低空訓練も全国化、

 「空飛ぶ棺桶」「未亡人製造機」オスプレイが首都圏と沖縄の空を飛ぶ、許せるか。
無題1
QAB朝日

 那覇市議会「オスプレイ配備反対決議」

http://www.qab.co.jp/news/2012052535682.html
韓国と辺野古の交流
http://www.qab.co.jp/news/2012052535699.html
 90年代に2度、韓国へ、03年平和委員会でメハンニ、儀政府含め交流。国際会議での交流。

実践的沖縄非暴力を語りー繋ぐとき


 実践的沖縄非暴力
   「大西さんは語るべきだ」ーS女史の提言に!

 23日、夕方の散歩、スパーで辺野古、高江を共に闘ったS女史にあった。半年余の再会である。S女史は毎月、伊江島のわびあいの里を訪問している。戦後の沖縄非暴力の原点である。私は阿波根昌鴻なきあと、命日の3月21日は焼香で訪問しているが、今年は療養中で訪問できなかった。80年代末から90年代中期まで毎週伊江島であった。それを『沖縄の太陽物語』として95年7月末出版、1月後少女暴行事件が起こった。
 その後、伊江島ツアー増え、ネットワークのガイド土日はほとんど伊江島。DSC08131.jpg
(私と伊江島結んだ「沖縄の太陽」碑、1972年7月『歴史地理教育』臨時増刊「伊江島特集」と『米軍と農民』(岩波新書)が心の襞に残り、90年代初期『沖縄が動く予感」で高校生に焦点当て沖縄の非暴力の闘いを出版書いたのである)

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 、伊江島ツアー増え、ネットワークのガイド土日はほとんど伊江島。
 S女史は「大西さん実践的非暴力語り、書き残してほしい」という。辺野古・高江のDVD、映画は少なくないが理論・実践論としての場面は多くはない。多くの方々が新聞に「沖縄非暴力」に触れている。辺野古の非暴力の実践者一人、当山栄氏逝き、今、私が定められた日々。
 (団結道場トイレ、<アメリカヌ花、真謝原の花、「銃剣とブルドーザー」1955年3月11日>

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  (阿波根昌鴻命日ごろまで伊江島の野生のマーナ咲く、基地の中(黙認耕作地)と金網の基地、その光景に伊江島の非暴力と積極的非暴力が秘められている)
 辺野古テント村には、私が作った故阿波根昌鴻の写真パネルが張られている。
 安次富君はまだ現職であった。高江の闘い07年、08年については、比嘉君が私の動きを中心にDVDに1時間収録していただいた。08年夏、熱中症。脱水症からくる脳梗塞で前線での実践は控えざるを得なくなった。
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 (晩年阿波根昌鴻翁は病、わたしがツアーで来ると必ず講話に出てきました。それは娘のように愛した少女を私が書いたからだと思う。90年代私とともに伊江島行った読者のみなさん、写真撮っていましたら送ってください。オジーの思想と行動が読める写真があると思います。)

 5本の指の非暴力と
   積極的非暴力

 S女史の提言、前向きにとらえたい。沖縄非暴力、先人たちの戒めの実践、現場の責任を担ったものとして、今、語り、書き、明日につなげたいと思う。この9年の到達点をまとめて書く、文章構成力は低下している。断片的には「宝の海」に書いていて、特に、高江スラップ訴訟判決前後に「沖縄の抵抗権は日本国憲法でも侵すことのできない権利」を連載した。S女史には辺野古のテント・高江のテントで「語る機会」作ってくれたらいい、と、提起している。
 沖縄抵抗権(参考)
http://teruo024.blog47.fc2.com/blog-date-20120312.html

http://teruo024.blog47.fc2.com/blog-date-20120314.html

http://teruo024.blog47.fc2.com/blog-date-20120316.html

IMG (4)
 (この写真は、福島の教師ツアーが撮ったオジーです。「5本の指」の思想が明確にわかる瞬間を捕っています。ブログの呼びかけに答えてくれました。もし、辺野古の闘い、高江の闘い初期、私の写真撮っている方、送ってくだされば幸いです。私がカメラの記録本格的にやりだしたのは08年です。辺野古。高江の歴史解説、責任者の一人として読めば、単なる写真でない世界が見えるかもしれません)
 S女史の伝えるところによれば、辺野古の阿波根昌鴻おじーの写真観て彫刻家の金城実氏が、彫刻にして、展示会の計画もあると聞く。
 日米政府の権力と法の暴力に
   沖縄非暴力は世界に輝く力

 70年代の沖縄の闘いは琉球警察の機動隊弾圧組織、大衆闘争のヘルメット化など複雑であった。80年代中期から沖縄反戦地主のねばり強い闘い、その象徴としての阿波根昌鴻の「愚直」、瀬長亀次郎「不屈」、復帰闘争碑の戒めが注目を集め、国際的には地球サミットの諸条約、国連の「平和の文化宣言」起草(1999年9月13日、国連総会平和の文化宣言と10年行動計画決議)があった。
わたしを含めて、故当山栄、安次富浩などなども、この時代のオジーの影響受けている。04年4月19日(Xデー)を意識し、戦略・戦術を模索、あるいは、準備体制に入っていた。S女史もその一人であろう。

IMG_0164 (2)
 (2代目テント村村長当山栄」逝くまで壮絶な戦い、寡黙ながら信念と英断、細く優しい目に、唇の閉まりに司令官としての人格がみなぎっています。なお、5月12日「宝の海」に埼玉の杉浦氏が「あなたの残したもの」で当山氏から学んだこと「詩」の形式で送ってくれました。大事なことです。当山氏が何を記録し残しているか、資料の検証必要だ)

昨日のオスプレ問題
 いよいよ首都圏の闘いと沖縄の連帯重要になってきた。
琉球新報社説
オスプレイ配備 沖縄への無理解際立つ
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-191589-storytopic-11.html

県議選挙の中ーオスプレイと小さな記事


台風シーズンへ入ります。
 今日(23)は採血もあるので憂鬱、点滴はつらい。点滴中は寝るので夜の睡眠が狂ってってしまう。病院から帰って新聞読む。
 昨年は5月台風来襲でゴーヤーなどのウリ類が大きな被害受けました。北緯20度以下で発生する台風は日本列島縦断の可能性あり。日本列島自然災害に弱くなっているように思えます。
http://typhoon.yahoo.co.jp/weather/jp/typhoon/

単純な疑問
 「日本は兵器組立工場か?」
 オスプレイ組立報道ー小さな記事に本音

(1) 沖縄タイムス(28面)とても小さい記事ですが「普天間に新機種へり」の記事、「UH-1Y」ヘリをC-17大型輸送機配備、あと二機も運ぶのだという。辺野古V字計画準備書意見書に隠された配備(運用飛来機)にC-17グローブマスターを指摘した。滑走路600mで着陸可能、ヘリや戦車など積んで離陸は疑問だが着陸可能。それが、普天間に飛来した。私の指摘実証する。
 (2)なぜ、組み立てだ。単純なことだが、MV22は強襲揚陸艦ボノブリシャールに積んでやってくると思っていた。配備地で組み立てするのだ。強襲揚陸艦(4万トン)で運べないとは、いよいよ、化け物と言える。
 (3)那覇港組合がMV22配備に反対、新しい動きが始まる。
『小さい記事』だが、「女性団体連絡協オスプレイ反対」、沖縄の女性が統一して動き出した。1995年の事件も沖縄の女性団体が先陣をなした。

沖縄タイムス(23日)
オスプレイ軍港搬入 那覇港組合が抗議へ

http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-05-23_34099/
 
下地幹郎国民新党幹事長の狙いは
 「試して」いるか、首都圏の運動

 下地氏がMV22組立、厚木を政府に提案。下地氏はオスプレイ普天間配備論者である。下地氏のフアミリー企業大米組は高江オスプレイパット落札企業で、辺野古の兵舎など受注しているといわれている。
 那覇港組み立てに県民の不満が高まっている。沖縄県議選挙、国民新党,地域政党「そうぞう」への批判をかわす狙いもある。街は沖縄県議選挙終盤の模様。

 横須賀から厚木への国道などを「軍用道路」に恒常化する狙い、CAギャラクシー、C-17の厚木基地乗り入れ、あるいは日米の動き激しくなってきた横田基地の強化も狙うか。
 キャンプ富士と沼津海域(エルキャック訓練あり)、結ぶMV22訓練飛行の可能性あり。普天間(辺野古)-高江ー奄美ー岩国、富士の一体化、揚陸艦母港としての佐世保の強化狙って来たか。
 何も、下地氏の発言は新しいことではなく、2プラス2の事務官レベルで示された問題を、政権党の国民新党幹事長が、政府に実施を迫ったに過ぎない、首都圏の平和団体、市民運動、憲法擁護運動を「試して」いるにすぎないと思っている。
 日本全国「いらないものはいらない」、沖縄可哀そう論は沖縄への基地強化である。

 沖縄タイムス(23日)
下地氏、オスプレイ本土一時配備を要請
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-05-23_34100/

ブロックフェンス・違法アセスのもたらす海岸破壊(2)

V字基地ができたらどうなるー辺野古フエンスが語るもの(2)


 皆既日食の日に
   辺野古浜の保全提言

 違法アセスによる兵舎などの建設、ブロックフェンスの設置で、辺野古浜の変容著しい。20日大雨洪水注意報、ヤンメームン(療養中)だが気になって、辺野古に向かう。(昨日宝の海)
 その夜、具志堅徹幹事(名護市議)を家に来てもらって対策を取る。朝(21日)、寒い、皆既日食の影響か、長そで出して、うるま市へ定期の治療に向かう。帰りに、具志堅さん行動に移したか電話を入れる。名護市の担当と市役所出るところ、同じ時間に辺野古に着くので、現場に向かうことにした。

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 (21日)
 具志堅さんと
  市役所職員の調査

 かなりの時間かけて調査しています。6月17日、辺野古ハーリーのようですが、梅雨前線南下して太平洋高気圧の力、増して北上すると大雨の可能性、ハーリーが出来なくなる可能性あるので、具志堅さん辺野古区事務所に足を運び、打つべき手、助言したとの報告受ける。(浜の痛み、イノーの変化、干満状況からハーリー出来るか?)

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 基地陸では森や緑地剥ぎ取り
  海岸では、海兵隊重機の訓練で荒らす

海兵隊・沖縄防衛局共同正犯の自然環境破壊です。
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(基地内アセス法逃れの兵舎など建築進む)
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  (戦車道周辺の緑地剥ぎ取り-21日)

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  (浜では、海兵隊の重機訓練21日)
 深層崩壊
 昨年、全国的に山崩れ、「深層崩壊」という用語が生まれた。海岸の表層崩壊進んでいた。
 後背地に磯の森、海岸植生、植生地に川なし、ところが、砂浜至るところに川の痕跡、劣化した砂の地下に「水のトンネル」できて川になったような現象だ。砂の持つスポンジ効果が破裂した印象だ。いわば、砂浜の深層崩壊?
 たかが、ブロックフェンス設置で徐々に砂が減り、極限に達し崩壊、梅雨はまだ続く。
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 (21日)
 藻場調査を 基地の中の砂浜は調査できない。全体的に変容がおきているのか、イノーの砂地(白い帯)が広がったように見える。調査の必要性をと思うが、療養中で平和丸出せない。
 このような具体的事象からアセスの出鱈目さ暴くことができる。
 (21日、横へ白く海が見えるが・・・)

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 テント村もよりました
  連日、訪問者絶えません
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 カンパもバーナーも
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日本共産党の安保論
 私の論調に接近してきた
 コラム「潮流」(21日)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-05-22/2012052201_04_0.html

V字基地ができたらどうなるー辺野古フエンスが語るもの(1)

 V字巨大基地ができたら
  名護東海岸~宜野座海岸はどうなる?


