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沖縄県議選挙突入ー私は何をする

高江全国巡業は(20日ブログ)

切れ目なく沖縄の闘いは続く
 体制確立しー政治戦と住民運動の確立
 沖縄は沖縄県議選挙に突入

 
(1)沖縄県議選挙(6月3日告示、6月10日(日)投票)
  (拡散可)
(2)オスプレイ配備宜野湾市民大会(6月17日)
(3)沖縄慰霊の日(6月23日)  
(4)高江座り込み5周年(7月1日、作業再開解禁、詳細後日)
(5)辺野古テント村座り込み3000日(7月5日、詳細後日)


 沖縄県議選挙

 4年前の県議選挙、日本共産党はじめ、社民・社大党および基地反対派(無所属の前進が沖縄の政治(県議会全会一致辺野古移設反対決議)を大きく変えました。

 昨年末以来の評価書問題など、これらの勢力は力注ぎ、選挙態勢作り、影響したのではないかと危惧するものです。これらの勢力の奮闘を望むものです。
 選挙戦の勝利の保障は「足」です。「足」動かさない選挙に勝利はありません。風ではありません。 
私は動けない。ですから、選挙情勢について情報書くことは情勢を正しく伝えること出来ません。

 オスプレイと高江
 森の動物たち、繁殖旺盛、やんばるクイナの南限を高江以南まで広げるニュース、森の動物たちも闘っている。
 7月1日は、オスプレイパット作業再開解禁。
 業者は、国民新党幹事長下地幹郎フアミリー企業「大米組」です。今までと違います。政権党と沖縄防衛局が一つになります。「大米組」は、防衛予算に参入して大きくなってきました。

 辺野古経験のでは、作業とは、作業に入る行為(機材の運搬など)入りません。6月に入るとの監視体制が重要になります。県議選挙の中でも機材の搬入あると見るべきです。
 7月1日、皆さん高江です。
 わたし、現場へいけませんから、現場闘争時期、クンチ(栄養)付けるために、「牡丹鍋」を100人分、確保し始めています。インスタントでは、力が湧きません。高江への恒例の宅急便(廃鶏)の確保も進めています。
201012261905000.jpg
(私の「宅急便」で夜の交流)


   沖縄県知事は「オスプレイ配備反対、オスプレイパット建設賛成」
   東村村長「オスプレイ配備反対、オスプレイパット建設賛成」
   宜野湾市長「オスプレイ配備反対、普天間補修にコメントなし」
オスプレイパット反対の強力で確固とした与論形成を、県議選挙で作りあげること。

 全国的支援体制の確立をNEC_0341.jpg
   (2011年2月)
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  (現場での交渉は、冷静に座って2011年3月1日)

 定期的に辺野古・高江の座り込み埼玉の杉浦公昭さんのメール
基地反対闘争の最前線に立つ人たち(7最終回)
2012年05月14日
Posted by kyutono9 at 18:05 │Comments( 0 ) │TrackBack( 0 ) │ 米軍基地問題
 杉浦さんのようにメール・HPで仲間たちに発信する人
 とても、大事です。
伊波洋一さん2010年11月の沖縄県知事選で、普天間米軍基地の辺野古移設反対の民意を掲げて闘い、1割程の僅差で負けましたが、相手候補に「県内移設容認」から「県外移設」を公約させました。
2012年2月の安里宜野湾市長の病気辞職に伴う選挙で、沖縄に新たな基地を造らせないと言う民意の統一と団結のために闘い、4 % の僅差で敗れましたが、相手候補に「県内移設容認」から「普天間の固定化阻止」を公約させました。

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 (左稲嶺進名護市長)

私は「伊波洋一さんを応援する本土の会」を作り、知事選では、186人の賛同で278,840円のカンパを、市長選では、46人の賛同者で98,000円のカンパを届けました。
今年の4月18日、辺野古の座込みの帰り道に伊波洋一事務所に立ち寄り、若干の意見交換をしました。
ネットを通じて、選挙初盤の後援会で「今回の選挙は圧勝しなければならない」との楽観論が聞かれ、危険だと思い私なりに打ち消すようにしていましたが、残念でしたね』と話すと、伊波さんは「市長選の雰囲気は真に良くて、選挙終盤の打ち上げでは私の方の応援者が多く集まっていて勝ったと感じたのに、負けたのはやはり杉浦さんが言うとおり楽観論があったのかも知れない」と述べました。
私が「米軍基地を撤去させるには、日米安保条約を破棄しなければならないと考えますが、私の周りは安保容認派が多くて、なかなか困難と考えています」と話すと、「その認識は間違っています」と昨年11月にNHKの世論調査結果をコピーしてくれました。

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(高江の大事な時に埼玉から駆け付ける杉浦さん。左3人目カメラ、2011年2月)
それを見ると、今までは「在日米軍基地で日本の安全が守られたと思う」人が76%も居たが、今では「在日米軍基地の負担が重くなったと思う」人が72%と逆転し、将来「日本は安全を守るためにどのような国を目指すべきか」との問いに「アジアの国々と国際的な安保体制を築く」と答えた人が55%に達していました。
更に、伊波さんが今年3月5日に東本願寺沖縄別院で講演した「普天間基地から日本の平和を考える」―基地問題、現在の課題として―の講演レジュメも下さいました。これは現時点の情勢を把握する上でとても良い参考に成りました。彼は明晰な頭脳を持ち、信念を貫く肝の座った人で、沖縄のリーダーにふさわしい大人物とお見受けしました。


「第4のメデイアの時代」
 「メデイアが伝えない、悪いと嘆くのではなく」
 わたしたち一人ひとりがジャーナリストになろう


(明日、巨大V字基地出来たら、辺野古浜の変貌から) 
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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