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沖縄戦後史ー各時代の「島ぐるみ闘争」を回想し、今日の闘いへ


 沖縄は連日、灼熱の太陽、日陰は沖縄特有の風で涼しい。副作用はなく、食事も進んでいる。書斎の窓を開けると冷房もいらない。夜は一つの窓、少し開け、蚊取り線香つけて寝る。
日曜日、沖縄雲が広がった。ヤーグマイ(家籠り)続いているので高江までドライブに出かけた、N4付近を散歩した。
  
 島ぐるみの闘いへ
  沖縄戦後史の「島ぐるみの闘い」をいかに高めるか


 第4次の「島ぐるみの闘い」(1)
  各時代の特徴を現代へ
 沖縄の戦後67年の間には、それぞれの時代の課題に「島ぐるみの闘い」あるいは「島ぐるみの抵抗」と言われてきたいくつかの時代があった。
 私なりに時代を区分する。

 第1次「島ぐるみの闘い」
  1956年「4原則貫徹」島ぐるみの闘い。
 第2次「島ぐるみの闘い」
  1960年祖国復帰協議会結成~1972年の祖国復帰まで
 第3次「島ぐるみの闘い」
  1995年9月少女暴行事件、SACO・名護市民投票~普天間・辺野古、再編成・「集団自決問題含む」
 第4次「島ぐるみの闘い」
   2010年名護市長選挙~オスプレイ配備反対の現在と明日への闘い

  第1次と第2次の島ぐるみの闘い
   共闘と教師・青年の立ち上がり
 
1955年7月、いわゆる「銃剣とブルトザー」で「浮沈空母オキナワ」が完成。翌年、新規土地接収反対・一括払い反対(米軍の土地買い上げ)含む4原則貫徹の「島ぐるみの闘い」、当時の沖縄の人口約80万、6月27日を沖縄県民総立ち上がりの日とし、7月28日を県民大会(15万結集)と決定、64市町村中、50余の市町村が決起大会開く。地区大会で大きな役割を高校生が果たし、6月29日、那覇高校4原則貫徹総決起大会を火ぶたに「高校生の島ぐるみの闘い」を構築する。琉球大学学生会の闘争委員会が7月3日であった。
  「宝の海」(6月27日)を参考
 第1次「島ぐるみの闘い」の中の高校生
http://teruo024.blog47.fc2.com/blog-date-20120627.html

 祖国復帰担う沖縄の教師と
  沖縄の青春群像ー現在の闘いへ

 60年の祖国復帰協議会の結成は、沖縄の宝である統一・共闘の源泉である。各時代に革新共闘・課題別共闘(現在「基地の県内移設に反対する共闘会議」)を構築する。
 12年間の復帰闘争で重要な役割を果たすのが沖縄教職員会、全県の教師と数千の高校生が4・28県民大会になどに結集したことであろう。
 第1次「島ぐるみの闘い」、米軍と傀儡琉球政府の弾圧の対象は高校生と大学生であった。復帰闘争はベトナム反戦など結合し、全国的な闘に発展し、新しい基地建設許さず、学生・高校生も沖縄の明日に向かって輝いた。
 この輝きを、「新基地反対」「オスプレイ配備反対」の現在の「島ぐるみの抵抗」に、再現する事が求められる。
 教育者が過去の歴史に学び、組合・非組合など越えて、この課題に立ち上がることを創りあげることだ。
  (明日は第3次ー市民的勇気と結合)

高江N4散歩
 テントを包むようにヤンバルアワブキ(?)
 テントにつくと小鳥がさえずり、ノグチゲラのなき声も、蝉が啼き森の交響曲
DSC02968.jpg
 蝶やハチが戯れています。
               DSC02970.jpg
 森を覗くとアブラゼミを見ることができます。
DSC02975.jpg

 道路沿いにはシランの仲間、花から実へ
                DSC02986.jpg
 足元にトカゲが
DSC02984.jpg
 森の窪地には山の月桃
  アオクマタケランも花から実へ、秋には赤い実の房へ
  (森の心得)                                                         
 森に入るときには、草むらに石や枯れ木など投げて、ハブを確かめます。積乱雲が発達して雨が降ると、ハブはアスファルトに出てきます。不思議です。
                  DSC02980.jpg
 森の道路沿いは
  蔓性のセンニンソウの花が垂れて咲きます。
DSC02993.jpg
QABニュース
オスプレイ 輸送船ハワイに到着
http://www.qab.co.jp/news/2012070836533.html
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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