 辺野古フエンスの構造物でこうだ
川がないのに河口が出来る!

寝だめの日曜日
  大雨のなか辺野古散歩

 日曜日は寝だめ、未明から大雨降った。テント村に辺野古海岸の写真撮るよう電話を入れる。カメラもっている人いない。雨のなか辺野古散歩に出る。私が着くころ、雨小降りになりました。

 このフエンス以来の辺野古浜写真に収め、この構造物がどのような変化を来たすか観察してきた。風と潮の満ち引きで海岸線の砂が減少、陸地から流れる水の吸収力減少し、海岸に川が出来るようになった。04年の台風以来(13個)台風の来襲少なくなって、名護東海岸拡大していた。(記録写真はCD化保存)
 昨年コンクリートフェンス設置以来、松田浜(辺野古浜)の変容はすさまじい。
 つぎは、台風時の観察もしなければならないと思う。
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 川ないのに、河口が口を広げ、手前の草たち今は命つないでいるが風前のともし火・・・?これまで見たことのない風景、私の予測をはるかに超えた。辺野古通って10年余、始めて観ます。
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 グンバイヒルガオの根
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オオハマボウ(ユーナの仲間18日ブログで公開)
 流されました

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 トベラ(18日ブログ)
   流されました。二日前のことです。これぐらいの雨でこうなのだ。これから、イジュの花流す大雨が2度・3度予想される。台風のように1日中雨降ったらどうなる。フエンスのコンクリー、昨年5月の台風で5cm動いている。まともに大波当たる面積増えた。どうなる。これも観察の一つ。
なお、5・14に設置したポイント5mm砂の厚み減少しています。とても、原始的な調査ポイントだ。

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 浜の奥ではハマゴ群落・・やがて?????
 砂の減退で、砂浜のスポンジ効果、草の中も弱くなっている。
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 基地の中は、アセス逃れの兵舎などの建設ラッシュ、緑地や草場をすべて赤土むき出しにして、鉄砲水になり、スポンジ効果減退した浜もろく、一気に崩壊する。
   水陸両用戦車などで浜の草生える場ありませんから浸食は一層深刻です。

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 基地の中です。1mほどの高さで浸食の勢いです。(18日ブログと比較)
 フエンス構造物が出来るまでこのようなことありませんでした。

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 松田浜(辺野古浜)浸食に
  辺野古の幹部たちは

 松田浜の浸食激しい。夏の台風まで観察しないと結論は出せない。観察指標ポイントはきちんと打ってある。私の体力がどうなるかしれないのでポイントは伝えておかなければならない。
 私は、胸が痛むのだが、辺野古の村の幹部たちはすでに、基地建設作業ヤードに放棄しているので胸が痛まないであろう。ニライカナイの神々の住み、ハーリーの場、ある程度、浸食は食い止められる。村に貯めこんでいる軍用地料から、5万円投入すれば1日でできることである。
幹部の幾人かは、ほぼ、毎日、テント村監視(撤去)のために巡回しているようだが、自分たちの財産(はーりー浜)の状況は見えないようだ。
 たとえ、放棄した浜と言えども、守れるのは守るべきだ。粗末にしていい浜ではない。子どもらの浜、磯を学ぶ宝庫でもあるのだ。森までの植生は典型的な植生である。
 基地の中も何らかの措置をするべきだ。連動している。どんな、手を打つか。

テントに寄りました。

奈良県の中学修学旅行生
  東恩納琢磨君が説明
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高江全国巡業中
高江情報
 こちらから
http://takae.ti-da.net/

沖縄県議選挙突入ー私は何をする

高江全国巡業は(20日ブログ)

切れ目なく沖縄の闘いは続く
 体制確立しー政治戦と住民運動の確立
 沖縄は沖縄県議選挙に突入

 
(1)沖縄県議選挙(6月3日告示、6月10日(日)投票)
  (拡散可)
(2)オスプレイ配備宜野湾市民大会(6月17日)
(3)沖縄慰霊の日(6月23日)  
(4)高江座り込み5周年(7月1日、作業再開解禁、詳細後日)
(5)辺野古テント村座り込み3000日(7月5日、詳細後日)


 沖縄県議選挙

 4年前の県議選挙、日本共産党はじめ、社民・社大党および基地反対派(無所属の前進が沖縄の政治(県議会全会一致辺野古移設反対決議)を大きく変えました。

 昨年末以来の評価書問題など、これらの勢力は力注ぎ、選挙態勢作り、影響したのではないかと危惧するものです。これらの勢力の奮闘を望むものです。
 選挙戦の勝利の保障は「足」です。「足」動かさない選挙に勝利はありません。風ではありません。 
私は動けない。ですから、選挙情勢について情報書くことは情勢を正しく伝えること出来ません。

 オスプレイと高江
 森の動物たち、繁殖旺盛、やんばるクイナの南限を高江以南まで広げるニュース、森の動物たちも闘っている。
 7月1日は、オスプレイパット作業再開解禁。
 業者は、国民新党幹事長下地幹郎フアミリー企業「大米組」です。今までと違います。政権党と沖縄防衛局が一つになります。「大米組」は、防衛予算に参入して大きくなってきました。

 辺野古経験のでは、作業とは、作業に入る行為(機材の運搬など)入りません。6月に入るとの監視体制が重要になります。県議選挙の中でも機材の搬入あると見るべきです。
 7月1日、皆さん高江です。
 わたし、現場へいけませんから、現場闘争時期、クンチ(栄養)付けるために、「牡丹鍋」を100人分、確保し始めています。インスタントでは、力が湧きません。高江への恒例の宅急便(廃鶏)の確保も進めています。
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(私の「宅急便」で夜の交流)


   沖縄県知事は「オスプレイ配備反対、オスプレイパット建設賛成」
   東村村長「オスプレイ配備反対、オスプレイパット建設賛成」
   宜野湾市長「オスプレイ配備反対、普天間補修にコメントなし」
オスプレイパット反対の強力で確固とした与論形成を、県議選挙で作りあげること。

 全国的支援体制の確立をNEC_0341.jpg
   (2011年2月)
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  (現場での交渉は、冷静に座って2011年3月1日)

 定期的に辺野古・高江の座り込み埼玉の杉浦公昭さんのメール
基地反対闘争の最前線に立つ人たち(7最終回)
2012年05月14日
Posted by kyutono9 at 18:05 │Comments( 0 ) │TrackBack( 0 ) │ 米軍基地問題
 杉浦さんのようにメール・HPで仲間たちに発信する人
 とても、大事です。
伊波洋一さん2010年11月の沖縄県知事選で、普天間米軍基地の辺野古移設反対の民意を掲げて闘い、1割程の僅差で負けましたが、相手候補に「県内移設容認」から「県外移設」を公約させました。
2012年2月の安里宜野湾市長の病気辞職に伴う選挙で、沖縄に新たな基地を造らせないと言う民意の統一と団結のために闘い、4 % の僅差で敗れましたが、相手候補に「県内移設容認」から「普天間の固定化阻止」を公約させました。

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 (左稲嶺進名護市長)

私は「伊波洋一さんを応援する本土の会」を作り、知事選では、186人の賛同で278,840円のカンパを、市長選では、46人の賛同者で98,000円のカンパを届けました。
今年の4月18日、辺野古の座込みの帰り道に伊波洋一事務所に立ち寄り、若干の意見交換をしました。
ネットを通じて、選挙初盤の後援会で「今回の選挙は圧勝しなければならない」との楽観論が聞かれ、危険だと思い私なりに打ち消すようにしていましたが、残念でしたね』と話すと、伊波さんは「市長選の雰囲気は真に良くて、選挙終盤の打ち上げでは私の方の応援者が多く集まっていて勝ったと感じたのに、負けたのはやはり杉浦さんが言うとおり楽観論があったのかも知れない」と述べました。
私が「米軍基地を撤去させるには、日米安保条約を破棄しなければならないと考えますが、私の周りは安保容認派が多くて、なかなか困難と考えています」と話すと、「その認識は間違っています」と昨年11月にNHKの世論調査結果をコピーしてくれました。

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(高江の大事な時に埼玉から駆け付ける杉浦さん。左3人目カメラ、2011年2月)
それを見ると、今までは「在日米軍基地で日本の安全が守られたと思う」人が76%も居たが、今では「在日米軍基地の負担が重くなったと思う」人が72%と逆転し、将来「日本は安全を守るためにどのような国を目指すべきか」との問いに「アジアの国々と国際的な安保体制を築く」と答えた人が55%に達していました。
更に、伊波さんが今年3月5日に東本願寺沖縄別院で講演した「普天間基地から日本の平和を考える」―基地問題、現在の課題として―の講演レジュメも下さいました。これは現時点の情勢を把握する上でとても良い参考に成りました。彼は明晰な頭脳を持ち、信念を貫く肝の座った人で、沖縄のリーダーにふさわしい大人物とお見受けしました。


「第4のメデイアの時代」
 「メデイアが伝えない、悪いと嘆くのではなく」
 わたしたち一人ひとりがジャーナリストになろう


(明日、巨大V字基地出来たら、辺野古浜の変貌から) 

日曜日ですが



追記 大雨です。河川、がけ崩れ注意
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(小川氾濫の可能性ーベランダから、低地要注意、午後から雲の動き厚くなっています)

お知らせ
  (拡散可)
高江全国巡業
 こちらから
http://takae.ti-da.net/
 東京はこちらから
http://helipad-verybad.org/



各首都圏実行委員会 様

安保破棄中央実行委員会
事務局長 東森英男

「6.18 高江ヘリパッド建設反対のつどい」への参加のお願い
 
各団体のみなさんの諸課題でのご奮闘に敬意を表します。
 さて、防衛省による沖縄県東村高江での米海兵隊のヘリパッド建設をめぐっては、地元住民による5年にわたる座り込みなどの反対運動が続けられています。
 3月以来、野鳥の営巣期間ということもあり工事を中断していますが、6月で営巣期が終了し、7月からの工事再開がねらわれています。
 高江で建設が狙われているヘリパッドでは、この夏にも配備が予定されている危険な輸送機MV22オスプレイの運用が予定されており、住民の安全な生活をまもるために何としてもヘリパッド建設を中止させなければなりません。
 この運動をひろげるために6月18日、「ヘリパッドいらない住民の会」の伊佐真次さんを高江から迎えて下記により「高江ヘリパッド建設反対のつどい」をひらきます。
 各団体から多くのみなさんの参加をお願いします。



1.日 程  2012年6月18日(月)午後1時30分~3時

2.会 場  衆議院第一議院会館第一会議室

3.お願い  添付のビラを活用して参加呼びかけをお願いします。



復帰40年特別番組
 20日2時 朝日テレビ 枯葉剤


http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/Frameset/main.html

復帰の日に結婚した夫婦ーQAB特集


みなさん週末いかがお過ごしですか
 飛行機でやってきた孫娘
 孫娘、大きいオバーの1周忌とテルジー(てるお爺―)励ますためにやってきた。テルジーの部屋に来てパソコン独占し「プリキア」を見るのが大好きだ。
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 花火をしたり遊んでいる。
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 下駄をはいて世界・日本1周の青年
  自分探しの青年?

