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2日第2信ー知事「全基地閉鎖」報道


沖縄の首長たちへ
 「嘉陽オジーの爪の垢煎じて飲め」(30日「宝の海」)

―このオジーの屍をエンジンくくりつけて作業せよー
  知事にも届いたか

沖縄タイムス
無題05
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-07-02_35845/

琉球新報
無題06

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-193361-storytopic-9.html

 記事内容―うるま市帰り次第(6:15)

琉球新報社説(2日)
知事防衛相面談 配備拒否以外 道はない
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-193334-storytopic-11.html
誰が「嘘」ついている?
赤旗
オスプレイ エンジン停止時の自動回転機能
防衛省「ある」 製造元「ない」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-02/2012070201_01_1.html
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私の普天間封鎖提起と仲井真知事談話

 小さな村の大きな闘い
  高江座り込み5周年の日に何が起こったか


 閣僚たち、みんな週末に沖縄くる。県内のテレビ土日、独自ニュース番組少ないから、それを狙っているのか。
 
 私の基地封鎖の提起ー仲井眞知事も-昨日第2信参考
  知事が私に近寄って来た。次は「日米安保考えよう」から「安保・日米同盟野ー田」と言い出すかも?


まず、私の挨拶
 沖縄非暴力の闘いの歴史と課題

 森本ペンタゴン「代官」と仲井眞会談が開かれ、会談のニュースを見ないまま、高江に向かう。妻と妻の友人が同行してくれた。今日の日のために体力の増強に努めてきた。会場では私の姿見て、辺野古・高江の現場で闘った同志たち喜んでくれた。

 私が作成した資料はA3版5枚(裏表)の500部、不足であった。わたしに与えられた時間は10分、昨日の「宝の海」に沖縄の非暴力の歴史はレジメとして掲載。沖縄非暴力のなかで獲得してきたゆるぎない力をたどり、現在の課題を次のように提起する。
DSC02891.jpg
(「沖縄非暴力と積極的非暴力の歴史と課題」提起する私)

1、 村ぐるみ、自治体ぐるみ(首長、議会決議など)の行動は勝利していること。東村は「オスプレイ配備反対だが、オスプレイパットは賛成」、これを、村民とともに変えて行くことだ。この努力を惜しまない事。

2、 積極的非暴力は、米軍基地を県民がゲートに座り込み封鎖、あるいは基地の中での闘いもあり得る。大事なことは「民衆が信じ合い、自らの力を確かめ、決意」を固めているかによる。伊江島の集団耕作、安田の闘い(ずれも基地の中での闘い)などなど、米軍を「恐れず」、法規(布令・布告)よってつくられた基地に抵抗する権利は沖縄県民固有の権利である。辺野古の海上闘争も基地の中「提供水域」での闘い、高江・普天間でも避けられないし、「決意」を固めることだ。沖縄非暴力の到達点だ。

3、 青年の持つ社会への感性を豊かに、今日の沖縄の闘いへの青年の権利(子どもの権利条約)を教育者は育むべき、その時、沖縄の歴史は飛躍的に前進する。

4、 屈辱に耐えることは、持続的展望を生み出し、それは、辺野古3000日、高江5年が示している歴史である。日米政府の暴力恐れない。我々は進むだけ。
このような内容であった。
  (集会の全容はブログ「高江の現状」に公開されるでしょう)

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 チョー面白くなる
   ペンタゴン「代官」と仲井眞知事会談
  全基地即閉鎖へー民衆の闘いの御旗?

 高江集会、自分の務め、終えて、糸数慶子、山内徳信、赤嶺政賢議員らにあいさつして、第2部に入ると会場を後にした。家に帰るり、ネット開くと琉球新報電子版や「会談」で検索すると、知事の談話が載っている。(1日「宝の海」第2信参考)
 ≪仲井真知事は面談後、記者団に「配備を強行したら、全基地即時閉鎖という動きに行かざるを得ない」≫と会談後の知事の談話を伝える。
 
 私が高江で提起したことが、沖縄県知事の「全基地閉鎖」と、私以上の過激な提起である。また、シオマネキの鋏シンボルマーク以上の提起である。
 沖縄の民衆は「安保から平和友好条約」へ、知事が率先したと即断するのは速いが、これは高江・辺野古・普天間の闘いの御旗になる。

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(この布はオスプレイの大きさ、両翼は入らず)

 辺野古座り込み、海上闘争、アセス闘争、現場で、那覇防衛施設局(現沖縄防衛局)のマイクは「市長も知事も辺野古基地賛成」と幾度も繰り返し「御旗」とした。

 われわれは叫ぶ「全基地即閉鎖」、普天間ゲート封鎖を堂々とできる。高江でも、辺野古でも、すべての基地で!
 日米政府に告ぐ、海兵隊普天間基地に17年も執着し、まだ続けると日米外交の醜さ世界にさらけ出す。首都東京知事、アメリカの新聞に尖閣列島買い取り広告出すようだが、アメリカに媚びる姿勢は、アメリカ国民の笑いものになる。
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 (高江の闘い、テントにも集会にも「子どものいる風景」、これが高江の強さだ)

 今日も定期のうるま市で治療、おそらく、新聞は、知事談話の意味を、大きく伝えるであろう。日曜日テレビニュース少ない、今日の新聞は午後、第2信で貼り付けます。、

 引き続き辺野古3000日の集い成功させよう
  歴史を開くのは「民衆の絆と力だ」
 座り込み8年、何を、どう変えたか。


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夜玄関に咲く
 ドラゴンフルーツの花
 高江から帰り夕日が沈むと
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 8時
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 10時
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満開―朝早いので
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(翌朝。エロチズムというか卑猥な受粉となるが、時間がない。今が純潔)
プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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