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8・5県民大会前にー「悪魔と手を握らない」

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近況
昨日は、抗がん剤点滴の日、深夜まで、女子サッカー見て、寝不足、病院で受け付け後、ソフアーに横になる。看護師心配してくれ、「サッカー」でと言ったら苦笑い、約1時間の点滴中も寝る。「サッカー」!彼女たちも「さかー」か、血液採血2度失敗、点滴注射針3度、私の腕ガーゼーのギャラリ?
 来週は抗がん剤休みの週だから木曜日頃高江ドライブ計画、宅急便カキゴーリの手動機持ち込んで、楽しい熱い闘い、冷却した涼をと思っている。

 8月5日、県民大会参加できませんが、テレビ中継あるようだ。ネット中継も当たり前になって来た。
 当日は、家にいて、「宝の海」に動画現中継すべて添付して、29日の国会包囲のように、いくつか、選択出来るように努めたい。
 ヤンメームンの勤めだ。
 昨日、1日だけでも情勢の変化あり、感動あり。

今日のメデイア状況は午後第2信で、朝見て、11ごろサイトに出る、1時間ほどして新聞、テレビは8:30分公開、昼飯食べて昼寝、太陽落ちるとビンゴと遊び、庭の山水、散歩、夕食摂って、テレビ資料は添付、夜の散歩、いふーえんざーかから藍ために、明治R1ヨーグルト確保、朝夕3個食べる(以前は限定販売、以前はアイスクリーム食べなかったが、今1日3涸食べる。と、1日のリズムできてきた。カミさんの作るゴーヤージュース、ゴヤーの漬物、ゴヤーテンプラで野菜不足解消、治療費で年金飛ぶ、妻の財政支援に頼ってる。この8年、わたしの年金、活動に自由にさせていただいた。妻は、前線にめったにいないいが、闘いに専念して来た。評論家とあたしの違いも解説よくやってくれている。かけがえのない妻だ。

 妻調子割るとき料理は、努めて私がつくる、少年のころ母のまな板が目覚まし時計であった。田舎料理は得意だ。妻に寄れば、おかゆが美味しいという。妻都会育ち、悪い米食べているからよく洗う、田舎新米食べるから洗わない、コメの油が美味な味充満するするようだ。
 魚は私の専売特許。
だから、友人との交流、気にしないで、行くこと遠慮するな、孫にも会ってこいと言のだが、わたしを気にしている。洋裁も免許取得している、和服の着付けも、踊りも人前で踊ること師匠から許しえている。
 今、旅仲間とも疎遠にになり交流ない、体力に活気がなくなった、わたしに起因する、すまぬと思う。

8.5オスプレイ沖縄県民大会に参加しよう
 台風にも雨にも負けず

 北部市町村会「辺野古白紙撤回」決議の意義を!



 「北部振興策のためなら悪魔と手を握る」から
   「もう悪魔と手握らぬ。
 北部市町村会「辺野古基地建設」よ、「さようなら?!」

メモ的記録(1日1日記録する意味)
「悪魔と手を握る」と言ったのは、前東村長宮城茂であった。彼は前名護市長島袋吉和、東宜野座村村長、儀武金武町長などと北部市長会に隠然とした力、自公政権の中で活躍した。
 確か06年額賀防衛長官を東村役場の庭で、ヒジャーグッチーで最高のもてなしをした。
 2011年11月5日、村長を現伊盛久に譲った宮城氏は「院政」(大西そのころからの東村政表現)、中谷元防衛大臣、前原誠治(欠席)など招待、島袋氏ら北部の基地誘致派も詰めかけた。

 あの宮城氏が 
『もう、悪魔と手を握らぬ』

 毎日新聞特集2012年5月10日「国よ島よ沖縄復帰40年」、インタビューで「悪魔と手を握らぬ」と態度を変えた。7月1日高江5周年の「沖縄非暴力と『積極的非暴力』の歴史と課題」での提言は、毎日新聞の記事とも関係しているが、レジメ、メモを忘れていた。
 名護市長選挙以来、宜野座村、金武町の変化は「宝の海」にメモしている。1日1日では変化は見えないが、一定の期間で見ると住民の変化、行政の変化が見てくる。