 今日(18日)も、通院の帰りに辺野古に寄る。ビタミンC点滴と温熱治療(ラジュム治療、アイロンでマッサージするようなものでドームで汗を流す)を行っている。保険はきかない、あることで一文無しになったが、妻が結婚以来、郵便局に少しずつ貯めたのが解約になって、何とかやりくりしている。妻に感謝している。

 快晴でさわやか、イジュの並木の道路も気持ちがいいので辺野古テント村へ、数日前から、下駄を履いた青年が逗留している。英語も堪能だ。彼、私の単管櫓の非暴力の写真見て、僕に興味があるようだ。辺野古史の中で少なくない青年たちが「自分探しの経験」をした。一人ひとりが思い出される。(擦り切れた下駄中央に)

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 「今求められる
   本土の想像力」(奈良の高校生)
 通院の日は、朝、新聞見る時間がない。辺野古から帰って、新聞広げる。沖縄タイムス「声」の欄、冒頭に奈良の高校生の投書載った。どの記事よりもいい。
外交官を目指す女子高校生、「ニューズウィーク日本版」愛読、「基地はいらないー。なぜ今まで、この点に気が付かなかっただろう」と。

 「本土に住む私たちも我がことと感じる想像力が求められている。今こそ、対米追従の外交を見直し、基地問題から沖縄を解き放つチャンスではないか」

私はは高校生から平和の文化、日米平和友好条約への道など学んだこと、よく、触れている。奈良は米軍基地のない県、しっかりとした論理で日本を見つめている。奈良に想いよせる。
 平和丸購入提起した時、最初にカンパ送ってきた時も奈良、また、名護市長誕生した時、全国の首長のなかで名護市長に激励の手紙よこしたのも奈良の首長(町名忘れた)であった。
 
 「対米追従」の外交、沖縄の基地問題に高校生が警鐘を鳴らしている。すでに、ラテン・アメリカはアメリカ帝国(帝国主義はラテン・アメリカの日常用語)と決別、エジプト大統領選挙もすべての候補者がアメリカとの関係の見直し政策に上げている。基地のない奈良からも日本の異常が見えるのであろう。

61無題
 アメリカのジャーナリスト
  「あいまいな米人」「はぐらし」のなかで
 テント村にアメリカのジャーナリストが来た。責任者として対応すべきと思った。「曖昧な日本人」は普通だが、取材のあいまいさ、肝心なところで別の方向にそらす。でも、堪えた。中国脅威論持ち出したので、琉球と中国、ベトナム戦争以後のアジアと沖縄話し始めたら、別のこと聞く、ちょうど、米軍ヘリが目の前飛んだので「アメリカ市民は、軍用機の爆音を『自由の音』と歓迎しているか。あなたはどうですか」(以前、ペンタゴンで論争点旧宝の海)とこちらから逆質問などした。曖昧なジャーナリスト、でも、親切に教える態度最後まで貫いたと思う。

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朝日(5・15)・沖縄2紙(14日)意見広告
 安保廃棄中央実行員会など
 
http://homepage3.nifty.com/anpohaiki/index-box/120515ikenkoukoku.pdf

お知らせ

いよいよ『♥沖縄@辺野古、@高江 5月19日より桜坂劇場で公開』

藤本幸久・影山あさ子監督作品「❤沖縄 @辺野古、@高江」が、5月19日から3週間、那覇の桜坂劇場で上映されます。

◎上映日・上映時間
5/19(土)~22(火) 11:40/14:10
5/23(水) 12:30
5/24(木)・25(金) 11:40/14:10
5/26(土)~6/1(金) 10:00/16:10
※6/2(土)以降は劇場にお問い合わせください(夜の回有り)。

19日と20日には、監督舞台挨拶と辺野古と高江からスペシャルゲストの舞台あいさつあり。
19日:山城博治さん、平良悦美さん(辺野古から)
20日:伊佐育子さん、安次嶺現達さん・雪音さん一家(高江から)

QAB特集
 復帰前全国弁論大会で優勝した金城健一君
5・15ー夢・現実そして未来へー 復帰の日に結婚した思いとは

http://www.qab.co.jp/news/2012051835550.html
 金城健一君との出会い
 私の大学時代、彼が高校時代(首里高校)で全国弁論大会に優勝、龍潭池の側にお風呂屋があった。風呂屋が最初の出会い。喜如嘉出身でヤンバルの出、彼は戦争で父親を亡くしている。以前に高校時代インターナショナル喜如嘉のおばさんたちから聞いたと書いた。
金城君のお父さんは、沖縄最大の農民闘争(大宜見村村政革新同盟―昭和6年)のリーダーであった。おばさんたちのなかには金城君の母親もいたと思う。この事件『啄木と沖縄』に,投獄され、出獄の状況など記録している。
彼はよく論壇に普天間問題など書いている。

全国・地方紙と「5・15}報道からメモ


鎮魂の「6・23」
   安保発効「6・23」へ

 父と母を迎えて
 母の1周忌を無事にすませ、新しく仏壇を創り位牌と遺影を飾った。玄関には月桃の花を活けた。
床の間には、家を建てて以来、憲法九条を掲げている。
 父と母の世紀は戦争の時代、私の世紀は世界的に平和の権利を確立する世紀。
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 (隣のいえ-クマタケラン?)
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  (ベランダからーゲトウ)
 梅雨の沖縄、月桃の花が庭に野に咲き乱れています。海勢頭豊は沖縄戦を月桃の花で描きました。6月23日は「鎮魂の沖縄」です。また、6月23には現安保条約が発効した日でもあります。戦争と平和について沖縄では避けることのできない日常が続きます。この時期、すでに、収容所はできていて、人によっては戦後が始まっていたのです。

 日本最後の沖縄の地上戦(唯一の地上戦ではありません。首都東京でも地上戦があったのです)を学ぶことと、安保を学ぶことは一つだと思います。
 この過程は、沖縄ではオスプレイの配備という、安保の強化との闘いが続きます。沖縄だけの問題ではありません。新日米合意は日米の共同訓練・訓練移転など特徴となり、普天間~高江~大島~岩国(佐世保強襲揚陸艦<オスプレイ空母>ボノブ・リシャールの母港)~東富士と「運用、機種変更」の名目で飛びます。

 5・15
 全国紙と地方紙ーその特徴ーメモ


 沖縄タイムスおよび琉球新報は、全国紙(朝日・読売、毎日)と地方紙(岩手日報、中国新聞、西日本新聞、東京新聞ー両紙合わせて)の社説を掲載しています。
 09年12月16日、オバマ・鳩山会談の社説が軒並み「日米同盟深化」「海兵隊抑止力」論であったのに比べると「日米同盟深化」の日本語が消えている。
 「経済と安保両立させたい」[読売]は、いまだに、地政学的優位と抑止力論で辺野古ありき。他は沖縄と原発への視点を結んでいる。「『差別』の声に向き合う」(毎日)は「本土が負担を引き受ける以外ない」、あるいは自衛隊が米軍意変わるべき、毎日に近いのが東京「いまだ『復帰』なしえず」であろう。
毎日、東京の自衛隊論は、太平洋戦争、「絶対防衛戦略」がやぶられ、32軍が本土防衛として「捨て石」された歴史を。また、現代に再現する危険性を持つ。
 抑止力への疑問や沖縄の負担増に一定の理解を示し、安保の矛盾を書かざるを得ない状況が見える。
 朝日「まだそこに不条理」「めざせ、環境先進地」(沖縄の環境破壊の現実、アセス法なき沖縄には触れてないが・―大西)と二つ社説になっている。
 この3年の闘い、国民の力を見る思いがする。政府・メデイア、ジャーナリズムは国民の目、意識世界から安保を抹殺しようとする大本営報道体制をとってきた。
 日本国民は安保を「復活」させた。

何度も、何度も書きます。
  普天間は閉鎖・撤去で移転ではありません。
 日本全国、いやなものは「イヤ」なのです。日本人はイエス・ノー明確にすべきです。
 「憲法番外地沖縄」は、すなわち、憲法が安保に食われている日本です。
  今日の新聞、米議会グワム移転費削除です。反面教師的に見れば、米国も日米関係の新しい時代求めている。
 国務・国防長官訪中し「戦略的経済・安全保障」求める時代、日本の中国「敵」は、時代遅れ。

 「永劫の里」
 昨日、三沢の「永劫の里」と沖縄爆音訴訟書きました。国の沖縄買い取り進んでいます。

国の軍用地買収総額は379億円(沖縄タイムス17日)
 時間が経てばたつほど深刻になります。相続で利用価値(分割相続)がなくなり売るのです。土地なき沖縄人になります。
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-05-17_33828/

 「第4のメデイア」(メール・ネット)では、沖縄へのメッセージ、アフガンから、済州島から、オーストラリアから、韓国済州島寄せられている。今年の「5・15」の特徴だ
 こちらから

http://www.projectdisagree.org/
 
(なお辺野古浜通信では済州島からのメッセージユーチーブで見られます。ヘリ基地反対協HPから入れます)

辺野古ギャラリー

辺野古散歩(17日)
 曇り空、僕にはいい散歩日和、海兵隊・ヤマト右翼の共同作戦(剥ぎ取り)にまけず
 剣を取るものは、剣で滅ぶ
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 韓国のみなさん
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(韓国のみなさん、16日、高江にも行きました。ブログ「辺野古浜通信」より)

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(「リムピース「追跡米軍基地」より)
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 北海道の皆さん
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矢臼別の皆さん、お電話いただいたのにごめんなさい・・
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みんなでたのしく
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 悦美さん監督です
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フエンス基礎出来て
  浜浸食、草たち耐えています。
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 基地の中も砂がなくなり
  雨が降れば川にないます。
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 ユウナの若木
  こらえています。

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 トベラとツキイゲ・グンバイヒルガオなど
  支え合って踏ん張って、生きています
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カメさんと小さな子


ぼくの誕生日
  琉球新報(16日28面)

 復帰と誕生日が重なっているために、琉球新報が掲載した。
 昨日は、母の1年忌でメモ簡単に。
 「力合わせる時だ」
  辺野古・高江で闘う大西さん」
無題53

平和新聞「沖縄復帰40年ー海を越えた亀次郎の叫び」内村千尋(次女)
 瀬長亀次郎の次女千尋さんが、連載始めた。琉球新報『「不屈」瀬長亀次郎』を短縮したが、娘千尋の思いがこもっていて実にいい。
 カメさんと小さな子、カメさんの孫ではない。1977年代、この写真はカメさんの選挙リーフレットに使用された。
 私の長男です。中小業者、農民の相談ごとで今、頑張っています。
無題60
座間の『3人娘」(14日雑談)
120514tent2[1]
 (ブログ「追跡在日米軍辺野古」より、)

 琉球新報社説(16日)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-191253-storytopic-11.html


 定期的に辺野古・高江に座り込みに来られる埼玉杉浦公昭さんメール

基地反対闘争の最前線に立つ人たち(6)
2012年05月12日

古堅実吉さん
  古堅実吉さんは、1990年から1999年まで沖縄選出の日本共産党衆議院議員を務めた方で、毎週水曜日10時に必ず米軍基地反対のゼッケンを胸につけ座り込みに来られます。私は、その時々の情勢について、彼の見解を聴くのを楽しみながら学んでいます。
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(毎週水曜日、古堅さん辺野古・高江、安次富テント村村長と)


 2009年7月1日、私が「オバマ氏がチェコで『核兵器のない世界を』呼びかけ、ここ辺野古では新基地建設を進めている矛盾をどう思いますか?」と尋ねると「オバマ氏が何を言おうと、基地が無くなるまで闘い続けるのみ」と答えられ感動しました。

 今年の座込みの際「ここ辺野古の米軍の新基地建設反対の運動は、2006年の日米合意を破綻させましたが、危険な普天間基地を撤去させてはいません。米軍基地を撤去させるには日米安保条約を破棄しなければならないと考えますが、如何ですか」と尋ねました。

 彼は、高江の座り込みに向かう前の僅かな時間を割いて、凡そ次のように答えて下さいました。

 「沖縄戦で戦友は殆んど死にました。私は、負傷して捕虜になりハワイの収容所に連行され、九死に一生を得ました。その時、私は『再び戦争に駆り出されれば、必ず死ぬと考えていました。そこで、戦争につながる道には、例え投獄されようとも絶対に反対しようと決意しました。ここに、私の『命どう宝』の思いの原点があります。

