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米軍と沖縄防衛局のジュゴン追い出しとサンゴ破壊


 台風15号、土日、沖縄直撃の可能性、かなり暴れるか?
追記
 今日の高江こちらから(9:30)

http://takae.ti-da.net/

原点から見る辺野古の自然(17)
ジュゴンの藻場ーアジサシの繁殖(3
藻場・サンゴを破壊する米軍と沖縄防衛局
 
 朝8時。「君が代」の演奏が終わると基地の中で激しい銃声が切れ目なく1日中続く、水陸両用戦車が海岸に出てきて、ある時は海岸を疾走、8~12両が海で訓練する。

 ジュゴンやウミガメの餌場は砂漠のように踏み荒らされる。
図2
(砂浜に結集する水陸両用戦車)

 海の破壊に向うIMG_3556 (2)
砂漠化する藻場
K図14

 水路のような道が負けるまいJ図13

 ジュゴンやウミガメの餌場は砂漠のように踏み荒らされる。
 事前調査・アセス調査は
   ジュゴン追い出し作戦

 辺野古のクチ(ジュゴン・ウミガメ、魚たちの外洋とイノーへの道)に設置された水中ビデオカメラ、深さは約3m、ジュゴンにとっては大砲向けられたようなもので、夜カメラは基地の光を反射させ、藻場に入れない。沖縄防衛局は嘉陽がジュゴンのえさ場という。嘉陽の水中ビデオは約10m,光も暴風林にさえぎられている。辺野古ではわざわざクチの浅瀬に設置している。
 藻場には様々な機材を設置、ジュゴンが餌場に来ないようにしている。04年までは確実にジュゴンは来ていてハミ後も確認された。
 ジュゴン追い出し作戦はヘリによる追跡調査である。月に3~5日、朝8時から5時まで追い回している。準備書・評価書に記録が掲載されている。ヘリは常にジュゴンの南にいる。その意味は大浦沖から南にジュゴンが移動しないためと、私の洋上監視で指摘してきた。
 平和丸・ジュゴン1号は、QABの水中撮影に協力してきたが、ジュゴンにストレス与えないため、1時間、3日の予定でしたが激しい討議を経て2日で切り上げた。それは、ジュゴンを幾度も見ている漁師の知見によるものであった。
 水中ビデオカメラ
図1
 ジュゴン来るな?図5
 米軍のサンゴ破壊に
   違法アセスのサンゴとサンゴ礁破壊

 04年11月26日、「宝の海」は西那覇防衛施設局長「サンゴが死滅して岩となったサンゴ礁と生きているサンゴは別」の認識を具体的に批判している。07年5月の事前調査でサンゴの卵の着床版設置、サンゴとサンゴ礁を破壊した。死んだサンゴは無節サンゴと言われ、サンゴの卵は無節サンゴに付着し再生しサンゴの森を創り始める。
 一方、水陸両用戦車もサンゴとサンゴ礁の破壊を繰り返し、宜野座村は防衛局と米軍講義をしている。サンゴは海の豊かさのバロメーターである。
 サンゴ調査の名でサンゴ破壊
図4

20120817_0940_L3ckLeH7_l.jpg
 (2012年8月、水陸両用戦車で破壊、再生の顕著な辺野古と宜野座堺ー潟原沖)

新報
27日に決起集会 県民大会成功向け 県庁講堂2012年8月22日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-195950-storytopic-3.html

新報社会
赤いハンカチ怒り込め うるま市の福祉施設2012年8月22日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-195958-storytopic-1.html
タイムス
オスプレイ配備は県民大会後 米海兵隊中将
全国 2012年8月21日 18時54分
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-08-21_38020
タイムス
高江ヘリパッド 工事再開
社会 2012年8月22日 09時30分
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-08-22_38044

テレビニュース
2012年8月22日 18時32分
対馬丸慰霊祭 「決して忘れない」悲しみ深く
http://www.qab.co.jp/news/2012082237542.html
2012年8月22日 18時31分
枯れ葉剤被害者 「ベトナム・米国・沖縄で声をあげて」
http://www.qab.co.jp/news/2012082237544.html
枯葉剤
 こちらのブログが詳しい
http://www.projectdisagree.org/



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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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