 思えば、名護市民投票以後、ヘリ基地反対協幹事、代表委員に就任して以来、新基地反対、振興策との闘いで、さまざまな闘い組み、マイクを握って来た。名護で街頭演説(教師現職時代も、元名護市長渡具知祐徳氏は、北部の戦争市民公開授業含めて「蛮勇」と苦笑していた。)、わたし以上に喋った人いないであろう。
 宮城氏の家の前でも「悪魔と手を握る」批判演説したこともあった。
 また、漁師含めて大浦・辺野古海上に一番長い時間海に出たとも自負している。(但し、03年から08年8月脳梗塞で入院するまで)
 変化とは1日1日の変化の積み重ねである。
北部市町村会の決議伝える沖縄の新聞
DSC03302.jpg
 
沖縄タイムス
辺野古移設撤回求め決議 北部市町村会
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-08-01_37089
琉球新報特集
強い抵抗の意思 北部の辺野古撤回決
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-194885-storytopic-9.html
琉球新報社説
騒音過小評価 アセスの信頼は地に落ちた
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-194854-storytopic-11.html
沖縄タイムス
連合沖縄、オスプレイ反対訴え座り込み
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-08-01_37108
QAB琉球朝日
北部市町村会 「辺野古移設」撤回決議

 必見
http://www.qab.co.jp/news/2012080137137.html
アメリカダブルスタンダードの矛盾
   ネット世界が怖い
琉球新報電子版
オスプレイ配備「理解できぬ」 元米高官、危険残る
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-194911-storytopic-3.html
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-194911-storytopic-3.html
タイムス電子版

元米高官、オスプレイ配備「理解できぬ」
http://www.okinawatimes.co.jp/top/3.html" target="_blank">http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-194911-storytopic-3.html


 奈良県の友人からの手紙
  憂鬱の中での感動

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 昨日は、抗がん剤の点滴、副作用作用が現れるか憂鬱、気晴らしに午後から、太陽も台風の影響で弱いので、近くの海岸ドライブ散歩し、パチンコにも行った。パチンなんて、今の時期にと思うかもしれないが、何かで不安を・・食欲減退に挑戦するために、夕食は刺身に挑戦する。闘いを回想、いくつかの提言が浮かんできた。

 家に帰ると、奈良のy女史から手紙、カンパ、バーナーが届く、涙が出るほどうれしかった。y女史は、故幸喜敦子さんの古い友人で、手紙は幸喜敦子さんの仏前ふさわしいと思い、具志堅徹名護市議、来ていただいて、たくする。
 故幸喜敦子さんは、米軍占領期から、北部の女性の平和運動の草分け、逝く日まで毎週開催されるヘリ基地反対協幹事会、欠席したことなかった。名護の闘いのクサテ(支え腰)的、存在で、幸喜さんの活動、財政面でも支えてくれたのがY女史である。

 今日、ヤンバル統一連オスプレイ学習会、具志堅議員にいくつかの資料と提言をして、参加とする。
妻に、バーナーの耳を縫ってもらい、辺野古のギャラリーに展示していただく、カンパは、沖縄平和委員会、新婦人沖縄県本部に託す。Y女史は平和丸基金創設以来も、カンパを怠らない。
 y女史の手紙で内から、力が湧く。苦節16年、広島のY女史、平和丸購入呼びかけに購入資金の約半額送って句くれた。また、カヌー購入期、カヌー(15万)を次々に送ってくれた、鳥取の女性など思い出す。「アメンボ」と船に刻んだ。闘いが高揚する以前、ヘリ基地反対協が事務所も確保できず、財政の底尽き、特に個人加盟の幹事団体の幹事・代表委員は現職などで苦しかった。ジュゴン1号は退職金が担保であった。6月に銀行支払切れた。
 苦しいときは、仲間からの批判もつよい。先人たたちの「民衆が信じあい」の遺産、戒めが、支えであった。
 これらの方々に会いたいとも思う。以前のように、全国駆け巡る機会はないし、お互いに10年以上年を取り、合う機会ないであろう。

 原点から見る辺野古の自然連載(2)
大浦湾インナトウ
 世界ラムサール条約登録候補
 マングローブ林と干潟

 (森と干潟は恋人)
図1
 生物たちが創る万里の頂上
図2
 平和丸台風避難港ー昔はやんばる船、朝貢船
図3
 (時期にイノーの説明)
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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