 私は、紆余曲折はあっても、憲法に違反する日米安保条約に基づく誤った政治は、21世紀には、主人公である国民の力によって必ず取り除かれると確信しています。
 圧倒的な国民は、世界に誇れる平和憲法に大きな誇りを持っています。私は、国民のこの誇りを大事にしたい。そして、この平和憲法の原点に立ち返り、その改悪を許さず、一層光り輝くようにしたいと願っています。

それは、『核も基地もない平和で緑豊かな沖縄・日本』を目指す闘いの一つでもあります。『地下に眠る友』への誓いは、この道でこそ果たされると確信します」と。

過去・現在・未来へー



5・15終わって
 本格的に安保・憲法正面に据えた闘いへ


 5月15日、69歳を迎えた。来年誕生日迎えることができるか神様のみ知る、定められた人生の中で、書きつづけることだ。

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(日本平和委員会5・15行動新宿西口)

永劫の里への道か(青森三沢)
 嘉手納爆音訴訟国の論理‐金払うから出て行け
出て行くのは米軍だーなくするのは安保条約だ。


 1996年、三沢基地に行った。草原の中に鎮守の森があった。F16戦闘機の爆音で家・村を棄てた「永劫の里」の碑が建っていた。三沢基地を案内したガイドも知らなかった。

 第3次嘉手納爆音で国が主張しているのは「出て行け住民」である。
 嘉手納も、普天間も、演習激しくなっているのは、「永劫の里」目指しているか?
 青森は広い、狭い沖縄、どこに行けばいいのか。嘉手納・普天間には20万余の「人間が住んでいる島」、石原の尖閣列島にも共通するのだが「人間の住めない島」にするつもりか。
 下記のブログ(合意してないプロゼクト)に詳しいが、その下に要旨を掲載する。

http://www.projectdisagree.org/2012/05/blog-post_12.html


合意してないプロゼクトから
太平洋の両岸に居直り強盗がいる。

投稿者 GP 2012-05-12 時刻: 0:50

アジア太平洋なんて言って、敵対と破壊ばかり生み出すのが、日米「同盟」ということのようです。 破壊者どうしが勝手に破滅戦を繰り広げるのは、アレだけど、周りが迷惑している。 土足で上がり込んで傲岸な態度。 「どうかお帰り下さい」といっているのに、居直って傍若無人の振る舞い。 太平洋を挟んで両岸に、居直り強盗がいる。

●太平洋の東側では・・・ 国側「居直り」主張 第3次嘉手納訴訟『琉球新報』2012年5月11日。 国側は、移転補償施策を利用せずに騒音地域に住み続ける住民は、騒音の影響を「自ら甘受すべきものである」と書面で主張した。この主張に対し、原告団(新川秀清団長)は同日、抗議声明を発表。国側の主張は県民に対する「差別思想を顕著に表す」内容として撤回を要求した。住民側弁護団も「国は金を払うから出て行けと居直っており、言語道断だ」と批判した。(31面に関連)
 国側は、移転補償施策が「航空機騒音の影響を抜本的に解決する極めて重要な施策」であり、住民は同施策を利用することができると主張。施策を利用せず騒音到達地域に住み続ける住民は「騒音の影響があってもなお当該地域に居住する利便を選択している」とし、騒音を「自ら甘受すべきものである」としている。 「日本が、沖縄に居直りを決め込むようです」やんばる東村高江の現状2012年5月11日。 いったん施設が出来てしまえば、やりたい放題のつづき、のようなびっくりするニュース。[中略] ...

  安保はなくして対等・平和条約へ
 統治行為論か第3者論、出て行け論と司法の世界でも沖縄救済できない。根本である安保に挑むべきだ。NHKの世論調査でも「日米同盟基軸」(17%)、アジアの国と国際的安全保障体制(55%)、安保役にたってない46%、先日の毎日・新報世論調査で、平和友好条約含む世論(71%県内)だ。
 今、日本はあらゆる面で、安保の呪縛への矛盾が吹き出ている。
 普天間問題だけで、アメリカ、クリントン。ブシュ、オバマと三人の大統領、日本の総理は、もう、何人だ。これほど日米外交が劣化、アメリカは「敵」探し続け、戦争だけしてきた。日本も「敵」を探そうと躍起だ。
 敵を探す時代は終わりだ。

野田首相が「万国津梁」ふざけるのではない
 読売電子版(15日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120515-00000819-yom-pol

5・15-夢・現実そして未来へ- 「復帰」と「日の丸
http://www.qab.co.jp/news/2012051535496.html

つづき
 定期的に辺野古・高江に来られる埼玉杉浦公昭さんのメール
 これまで、オジー・オバー、安次富浩、故当山栄さん、
 (基地反対闘争の最前線に立つ人たち(4)大西 照雄)

続きを読む

5・15-新たな闘いに向けて


今日は5月15日
 新たな闘に向けて


テント村
二つの節目にあたって

1、 テント村開村3000日ー7月5日
2、 「NO BASE」800号近し

「宝の海」は節目を大事にしてきた。4月前半は沖縄に建つ啄木碑没100年、後半は、4・28、5月は、母の1年忌で母の伝承してきた土俗文化のメモ、5・15行動と力を入れてきた。県議選挙、6・17宜野湾オスプレイ配備反対、6・23と節目がある。
 私は、第2の人世を「辺野古」に軸足を置いてきた。療養中でヘリ基地反対協の毎週一回の会議にも出られないが、私的には、テント村3000日(7月5日)に何らかのイベントをと話している。MV22配備をめぐる大攻防の時期にと重なる。3000日を迎えない前に普天間・辺野古を決着つけたいが。市民投票以来、辺野古訪問は数十万人が訪問した。
無題58
(辺野古の朝日)

 「NO BASE」800号近し
   出版物にしたいナー
 
「宝の海」(5月8日)に、「NO BASE」について、何よりも優れた辺野古闘争史、辺野古辞典と書きました。全国からの個々の手紙は、一人の個かもしれませんが、個が結んで国民的絆が作られてくる記録は、人間への信頼を取り戻す小説を構成する。この日記は、壮大な人間ドラマである。人間賛歌である。
 現在日本民衆の闘いで、事実、メデイア情報含め、人間の心綴った日記はあろうかと思うのです。
 自然・人間の心を破壊する権力への警告でもある。闘いを鼓舞するビラでもある。
 私は「宝の海」を『愚直ー辺野古からー沖縄非暴力の闘い1』をまとめた。『愚直』以降(V字との闘い)2・3とまとめたい意欲はあっても、壁は厚い。
 それより、思うのだが、「NO BASE」の、手書きで書きこまれた日記は、すべての国民に届ける価値、宝が眠っている。辺野古愚直のシンボル。 
 毎日、毎日が「闘い」のテント村、ヘリ基地反対協には「ゆとり」がない。いい知恵ないものかと思う。思うても、ミーヌメーヌフエー(目の前の)蠅も負えない身である。定められた命の感傷でもない。実現したいものだと思う。
 いい知恵なか?
無題59
こちらから読めます。拡大できます
http://henoko.blog110.fc2.com/
5・15前日のテント村
 バスでの訪問ツアー続々

 通院の帰り、テント村寄る。ツアーのバス次々来る。 対応すべきだが、蒸し熱くて、目的も別にあって、失敬した。
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 座間の「三人娘」
 定期的に、数日、テント村民なる座間の三人娘、「5人娘」になった。しばらくテント村の昼食たのしみであろう。美味しい料理作るのが趣味な御嬢さんたち。
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 昨日、辺野古の浜の浸食酷いと書いた。
 これから梅雨、台風シーズン、観測ポイント、設置、今日の目的だ。
 昨日、ばーなー全部取られました。でも、また、全国から送ってくください。英語で人民をころすなも!
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 根が浮き枯れたモクモー
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5・3オスプレ緊急集会
 こちらのブログから

 http://www.rimpeace.or.jp/jrp/okinawa/henoko120513.html

今週は5・15行動に全力を!



復帰40年5・15
 諸行動を成功させよう


 沖縄
 オスプレイ配備反対緊急行動
   5月15日(火)午後2時~4時
   宜野湾市大山第一ゲート前(国道58号から
 全国
  日本平和委員会ー全国街頭行動
  朝日新聞・沖縄2紙新聞広告
  一坪反戦など代々木公園集会
  各地の沖縄行動、団体諸行動


 辺野古散歩しています
 土曜日、辺野古の浜散歩しました。日曜日は「寝溜め」。フエンス設置以降、海岸の浸食状況がは激しい。たかが、フエンスでこのありさまだ。基地の護岸、恐ろしい、変化をきたすこと、きちんと見えてきます。
 フエンスが出来るまで、浜の砂増えていました。雨が降って流されてもすぐ回復、基地の砂浜も同じく、砂浜に川が出来るようになりました。来年のハーりーには、人が集まる場所狭くなるであろう。
(定期的に写真撮っています
 
 負けるな、浜の草たちよ!
グンバイヒルガオ、ハマゴー、コマツヨイグサなど必死に浜を守ってます。
 トベラなど、すくなくくない仲間たちが、砂とともに流されました。
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 (グンバイヒウガオ花を咲かせています。)


キキョウラン
  花も熟した実も悲しそうに浜見つめて
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 ウイキョウの花です
 故金城裕治さんの家の前
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 蝶やミツバチが
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 在りし日の金城裕治さん
  07年5月19日、V字計画事前調査、ぶんごが投入される緊迫した頃、壮絶な逝きでした。
 写真は、05年秋、海上闘争の頃、若者たちに話をしています。当時は、毎日、毎日「講義」していました。
 今年も、命日、現在の報告したいと思います。

無題56
 帰りにテント寄りました。
 5・15前に入れ替わり立ち代わり訪問絶えません。
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 安次富代表
 連日奮闘です。

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 県民大会
QABニュース
http://www.qab.co.jp/news/2012051335459.html

私の5月15日


日曜日いかにお過ごしですか

ドキューメント映画『誰も知らない基地のこと』
 土曜日、辺野古へ散歩に行った。平和行進を私のカメラで具志堅さんに撮ってもらった。その中に偶然、具志堅さん、オキナワチョウトンボ納めている。きれいなトンボだ。奄美以南。目的はトンボ、見つけること出来ませんでした。トンボ散歩始まるか
 こちらのブログ
http://blog.goo.ne.jp/assistkatayanagi/e/6c906e4bf6ae1b55577894e4e5963cd3

 帰ったら、『誰も知らない基地のこと」DVD送られてきました。今日から、沖縄公開なのに、私が見れないからだと、心こめた贈り物だ。うれしかった。
 アメリカは独立以来「新しい敵を探し続けてきた」
 石原都知事の尖閣列島買収に「敵」探すミニタリストと書いたが、
「宝の海通信」28回
教師になったとき
  1966年
私は、個人加盟の二つの組織に入会します。渡航制限などで本土の平和活動家、民主的教育理論・実践家は沖縄に入れませんでした。
 教育実践では「歴史教育者協議会」に入り、すぐれた社会科教育「地域に根ざした社会科教育」を目指した。機関誌『歴史地理教育』への最初の執筆は「安田国有林の闘い」ルポ、1970年12月30日の実弾演習阻止勝利を、よく年4月号に書きます。
 平和活動では、日本平和委員会の会員になること、機関誌への執筆(インタビュー?)は1970年夏、2面独占したと記憶しています。1998年までは一人の読者のようなものでした。歴史教育には、かなり、実践論書いています。
 平和新聞コラム「宝の海」(月1回)28回、入院で3回ほど休んでいますが、3年以上にになりました。

