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「首里城光と影」と映画「ひまわり」


タイムス2つの記事
 今日は、運転免許の更新、優良で30分の講義ですむ。新聞は沖縄県議選挙1色、沖縄市区と那覇市区の友人激励のため「宅急便」で山の幸を送る。沖縄タイムスに興味のある記事二つ。

 「首里城光と影」
  「万国津梁」「テンペスト」「国頭サバクイ」
 民衆の視点で見る目を!

 沖縄タイムス連載「本土復帰40年沖縄の自画像」(48回)は「首里城光と影」に入った。
い無題

 首里城含む世界歴史遺産「沖縄城群遺跡」をどのように見るか。琉球王国をいかに民衆の視点で見るか。太平洋の西の沖縄島に世界遺産に登録された城群、成立期人口約17万人、シルクロードの東の果ては、海に浮かぶ小さな島々、その富はいかにもたらされたか。首里城など教え、案内するときの最初の課題であろう。

 「万国津梁の邦」の大交易時代のレキオと呼ばれた琉球商人の勇気と栄光の時代がある。島津侵入(1607年)以後の琉球王国は崩壊の危機を孕み、「日支両属」と言われ、民衆からの搾取によって維持され、御冠船・組踊りなどの華やかな文化を生み出す。NHKテレビドラマ「テンペスト」では、琉球王国の支配体制の頂点、聞声大君がジュリ(遊女)に転落、外国水夫にレイプされ、アンヤー(部落)に身を落とす。

私は、母の危篤状態が続く中、高江の闘いにもおり、母の伝承してきたクエーナ、ウスデーク(臼太鼓)などから、琉球民謡「国頭サバクイ」を民謡ではなく、民衆の舞台演劇であり、琉球王(首里天願子)を讃える歌、舞でもなく琉球王国への民衆の怨嗟であり、琉球王国は崩壊の内的矛盾を孕んでいた。と、「宝の海」に連載した。

「首里城光と影」
 識者の見解

 大浜長照元石垣市長(現国頭村安田診療所医師)
 「首里城の「完成は率直に喜べなかった」「首里城は八重山を搾取した琉球王府の象徴だ」

 琉球大学教授高良倉吉
 「首里城が搾取の象徴だという宮古、八重山,奄美の反応は予想通り・・・」
 「沖縄はこれからの日本がどういう国になるのか、問題提起できるだけの経験と論理を一番持っている地域だと思う」

「宝の海」では、やんばるの農民「生き地獄であった」
中央から観る目、中央官僚、メデイアから見るのではなく、地域、民衆の目で物事を観ること大切だ。母の伝承、「国頭サバクイ」、女の神アシビ(遊び)から、琉球王国観てきたこと、正しかったと思う。

 「宝の海」-国頭サバクイ考(2)6月12日第1信 関連6月11日
http://teruo024.blog47.fc2.com/blog-date-20120512.html

  映画「ひまわり」順調に進む
  宮森ジエット機墜落事件(1959・6・30)

 私の世代にとって由美子ちゃん事件と宮森小ジエット機墜落事件は原点(プロフィール参照)である。

ハ無題

 宜野座映子女史の情熱が   
 宜野座映子さん、 辺野古海上闘争、V字違法アセスの阻止、監視行動に平良悦美女史とともに毎日、毎日、真黒になって奮闘した。高校教師としての実践でも平和学習、ハンセン病学習、故ネルソン氏の講演でも大きな役割を果たした。
 アセスの闘い目途がたった頃、宮森小学校墜落事件を演劇「フクギの雫」に完成させ、若者たちと全国的に公演した。嘉手納の基地強化、オスプレイ配備の中で「ひまわり」の完成、期待したい。沖縄の子供たち出演に選ぶ姿勢もいい。
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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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