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「オジー・オバーたちの青春」(その2)

沖縄の青春小史メモ

ある日、高校生と話した。1995年の少女暴行事件から17年、SACOとの闘い16年、再編成との闘い8年を意識する。ツイターで4万余の若者たちが脱原発で繋がる。
 青年が明日に輝くとき、歴史が進む。沖縄の青春の闘いを振り返れ、若者が輝く沖縄の闘いを展望するために、
 「オジー・オバーたちの青春」として、メモ試みた。
 7月1日、高江5周年に「若者たちと歩む道」提起するために。

昼から夕方熱くなってきたので、朝と夜に散歩。夜香木の香りが夜の庭にながれ出す。月がだんだん明るくなりだした。


DSC02843.jpg

 高校生も弾圧の対象
  県民とともに歩む青春群像(1955年夏)
 1955年7月19日、米軍は3月の伊江島に続き、宜野湾村(現市)伊佐浜を「銃剣とブルドーザー」で押しつぶし、太平洋の要石、不沈空母沖縄を完成させた。野嵩(普天間)高校の高校生たちは「社会科研究会」(約120人)を結成して、闘いの中にいた。すでに前年瀬長亀次郎はじめ人民党弾圧、顧問の前原穂積教諭は学校を追われ、研究会も解散され、琉球大学でも学生の処分が行われ、県民は閉塞状況にあった。
 米軍の婦女暴行、極悪事件が頻発した。その最も残酷な事件が「由美子ちゃん暴行殺人』事件であった。当時、沖縄の高校生たちは各学校で文芸誌、生徒新聞などで不当な沖縄の現実を告発、「高校文芸」に集約されていた。
  我々は忘れてはいけない
  島の土に宿る我々の同胞の魂を!
  そして、
  島にこぼれた血は一滴も払ってはいけない!
  島にこぼれた由美子ちゃんの血の暗示から
  沖縄の未来が生まれるのだ
  (コザ高校文芸誌「緑丘」-「少女の死」の終章から
 乞食行進と
  沖縄の青春

 7月21日、伊江島の女たちは、立法院の座込みから「乞食行進」を始めた。沖縄島喜屋武岬~北は辺戸岬まで7月に及ぶ米軍の不当行為に県民の立ち上がりを訴えた。
   僕たちは今こそこの孤島のことを
   世界の隅々まで歌い響かせ叫ぶのだ
   若者たちよ
   退路はつくらぬことだ
   前進!!
   「孤立」
   誰も助ける人はいないのだ
   まったく一人で生きることだ
   自分の意思で生きるのだ。
     新しく発見されたスクラップ業
     これこそ現代世界に誇る
     孤島「オキナワ」の資源なのです。
     -砲弾、爆弾・・・・。
     浮沈空母艦の上を
     明日の生命を求めて・・・
   (前原高校生 新宮 林、「孤島の人々とその風景」より、なお、沖縄戦の不発弾、米軍の演習不発弾解体で死んだ人125人、怪我125人<沖縄タイムス記事>)

  島ぐるみの闘いのなか
   高校生が輝き、県民を励ます

 民主主義の国、アメリカ議会のプライス調査団に沖縄県民は期待をした。調査団は勧告
で沖縄を永久基地としての勧告(プライス勧告)、沖縄県民は裏切られプライス勧告反対、
4原則貫徹に団結した。沖縄全県で大会を開催、1956年7月28日、那覇高校での中央大会
(15万当時の人口約80万)へ向けて、いわゆる、「島ぐるみ」の闘いが始まった。

 自ら立つ
  沖縄の高校生

6月29日、那覇高校生徒会(1600人)が学内大会を開催。
 決議「われら学徒は、一致団結してプライス勧告を阻止するとともに、世界の世論と良
信に訴えて、4原則貫徹に努力する。そのため学徒として働きうる最大の事項を計画し、強
力に推進する」(1956年6月29日 那覇高校4原則貫徹総決起大会)
 声明(「全沖縄の高校生への呼びかけ」略)

 7月2日、野嵩高校、7月3日、石川高校、首里高校と全県の高校(当時21校)へと広
がり「高校生の島ぐるみの闘い」が構築された。
 7月3日、琉球大学学生会は「プライス勧告反対特別委員会」を設置、だが、米軍は若者
たちの歴史的総決起のエネルギーを恐れた。
 8月6日、高校長会は「生き過ぎた行動」と警告、8月17日、琉球大学は「琉球大学は
共産主義に反対することを、ここに再確認し、共産主義を暴圧し、東洋において共産主義
の侵略から自由諸国を守る米軍の指導を求め、このたび本学生たちの反米デモ行進を行っ
たことに対し、当地滞在の米人並びに全米人に遺憾の意を表す」と、6人退学、謹慎1名と
した。
 この当時、私はまだ小学校6年、高校生が村8分にあっていたこと記憶している。
 (次回、「オジー・オバーの青春」1万5000の精神は消えない)

森本「代官」オスプレイ記者会見
森本氏は軍事専門家と自分で言っている。今日の会見でオスプレイについてまったく無知をさらけ出している。ペンタゴン「代官」らしい自己暴露だ。
QAB
森本防衛大臣 オスプレイ事故原因を発表
http://www.qab.co.jp/news/2012062636307.html

今日の重要メモー民自公政策的大連立
 次の狙いは「憲法」?

赤旗主張
民自公増税談合
二大政党の破綻がきわまった
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-06-26/2012062601_05_1.html
名古屋から送られた中日新聞
  今、このことが大切だ
【社説】
オスプレイ配備計画 政府は沖縄をだますな
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2012062602000093.html
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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