無題57
拡大できませんので草稿原稿。
 
  誕生日の過ごし方
5・15は誕生日、なかなか誕生パーテーできないのです。72年の復帰の年、天地の雨荒らしや沖縄の人々の涙で洪水のなかを怒りのデモをした。05年5月15日は普天間包囲網人間の鎖、辺野古の海上闘争は24時間体制、昼、夜の仲間の夕食のために魚20匹釣り夜の配置に就く、息子から誕生日忘れたかと電話で催促され急遽具志堅徹さんと交代。我が家の自慢のパーテーは、魚の刺身、シャコガイなど貝も豊富である。野菜、ナット―などなどネタをテーブルに盛って、自分の好きなように手巻き寿司にする。下手な巻き方に話が進む、それでも、ブログ「宝の海」発信し、翌朝5時には海上闘争の夜組と昼組の交代を完了させていた。
 今年も復帰40周年、沖縄はじめ全国的に草の根の良さ生かして、日本平和委員会は全国統一行動を協力・共同の「ちから」を発揮しようと提起をしている。翌日は母の1周忌になっていて誕生パーテーの騒ぎでなく、すべての行動に参加できないのが残念である。
 日米共同声明は、「辺野古を有効な解決策」とし、普天間固定化、MV22オスプレイの普天間配備(岩国・富士など配備および運用訓練)と全国訓練移転、全国の沖縄化、米軍基地建設の増加を海外まで拡大されます。
 復帰40年5月15日、沖縄では「5・13」「5・15」などなど連鎖的統一行動がおこなわれる。全国行動は、脱原発などとともに、安保条約を廃棄して日米友好条約への道、軍事費を教育・福祉・被災地に回せ、憲法に輝きをなどのスローガンは、現在・明日に輝くと確信します。
 私は平和委員会メーリングリスト「j-peace@freeml.com」に登録して、いくつかメール含めブログ日記「宝の海」ともに、主に沖縄情報、辺野古・高江などの情報を発信しています。各地の闘いを「第4のメデイア」で「私たちがジャーナリスト」(脱原発福島の女性の発言)になって、生き生きとした交流が出来たらと思うのです。辺野古・高江の闘いは無数の「第4のメデイア」で結ばれて力になっています。「5・15」全国行動、地域の草の根の運動が見える機会にしようではないか。

おもしろいじーんず
 5・15販売
QAB琉球朝日放送
http://www.qab.co.jp/news/2012051235447.html
タイムス社説
[日米軍事拠点化]雲散霧消する負担軽減
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-05-13_33677/

新報社説
軍港へオスプレイ 普天間配備を即刻撤回せよ
http://ryukyushimpo.jp/news/storytopic-11.html

12日第2信ー平和行進とオスプレイ



 オスプレイ日米政府の「逆襲」
  5・15のなかの暴挙
沖縄タイムス
無題54
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-05-12_33614/
琉球新報
無題55

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-191092-storytopic-3.html 記事の最後に「本音」
 田中防衛大臣「丁寧に沖縄のみなさんにご説明する段階に来ていることは間違いない」

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メールより

貴方の生きざまを胸に
      杉浦公昭
IMG_0164 (2)•    
(故当山栄氏の遺影ーテント村2代目村長)
貴方はテント村の村長の一人
当番の日はテントで働く
沈思黙考型の貴方は
闘いにカヌーを送り
双眼鏡とトランシーバーで
味方の安全を守る
武器なき闘いの指揮官

高江に向かう貴方の車
乗せてもらった
寡黙とみた貴方が
反戦地主の闘いをとうとうと語る
まるで寄せては返す波のように
高揚期と沈滞期が繰り返していた
一旦、地下のマグマが限界になれば
津波は強そうに見える堤防を破壊し
社会を変える力があると

思えばあれが私への遺言
癌は貴方を蝕み
余命の短きを
貴方は知っていた
心配させない貴方の配慮が
わたしは口惜しい
心して聞くべきだった
でも嬉しい
貴方が信じ、生き抜いた証を
いま、声なき声としとて
聞くことが出来たのだから
(2012年5月12日 杉浦作)

'bingo@y5.dion.ne.jp'

国頭サバクイ考(2)ー父と母を位牌迎えて


 国頭サバクイ考(2)
ユンジチ(うる年)に
  父と母を迎えて

 今年はユンジチ(うる年)、今年はサングチターチヤー(3月が2回)法事ごとは、この年にやるのがいいといわれている。由来は各説がある。法事ごとが多いと労働日数が少なくなり、琉球王府が定めたとの説もある。
 父と母の位牌を実家から移した。この1年、父と母について記録を残した。母は昨年5月16日94歳の長寿で行った。。私の誕生日は5月15日、母は頑張った。
 母は普通の女性の人生ではなく、13歳でノロ職に就任し、80年村の神事、アガリマーイ(巡礼?)の人々のためにも祈りをささげた。
 すでに、述べているようにクエーナ、ウスデーク(臼太鼓)、祈りの言葉など、古代からの伝承を受け継いできた。子として、その口承、伝承をメモしてきた1年でもあった。
 これらの記録、資料を仏壇の位牌の引き出しにおいて、父とともに語って欲しいと思う。。「国頭サバクイ考」は、その一つである。QABが母の特集を作ってくれて感謝にたえない。

 子として一つの仕事を成し遂げたと思っている。村には神事をつかさどるノロは絶えた。ウシデークは絶えることはない。国頭サバクイ碑は、村の国道に建つ。どう解釈するか、わたしなりの説(?)をメモした。時代に流されず、原型を崩さず受け継がれることを願う。人間らしく、自然性を失わず、生きることは過去も、未来も同じであろう。自らの労働に誇りを持ち、讃えあう社会。母の人生は一つの村の1000年の歴史が刻まれている。原始女性は太陽であった。
 だが、琉球王国の地方の女性は、ジュリ(遊女)に売られ、それは、昭和の前期(拙著『啄木と沖縄』で考察)まで続いた。大城立裕が「沖縄戦は解放」と述べたが、母をめぐる所事象から琉球女性文化史を垣間見る。

仏壇に母と父を迎える
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 ウンジャミでクエナを詠い踊る母(左)
          無題51
 ウンジャミでニライカナイの神へ
 幸と豊穣の祈り捧げて舞う母
無題52


 国頭サバクイ考(2)

 琉球王国時代の「労働演劇?」(2)
  「国頭サバクイ」はどのように発祥地で演じられるか
YouTubeなどで上演されているのは首里王讃える労働の謳歌が共通している。なぜ「サバクイ」と役人職がつけられているか。この役人は「サキクエー(酒のみ)」である。役人として失格を言うことによって、支配体制批判の序曲となる。
 私の実家に「かぎやで風」の原歌の碑が建った。おそらく、訪問者増えるであろう。村の国道に「国頭サバクイ」碑建っている。沖縄の家系図は王府および琉球王統系列と結びつけ琉球王府讃え、関連させる風習、伝承がある。
 私の家も察度王、尚円とともに歴史書に書かれる。民衆の視点が欠落する。奥間の「国頭サバクイ」には、琉球王府時代の民衆の怨嗟とも言える世界がリアルに見えると思う。

ウシデークの謡と舞は、9・10に入る。
  9 伊集の木
     あぬ伊集ぬ花や
     ましら花 さつい
     わみん いじゅやとて
     ましらばな さかな
      (伊集の花は白く咲く わみん(私も伊集の花だ。美しく咲いている。?まだ私若い?8・8・8・8)

  10 インチャーウーヤー
     いんちゃうーやー うみば
     わるぬ たみなゆい
     つぬ うとや とりば
     ねたみ なゆが
     私の勝手な解釈。
      (いちょううーや産んだら、わるぬ(私のためになる。つぬ(他人の夫とったら、ねたまれる?いちょ       ううやーはどんな子であろうか?私には今、わからない。だが・・・8・8・8・6)

     かしたらじ たらじ
     ぬちまでん たらじ
     ぬちうむる えまや
     さとや いもち
   私の勝手な解釈 
   1、(かしたらじ かしは私の今、知らない。たらじは不足の意。ずっと不足、命あるまでは里(愛する人)     は、通ってくる。)
   2、シヌグになると性のの問題、不倫の問題が入ってくるために琉球王府禁止と書いた。琉球王府の政治道徳は呈順則(名護大親方)の「六諭」の儒教的支配体制、六諭は幕藩体制の道徳でもある。私の解釈が正しいとすれば、王国支配の政治道徳に反する)

 この謡と舞の中で、男たちが登場し、舞台は国頭サバクイとなる。

 国頭サバクイ
1、サー 国頭(くんじゃん)サバクイ
   (ユイシーユイシー 囃子以下同)
 サー 酒(さき)ぬり サバクイ
   (ハイルレー ハーラレー ユイサー ハリガユーサー)囃子以下同)
2、サー 国頭 山から
  サー 出だちゃる 御材木(うぜむく)
3、サー長尾山 堅木や
  サー重(うぶ)さぬ 引らん
4、サー 深(うち)山 堅木や
  サー うなじぬ 前(め)一腹・・・・うなじ(ウナギ)
5、サー 老いてい 若さん
  サー 肝(ちむ)てぃち 合わちょてぃ
6、サー 鏡地 浜から
  サー 引かちやる 御材木
7、サー 北ぬ 御殿(ぅどぅん)・・・首里城や王家の屋敷
  サー いんじゃちやる 御材木
 
(奥間婦人会印刷物による。元歌は『奥間郷友誌』に詳しい)
 
再び女たちの舞で「国頭サバクイ」は終章となる。  

雨降りばー此の木
1、 此の木や此の木や
 引からん 引らん
 大和車に乗せて引かさんか
  (ハリクヌ ヤイヤ ヤイスリヨー ハリクヌ 囃子)
2、雨降りば雨降りば
 堅木ぬ薪燃いらんど
じょうしち母(アンマー)が 哀りすらどうや・・・じょうしち(台所の母)
 (上記 囃子)

  なぜ、労働演劇か
   舞台は神事の場、自然の中

 本来、国頭サバクイは舞台舞踊・演劇ではではない。旧歴2月2日土帝君(トージーク、北の御殿、南の御殿、村発祥の地に道教の神社,村社)、アブシバレーなどで行われる。

 中央に大きな材木囲んで女たちが臼太鼓を踊り(13・14曲)、終わりかける頃サバクイが登場して斧で材木削り、ウフェー(下役人)が、イモを食べながら出番を待ち、観衆を笑わす演技が前半の面白さ、サバクイが人集めの命令、ウフェーほら貝吹き、13歳から60歳まで集める。女たちもブーの対象、臼太鼓終わると、ウフェーは、藁を取り「さにとー」「出席」取る。屋号を呼び藁を折る人数点検(藁算?)、男たちは腰に弁当籠、フジョー(タバコ入れ)を下げている。女たちは丸太の縄を引く、ここでサバクイは斧を高く上げ、国頭サバクイを高らかに謡い、男たちは棒と鉄丙を打ち合い、女は手を振り、「鉄柄やーいー ヤイサーヤー」(囃子)を繰り返し丸太が滑るように引かれて行く。

 舞台舞踊は、サバクイの曲で勇ましくカチャーシー的に群舞になるけれども、奥間のサバクイは、衣裳も芭蕉布で労働服、さらに、「雨降りば」の女たちの謡で終わる。
 昨日の記録メモには、森の疲弊のため、馬は大宜見、国頭では禁止されたと書いた。

 女たちは過酷なブーに怒る。村についても鏡地浜までまだ引く。
  「引らん」、引けない、引けないを、繰り返し

 山から引いてきた材木は、奥間アサギマーに運ばれてきた。なぜ、平野では引けないのか。現在の道路で見るのではない。奥間平野は奥間・比地川が蛇行してできた。アサギの下から港までヌビーダー(沼地の田)である。土に埋まった材木、馬が引く車に乗せればいいのに、何で過酷な労働を強いるのだ。
  「大和車」で運べという。馬は飼育禁止。クエーナに「ヤマト旅」のクエーナがある。ヤマトは富をもたらす。「ヤマト車」の大和をどのように解釈するか、このヤマトヒヌカンのかまどから火さえ奪うヤマト、琉球王府と薩摩をさものであろうか。反逆罪の相当する。官僚たちに歌の言葉に、政治性をにじませていたと聞きますが、文学音痴には難解な問題である。
 
クエーナの「ヤマト旅)(日本共通語にする)
  急げ急げ
  役人たち
  とき遅く
  なりました
    (囃子)
  潮も
  満ち満ち
  急げ、急げ
  役人たち
    (簡略)
  泥海も
  走り抜け
  日本のみなと
  着きました
  曲玉は
  私がいただいて
  いただいてまた
  戻る路の
    (以下略)
 民衆役人で、役人が労働者になって、役人観の労働の意欲も、労働の分配も、まったく、違う「ヤマト」である

 御材木運びで、カマドの薪燃えない。薪の生産地でカマドが燃えないという事は、ブーで薪を取ることもできなく、それは、単なる燃えないのでなく「ソテツを常食し、蘇鉄も食えない餓死」(前掲『かにまん』の状況があった。ウシデークにはヤンバルの民衆の王国への怨嗟、怨念さえ読み取れる。首里では御冠船、組踊りが繰り広げられ、ヒヌカンの神に琉球王府を呪ったか。「テンペスト」でヒヌカンで王国支配した聞大君はジュリに転落してゆくが、支配体制の一つ聞え大君の転落は、都市士族が資本主義的富豪に屈していく王国末期である、このウシデークの歌に込められた地方の経済的疲弊含め、儒教的道徳、人心の乱れも読み取れる歌もウシデークの歌の中に読み取れる。
 
 国頭サバクイには、王国の支配にたする抵抗の芽生えがあった、と、見るのは、うがった見方か。「テンペスト」でも、琉球王国が内部から崩壊する要因を見ることができる。私は歴史家でもない、琉球王国支配者階級内部の政争は、貴族階級の歌、組踊りに見えるといわれるが、門外漢には無理な世界である。

 原始社会の女性文化から王国崩壊前兆を、自分の家(母の伝承)を見てきた。
 私の少年時代のやんばるは風景は、王国時代の原型をとどめていた時代ともいえる。

 琉球王朝時代、御冠船、組踊が強調される。国頭サバクイには民衆の演劇がすでに誕生していたことになる。民衆は文字を持たない。口承や古謡として残る。単純、素朴である。民衆の演じる舞台は自然を舞台とする。

 各地のアサギアシビに、すでに、民衆の演劇は営まれていたか。
 たとえば、沖縄の祝いで踊られる「かじゃで風」は、わが先祖奥間の鍛冶屋の読んだ歌だという。民衆が謡った歌が、恩納節はじめ、古典琉歌である。日本の短歌は貴族階級の歌が主流である。
「国頭サバクイ」をからめて舞台演劇として再生するのもいいかもしれない。クエーナはじめ、民衆の土俗文化に人間の豊かさがある。

11日第2信ー平和行進始まるーオスプレイ朝日報道


5・15平和行進始まる
 東コース辺野古浜出発式
  重要な私的な用件でいけませんでした。
  具志堅徹さんにとってもらいました。私のカメラ管理の悪さでレンズ汚れていたようです。具志堅さんごめん。
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 辺野古の浜一周
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 見送るテント村のみなさん
  オスプレイ絶対に配備させません
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 いつも元気な嘉陽オジー
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 高江の仙人ー佐久間さん
  いつでもどこでも旗離しません
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 具志堅肇さん
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 平和丸海案内?
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 美しいトンボ飛んでいたようだ。
  カメラ管理で・・
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 (明日も平和行進ーテレビ報道掲載します)
朝日新聞
オスプレイ、沖縄に直接配備 本州一時駐機を撤回
http://www.asahi.com/special/minshu/TKY201205100782.html
関連QAB
http://www.qab.co.jp/news/2012051135441.html

国頭サバクイ考(1)



お知らせ
5・15情報
  済州島と沖縄

  映画と講演
 5月14日(月)16:00 宜野湾市民会館大ホール
  1部 韓国ドキュメンタリー映画と音楽
  2部 新崎盛暉氏講演
無題43

 日本の右翼
  防衛省の指示か
  海兵隊の猿真似?

 以前にも書きましたが、ハングル文字見ると異常な行動取る右翼団体、辺野古区長に会って、辺野古のバーナー海兵隊の真似して剥ぎ取っているようだ。テント村で以前暴れて、今度はバーナー剥ぐ、日本の右翼のアメリカ追従の実態だ。海兵隊疲れ、バカバカしく、なったところで、海兵隊の仕事奪った。
 防衛局もミミッチー、右翼まで使って、日本的恥を失ったか、日本の右翼は・・・まったく、あきれる。海兵隊に雇われたか日本の右翼、すたれたものだ。
 もし、辺野古区長とヤマト右翼の協同なら、辺野古区民の恥でもある。

 思い出す。沖縄の右翼は安田実弾基地建設(1970年)、安波ハリアー基地建設(1998)命かけて闘った。
(こちらにヤマト右翼出て来ます。海兵隊戦車出して援護体制のようにも見えます)
http://www.rimpeace.or.jp/jrp/okinawa/henoko120510.html

今日から「5・15」平和行進
  東コース・・辺野古9時


東京の5・15集会
 こちらからビラ

 
http://www.jca.apc.org/HHK/2012/12515bill.pdf

国頭サバクイ考(1)

幸福の木の香り
 先日から、玄関に香ばしいにおいが流れる。散歩のおり、月桃などの花を摘んで妻に活けてもらっている。どの花の香りとも違う。玄関の仕切りの裏に、見向きもしないマッサン系(千年木)の仲間が花をいっぱい着けていた。
 幸福の木とも言い、種類も多く、観葉植物の代表でもあり。挿し木として、空港などでも売られている。幸福の木が花をつけるには長い年月を要する。
 妻と二人、幸福の木の香り楽しんでいる。

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 琉球王国時代の「労働演劇?」(1)ー母一回忌の節目に
  王国時代のヤンバルの風景

 琉球のサンシン文化が認知されるようになったのは1980年代頃からであろう。4月の「啄木を沖縄から見る」で、「朝鮮人と琉球人お断り」の時代を見た。現在の日本の食文化はじめ朝鮮および琉球的要素が日本化している。BSは韓国映画の隆盛である。
 NHKが「テンペスト」で琉球王国崩壊のドラマを放映した。19世紀中期、徳川政権・琉球王国も内部的崩壊にあり、黒船が速度を速めた。

 イモと棚畑
島津の琉球支配後(1609年)、イモとサトウキビの栽培が進み、砂糖は琉球王府の重要な財源となる。やんばるの風景は一変する。名護湾から辺戸岬までの海岸線は山の頂上まで天に登るように棚畑となる。イモの栽培を中心に、キャサバ、麦、大豆、チンヌク(サトイモ)、ヤムン(山イモ)など、イモの畑にソラマメ植える。ソラマメの球根は窒素分を豊かにし、味噌の原料になるとともに、田んぼの緑肥として大切にされたであろう。

 
 開墾不能地にはソテツ、芭蕉布が植えられた。
塩屋湾の棚畑と森の境界にはイノシシ垣が万里の長城のように尾根に伸びて、いわば、沖縄的里山が形成される。イモの栽培は大量の堆肥が必要になり、豚の飼育(フルヤー)、山羊の飼育は子供の労働となる。棚畑にスルガー(モッコの縄の原料となるヤシ科)、村人が休憩する松の大木が休憩所となる。
 (現在、この風景想像も出来ない)

 砂糖と森の荒廃
 砂糖は王府の重要な財源、大量の薪を必要となる。中南部では燃料の不足が深刻になってくる。祭温が植林政策に力を入れたがイモやサトウキビと無縁ではなかろう。
 やんばるの森は、燃料供給地になり、不法伐採などが横行する。琉球王府は大宜見・国頭・東間切りで馬を飼う事を禁止した。

 やんばるの森は、琉球王府の木材、氏族の住宅の建築の重要な生産地であった。とくに、干拓による富農の出現は都市の富裕層を生み出し、森の荒廃一層深刻になる。士族社会の窮乏が深刻になってゆく。『奥間郷友会記念誌ーかにまん』によれば、租税は8公2民、7公3民、それにブー(賦役労働)が加わり、(「貴族や士族がわが世の春を謳歌した封建社会は、百姓にとって生き地獄であった」、賦役労働の代表的なのが王府の御材木に切り出しであり、やんばるの地に「国頭サバクイ」として、土俗的演劇が残る。

ネット上の
国頭サバクイ
国頭サバクイはYouTubeで舞台舞踊、サンシン音楽で見ることができる。この国頭サバクイは名護発祥説、国頭村奥間発祥地説がある。「なぐーやま堅木」が名護山と採譜されたらしい。大国林道の与那覇岳と伊湯岳の中間に「長尾橋」(ナグー)ある。「深山堅木」が展望できる。
 名護説・各地では1番に「さー首里天加那志」と琉球王と王府を讃える。中には芭蕉布を献上する舞もあると聞いている。奥間のサバクイは下級役人サバクイを「酒を飲む役人」と揶揄している。自分たちの運ぶ堅木の美しさをウナギ(うなじ)の腹のすべすべした肌の美しさに例え、琉球王を讃える場面はないのが特色である。
 ブー(賦役労働)は重税下の賦役労働で、王や王府を讃える謡になっていない。一般的舞台で踊られサバクイには、サバクイで終わるけれども、奥間のサバクイでは「雨降ればー此の木」が終幕として、臼太鼓で謡われる。太鼓、棒と鐘の音以外に楽器は使われず、歌はサバクイ一人が謡う。サバクイのバリトンの歌が魅力である。それが、舞台(自然の舞台)で演じられるとき、歌と民衆の動きが労働演劇として浮き立たせ、民衆の様々な姿が一層、浮き彫りにされる。歌は「8・8・8・6」でもない。
 女たちのウシデークが佳境に入ると、男たちが登場する。

現在「国頭サバクイ」
  どのように舞台で上演されているか
http://www.youtube.com/watch?v=7-N4ZTHijco&feature=related
 (明日ー国頭サバクイ2)

10日第2信ー2紙社説に思うこと



県内紙2紙社説
 差別論・不平等論

    朝日・タイムス世論調査(9日)
    毎日・新報世論調査(9日)
[県民意識調査]「27度線」が浮上した…
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-05-10_33548/

復帰世論調査/不平等の根 断つ時だ 新基地拒む民意の反映を
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-191001-storytopic-11.html

 私は新聞読むとき、前文読み、結論読んで全体を読むす習性がある。
 タイムス『普天間問題一からやり直しすべきだ」
 新報「強固な民意で「日米同盟」の不条理を突き崩したい」

 差別論・不平等論の世論調査の根拠
  タイムス
    1、「本土の人と沖縄の人の違う面」、感じる72%、感じない18%
    2、本土の人たちが沖縄理解、「思わない」63%
    3、沖縄基地減らないのは本土による沖縄差別『思う」50%、思わない41%
  新報
    1、在日米軍基地75%集中、不平等沖縄69%、本土33%
    2、住んでいる地域に写される(本土)、賛成24パーセント。反対67%
    3、県内移設反対(本土側)、69%
 原点から見る。
 1、沖縄県民の復帰はへの要求は「核も基地もない平和の沖縄。屋良朝苗「建議書」(幻の建議書)
 2、普天間は全面返還・閉鎖撤去、移設論、負担軽減による訓練移転でもない
 3、海兵隊は日本の財政投入なくして日本駐留できない日本ミニタリストの「傭兵」、「傭兵」で日本のナショナ   リズムが進んでいる。「思いやり」予算など断ち切る政府を。
 4、日本各地であれ、グワムであれ「いらないものは、いらないと」明確することは権利である。
 5、支配者は人民の対立をあおる。

沖縄タイムスから
 安保へ言及しない「構造的差別の・・

 「「差別」という言葉が、基地問題を語るキーワードとして普通に使われるようになったのは、民主党政権誕生以降のことだ。

 一部の研究者は以前から、基地問題の構造的性格に着目して「構造的差別」という表現を使い、いわゆる「差別」問題一般とは区別していた。

 ここにきて、なぜ、「差別」という言葉が前景化したのだろうか。」

タイムスが疑問を投げかけている。「宝の海」は、構造的差別を説くとき、安保に踏み込まないと人民間の対立、あるいは本土におけるチルダイ、連帯行動を阻害すると懸念した。現に岩国は再編で苦悩している。当然拒否する。『普天間以上の基地を我々に沖縄は受け入れろというのか」とメールが送られて来た。岩国基地の秘密化深刻で親善デーに基地反対派入れない(10日情報)。
 タイムスが「差別一般」論、憂いているのか,肯定しているのか、安保なき「政治的構造的差別」論の筆頭は元外務省官僚佐藤優である。沖縄の論壇に佐藤優の登場と一致する。佐藤の構造的差別論は百害あって1利なしとも言って、書いて来た。琉球新報には「なんだこれは」とFAXを送ったこともある。
私は、 政府・メデイアの「安保」隠しに、学際的「勇気」もって、日本の明日とともに語るべきだと主張している

 私は、辺野古の闘いの現場にいる。ヤマトと沖縄の連帯を語ってきた。財政的にも支えられてきた。民衆の連帯こそ復帰を勝ち取って来た力であるとともに、現在の力である。
 
私は1996年以来、「安保条約から日米平和友好条約」への道提唱してきた。琉球新報の世論調査に沖縄の進歩を見る。(昨日の第2信)、その観点から、毎月初め、自分の世界観、日本・沖縄観を確認している。(5月1日)

 常に復帰闘争碑の先人たちの戒め
 「闘いをふり返り、大衆が信じ合い、自らの力を確め合い、決意を新たにし合うためにこそあり、人類が永遠に生存し、生きとし生けるものが自然の攝理の下に生きながらえ得るために警鐘を鳴らさんとしてある」

 そして、復帰40年5・15、全国行動を提唱している。
  学際的に安保を語ろう


 新報社説に( )入れる
 「沖縄の基地負担への共感を国民全体にどう広げるかは、古くて新しい課題である。全国調査で、県内移設を否定する回答が63%(安保条約役にたってない46%、昨日2信、大西)に上ったことに望みを託したい。
 日米の政府と国民に訴える「自治体外交」的アピールと、沖縄に寄り添う人々を介した草の根の訴えはわずかずつだが、沖縄への関心を高めている。希望を見失うまい。沖縄は未来を開く岐路に立つ。強固な民意で「日米同盟」の不条理を突き崩したい。」

 普天間・辺野古は仕切りではなく、過去の民衆の闘いの蓄積に立って、運動のすそ野を広げ、沖縄と本土の民衆が連帯してゆくことだ。
 ですから、5・15、入る情報を「宝の海」に添付している。

希望を失ってならない
本土の意識に沖縄への県内移設反対69%は、辺野古闘争の始まったころの県民意識に近い、全国でさまざまな行動が行われ、修学旅行など高校生や大学生の訪問は沖縄より多いことに注目すべきであろう。辺野古で海上案内、沖縄1に対して本土の人9である。

 メモ記録とする。

 追記(23・28)
定期的に辺野古。高江に来られる杉浦公昭さんの手紙
知人友人の皆さんへ
           杉浦公昭
基地反対闘争の最前線に立つ人たち
2012年05月10日

沖縄のおじいおばあたち
 「沖縄戦が終ったあと、全く食べ物がない焼け野原だった。
 田畑を耕すための牛馬もみんな避難民の食料にされちまう。
 ほんとうに食料に困ったんだ。

 でも、ここ辺野古には海があり自然があった。
 魚も海藻も貝もイカも取れる豊かな海があった。海に命を支えられた。
 山側は米軍基地にとられたけれど、海さえあれば生きていけると思った。
 ところが、今、その海を破壊しようとしているわけだ。
 しかも再び奪おうとしているのが、あのとき海以外の全てを奪った戦争、そのための基地。

 私達にとって、「この海」は、いま貴方たちが美しい海を残したいと思う以上の深い想いがある。
 海に助けられ、海と共に生きて来た。
 そんな思いに支えられて、この10年座り込みをしてきたのだ、と語られた。

 命はぐくむ辺野古の美ら海、人殺しの基地に変えないで、もうこれ以上加害者にさせないで。 
 この叫びは沖縄の地上戦に巻き込まれ、いま沖縄の辺野古で米軍新基地建設反対の座込みをしている『おじい』『おばあ』から直接聞いたものです。

 この叫びは、沖縄戦で人々の命を救った言葉『命どぅ宝(=命こそ宝)』を今の情勢に合わせて表現したものと理解しました。

 『命どぅ宝』は、全ての人間の命を大切にするという意味で差別がなく、ジュゴンややんばるクイナ等、あらゆる命を大切にするという意味で自然保護でもあります。
 それ故、この叫びは、沖縄県知事さんの様に沖縄県外の人々が基地負担を受ける『移設』を求めず、『新設拒否』であり、日本国外の米国も含めて、この地球上からの撤去を求めたものです。

 また、基地の承認は、人殺しを許すことであり、自分も加害者の一員になると受けとめる人道主義の叫びでもあります。 それは日本国憲法の精神に基づき、非暴力の運動で国内外の軍事基地を全廃させ、地球の未来を切り開く方向と重なっていると学びました。

我が家に伝わるクエーナ(おもろ)とウシデーク

お知らせ
 5・15情報


沖縄に連帯する5・13京都のつどい

以下転送転載大歓迎です。
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 沖縄の「日本復帰」40年・もう基地はいらない
 普天間基地の撤去を!辺野古新基地建設反対!
 沖縄に連帯する5・13京都のつどい
________________________
●日時:2012年5月13日(日)開会午後1時10分~閉会午後3時10分ころ(琉舞・三線・エイサーあり)
★集会終了後パレードを予定しています。

●会場:円山野外音楽堂(祇園・円山公園内)
 http://kanko.city.kyoto.lg.jp/detail.php?InforKindCode=1&ManageCode=4000048

●参加費無料(会場カンパのお願いがあります)

●連絡先:
実行委員会事務局 
TEL 075―211-4411 
FAX 075―255-2507(京都第一法律事務所内)
京都沖縄県人会 
TEL/FAX 075―467-4437

●集会呼びかけ/京都沖縄県人会
主催/京都沖縄連帯集会実行委員会
共同代表/大湾宗則[京都沖縄県人会会長)・黒木順子(きょうとネット代表幹事)・大谷心基(きょうとネット代表幹事)・小笠原伸児(きょうとネット代表幹事)・北野ゆり(辺野古京都行動

 大城立裕『民主文学』5月号(インタビュー「文学は思想の象徴」)

 「文学は思想の象徴」読んで
 心に残った三つの言葉

1、「明治政府の官僚たちの脳裏にあったと(国防上の問題)言われる。沖縄は以来づっと、防衛上の要石に置かれ,ときの政府の都合に翻弄されてきた」
  (いつも書いている)
2、「誇りを持たない;同化;は慢性的な挫折ー文化的植民地を育てるだけだ、・・とくに80年代以降は、沖縄が文化的に自信を持つようになり、それにともなって同化と異化がうまく関係するようになった。」
   (昨日のゴーヤー文化)
3、第二尚氏を「原始的な共同体の超非合理主義と言うか女性文化と、国家を背負う合理主義の男性文化との、史上初めての対決がおこなわれたと見るほうがいいと思います。」

 母の1周忌を前にして
  女性文化をクエーナとウシデークに見る(その1)

 3の女性文化を我が家の伝承文化から見る。昨年、5月母が94歳で逝った。喪に服す49日、母が残したクエーナやウシデークなのどの考察を試みて「宝の海」にメモを残した。母は13歳で奥間ノロに就き、神と人間とを結んだ。母が伝承してきたものは古代からの「神遊び」の謡であり、様々な神事のなかで受け継いだものである。東京芸大はじめ、民族学、文化人類学と称する学者が母などから記録を取っている。でも、我が家に送られた研究記録は1冊たりとも送られていない。

 クエーナはオモロ以前の謡と言われ、ウンジャミなどと神事で謡われ、踊る。幸い、琉球大学教授玉栄清良『平敷朝敏の文学』(1967年)に、母などのクエーナが採録されている。
 (朝敏は組踊を生み出す玉城朝薫の弟子であり、官僚としては祭温と対立する)
また、祖父がノロ葬儀、ノロ就任のクエーナを残している。母についてはQABが特集を組んでくれた。クエーナは「5・5」調で、太鼓だけの素朴な言葉を繰り返すことで、生き生きとして労働も喜びとして謳歌されている。大交易時代のクエーナは壮大であり、琉球王国形成期のロマンに満ちた地方の息吹がある。
 
 王国完成期から崩壊期に書ける「神遊び」がウシデークである。旧2月2日ウマチー(土帝君)今は、村の婦人会がアブシバレー、旧8月18日の大綱引きで舞う。琉歌の「8886」が中心だが、そうでない歌もあり、15曲の舞となっている。ウシデークは女の「神遊び」で、その神遊びに男が参加してくるのがシヌグである。琉球王国の名宰相と言われた祭温はモーアシビとともに禁止をしたようだ。それはシヌグには性的描写入ること、共同体の力がまし、支配体制が崩壊する危険があった。

 シヌグを豊穣や王国の繁栄首里テンガナシー(琉球王))を讃えることで地方に生き延びてきた。代表的なのが国頭村安田のシヌグなどであろうと推測する。王国時代は燃料は薪(1950年代前期まで)である。安田は湾となりインナトウが発達して良港をもち、やんばる船が与那原・馬天港へとにぎわいを見せた。安田は首里那覇の薪、材木などの重要な供給地であった。沖縄の風は北東が60%でやんばる船は太平洋を疾走したであろう。

  私の村(国頭村奥間)では、首里城や王家の材木を切り出す「国頭サバクイ」(シヌグの一つの形態)として残る。奥間は沖縄三大美田と言われ、比地川のインナトゥはマングローブに囲まれやんばる船の良港をなし、与那覇岳・伊湯岳に良質の材木(カシ・シー、イジュ)と薪の供給地であった。やんばる船は伊是名・伊平屋をめざし北の風受けて泊・那覇の港へ吸い込まれたと想像する。
 土俗的な民衆の文化(神アシビ)に琉球王国は介入すること出来なかったと推測する。
 
大城立裕氏は多くの「組踊り」などを生み出した。
 私は「国頭サバクイ」を民衆の演劇と見る持論を書いている。「宝の海」(おそらく5月から7月)のどの日に書いているか。自分でも知らないが、原稿メモは残っている。
  (明日は、百一揆のない琉球史と「国頭サバクイ」ー奥間のウシデークから)

9日第2信ー琉球新報・毎日世論調査概要


辺野古移設反対9割
 オスプレイ配備反対も9割
 前回10年5月31日比10ポイント増


無題40
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-190959-storytopic-1.html


 日米平和友好条約へ55%(前回同)
 安保廃棄16%(2ポイント増)
 多国間条約13%(3ポイント増)

全国的動向 
 10年日米強化賛成76%
 今回日米安保役にたっている46パーセント

ゴーヤーの日と「人間の住んでいる島」

「沖縄には、島だけがあるのではなくて、そこに人間が生きているのだ」
   (大城立裕)
東京の友人が「沖縄復帰40年と文学」を特集した下記の雑誌を送ってきた。あまり読書しないが、読んだ。
   大城立裕『民主文学』5月号(インタビュー「文学は思想の象徴」)

 石原都知事の「尖閣列島は東京都が買って守る」発言(アメリカ講演)に続いて、日米共同声明「動的防衛力」「動的防衛協力」をと宮古・八重山自衛隊強化・配備を打ち出した。
 これらは「中国敵視」政策による極端で偏狭なナショナリズムに基づき、アジアでの孤立化への道である。
 石原尖閣列島買って自衛隊基地造るとでも言うのか。都財産守れと八重山諸島に基地造り「守る」と言うのか。
 武力紛争挑発し、尖閣列島で戦争をするというのか。
  南西諸島は「人間が住んでいる」
  北朝鮮ミサイル問題でPAC3,イジス艦など役にたたなかった。ミサイル戦争になる。犠牲になるのは「人間の住んでいる島」である

 私は一貫して東南アジア平和友好条約の世界を東アジアにも構築すべきと主張している。石原知事らの偏狭的ミニタリストが尖閣列島を軍事的行動で「守る」と言うのであれば、18日ブログに、極端かもしれないが下記の宣言を沖縄は発進するべきであろう。

 「中国のミサイル目標は沖縄に非ず
   東京都西新宿2-8-1」
 大城立裕「文学は思想の象徴」を読んで、再度思った。
 沖縄の文化は剣の思想ではない。サンシンの文化である。「万国津梁」は、過去・現在・未来である。「剣を取るものは剣で滅ぶ」(聖書)

 琉球新報社説(5月8日)
平和行進開始 本土復帰の内実見つめよう
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-190905-storytopic-11.html

 ゴーヤーの日
琉球・沖縄文化が日本を包む
 沖縄の文化
 沖縄の床の間にはサンシン・泡盛があり、ヤマトの床の間には刀がる。私の持論でいくどか書き、話してきた。
 沖縄のガイド黎明期、アシテビチ、ヒージャ食べられたら沖縄が本当に好きになれる。サンシンを奏でることが差別の時代があった。沖縄文化が誇れる時代、それが、今の日本であろう。
 日本は異文化への尊厳を欠いた歴史、私の現代社会は柳宗悦の朝鮮文化、「琉球の富」で、異文化への尊厳であった。首里城復元などに功績のあった鎌倉芳太郎(香川)の実家訪問した折、畑にいっぱいごーやー植えてあった。
 我が家のゴーヤーの日のとても単純なゴーヤーチャンプルである。豆腐・卵・ポーク、油をラードで炒めると、なお、美味しい。
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 孫娘の植えたごーやー
  やっと実が付き始めた。
 このゴーヤ収穫する日、孫娘飛行機でやってくる。
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 (明日の宝の海ー沖縄文化の自信(大城立裕)と関連してわが母のオモロ(クエーナ)考)

琉球新報
金口木舌ーゴーヤー
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-190904-storytopic-12.html

辺野古の闘いの「宝」-手書き新聞「NO BASE]


与那国から始まる
 「5・15」平和行進

琉球新報電子版(7日)
5平和行進がスタート 復帰40周年、与那国で初
 育鵬社教科書採択、尖閣列島問題、日米共同声明「南西諸島防衛」で自衛隊配備と揺れる日本最西端の島から、
 平和行進が始まった。八重山・宮古と続きます。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-190882-storytopic-1.html

 今日(月)、うるま市へ通院、沖縄自動車道は、イジュの花の「並木道」ができたように満開でした。連休明けましたが、来る日曜日ごろは辺野古から高江の森・山がイジュの花で白く染まるであろう。
DSC02178.jpg
 テント村に寄りました。晴天のさわやかですが、さすがに、犬のポチには厳しい夏の太陽のようで、舌を出しハーハーと、人間様も暑苦しくなってきました。
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この人ありて辺野古の闘いあり!
辺野古テント村支える
 大事な大事な篠原さん

 辺野古テント村開設以来、テントの事務、対応、説明など、もっとも、テント村住民として長く欠かせない人です。
 辺野古テント村の歴史綴る手書きの週刊新聞「NO BASE」(下記ブログ)は実に783号(5月3日現在)になっています。
 現職時代、学級通信、授業通信を書いてきたものとして、篠原女史の偉業的日常は畏怖の念さえ抱きます。
 辺野古闘争の日記、沖縄で起こる事件、政府の動き、全国からの手紙などなど、記録されています。辺野古闘争年表史的であるとともに、辺野古辞典とも言うべき、辺野古の闘いの宝です。
 どのような評論より価値の高い記録と言えます。辺野古『愚直』の象徴でもあります。

DSC02194.jpg
 「NO BASE]
 ヘリ基地反対協議会協HPリンク個人から入れます。
http://blog-imgs-51-origin.fc2.com/h/e/n/henoko/782-1.jpg

原発ゼロの日本へー5・15へ




沖縄県民は基地建設止められると全国に発信続けてきた
 今
すべての日本の原発が止まった。
 だが 
 横須賀のGWの2基の原発が動いている
   安保が憲法の上に君臨している。
 
 国民の声は原発止めた。安保もなくせる。

 来月は20年ぶりの地球サミット、世界へ発信しよう


思い出の写真
 わたし何をしている

 友人が思い出の写真送ってきました。60歳で髪も黒々。

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 写真説明
 04年の単管櫓の攻防です。昼寝ではありません。作業船団が攻めてきました。ジュゴン1号からヤグラに上がります。作業敷板はずさないため板の結び目に寝て抵抗です。左の方も支えています。下では作業員数人が足場を敷くために狙っています。敷き板敷かれたらボーリング機材の取り付けになります。
 海上の非暴力の日常的な姿です。
 2隻の船は漁師の抵抗船です。金網ありませんから真冬、毎日毎日、同じこと繰り返しています。時には金属の鎖で体巻き付け鍵をかけます。二本の足も自然体で1枚の板も外させません。

辺野古テント村豊里友行(泡干潟写真家)写真展の一コマです。(今月いっぱい展示)
 
米軍基地のない秋田県「5・15」
  沖縄と連帯する行動―協力・共同求めるチラシ

 チラシ配布・署名・写真展ー秋田駅
  (こちらは、まだ拡大できません)

無題32
(秋田県平和委員会)

皐月晴れと梅雨
 5・15行動ー今週から始まる


●5月11日~13日、平和運動センター5.15平和行進
 出発は毎日9:00、出発場所は各コース以下のとおり。
 東コース(11日辺野古海岸、12日天願桟橋、13日宜野湾市役所)
 西コース(11日読谷村役場、12日沖縄市役所、13日宜野湾市役所)
 南コース(11日県民広場、12日平和記念公園平和の火、13日宜野湾市役所)

5月12日から 
『誰も知らない基地のこと』桜坂劇場上演ー大西、高江・辺野古でも出てくるようです。でも、観れません。
  監督イタリア人

 最終日の5月13日は「5.15平和とくらしを守る県民大会」午後2時~3時30分 宜野湾海浜公園野外劇場にて

 5月13日(日)普天間基地第一ゲート(5時~6時)
 5月15日(火)(午後2時~4時)宜野湾海浜公園

 主催 基地の県内移設反対県民会議プラス

「5・15」意見広告ー沖縄2紙、全国紙
  日本平和委員会全国街頭行動
  関東一坪反戦地主ー官邸抗議行動および集会

●5月29日学習集会「オスプレイ配備のための環境アセスにおけるハワイと沖縄での二重基準について(仮称)
 講師:知念清張(沖縄タイムス政治部記者)
 とき:2012年5月29日(火)18:00~
 ところ:教育福祉会館(那覇市古島在、モノレール駅付近)
 主催:基地の県内移設に反対する県民会議プラス3団体

 6月10日(日)沖縄県議選挙

 6月17日(日)宜野湾市民大会

沖縄タイムス
[大弦小弦]大型連休中、米の自然文学者レイチェル・カーソンの...

http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-05-06_33378/

具志堅徹(ヘリ基地反対協幹事)「サイパン玉砕および集団死」からの人生



 PDFの模索(下記拡大できます) 
 時代遅れにはなかなか思うようにいきません。練習です。

 ヘリ基地反対協幹事具志堅徹(日本共産党名護市議11期)物語
  サイパン玉砕および「集団死からの人生」から現在の闘いへ


 赤旗連載「沖縄ー基地なき島へー復帰40年と日本共産党」

akahata2012may03.jpg
(つづく)

こちらは拡大できません。
 5月4日
 『語り継ぐ戦争』(名護市教育委員会ー具志堅さんのご両親の戦争体験記収録)
 母親ヨシさんの首には刀傷残っていました。戦後米兵に囲まれてメーデーしたのは父親の具志堅徳信さんで、波乱に満ちた人生史、私のテーマでしたが、辺野古の闘いで頓挫。息子の徹さんの記録も貴重です。
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 PDF失敗しています。
 5月5日
 サイパン収容所ー幼い記憶を頼りにチャモロ族の古老尋ねる。
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韓国済州島の闘い映像が入りました
 韓国・日本、普天間、ハワイ、マリアナ諸島、豪州ー海兵隊「シ・エアバトル」(旧日本軍絶対防衛圏?)で国際連帯を。
nousbases-owner@lists.riseup.net; が次の人の代理で送信しました:; Sung-Hee Choi

http://www.youtube.com/watch?v=KpSLk9OMrGQ&feature=youtu.be

5・15県内外の行動計画


お知らせ
県内外の5・15行動計画続々入って来る


 沖縄の連続行動は5月4日「宝の海」

5・15
 復帰40周年記念式典「糾弾」
  首相官邸前抗議行動
 【時 間】16:00集合(集合時間が12時から16時に変更になりました)
 【場 所】国会記者会館前路上(首相官邸の向かい)
       地下鉄千代田線・丸ノ内線「国会議事堂前」駅出入口3すぐ
【主 催】沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック
 
http://www.tokyometro.jp/station/kokkai-gijidomae/map/index.html 


5・15沖縄「日本復帰」40年を問う! 集会とデモ

 【時 間】18時30分~ デモ出発19時30分を予定
 【場 所】代々木公園・けやき並木(NHK放送センター前)
       「原宿」「渋谷」駅10分
 
 【沖縄からの訴え】東恩納琢磨さん(名護市議会議員)
 
 【主 催】沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック

(追)5・15声明への賛同もお願いします

 詳細は下記ブログ
http://www.jca.apc.org/HHK/

●5月29日学習集会「オスプレイ配備のための環境アセスにおけるハワイと沖縄での二重基準について(仮称)
 講師:知念清張(沖縄タイムス政治部記者)
 とき:2012年5月29日(火)18:00~
 ところ:教育福祉会館(那覇市古島在、モノレール駅付近)
 主催:基地の県内移設に反対する県民会議プラス3団体

●6月17日「第5回ゆんたく高江」@東京上野公園野外ステージ!


日本全国GWー沖縄ははれ
ナゴラン咲きました。
野生のはほぼ絶滅
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 アジサイの蕾
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 ゴヤー順調に
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 垣根を這う
  カボチャ(なかなか雄花と雌花同時にさきません)
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 初収穫です
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 キュウリも何とか
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 ナベーラ
 蕾どんどんつきはじめました。
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軍事費を削って国際アクション(英文・動画あり)
 愛知・辺野古・普天間・高江・嘉手納
 (沖縄BDメールより)
 
http://demilitarize.org/2012-reports-east-asia/
プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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