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12日第2信ー森本「ペンタゴン「代官」恥じの上塗りー緊急発進

森本ペンタゴン『代官』
 幼稚でさもしい「説得」-恥をここまで晒すかー日本文化は恥の文化
この稚拙、この屈辱の場にいるのは

 「守礼の民」許さない。

無題C
 
続報あり
 記事内容
オスプレイ沖縄配備
防衛相、緊急着陸を矮小化 オスプレイ配備、知事反発2012年9月12日
(左)来県した森本敏防衛相と(右)厳しい表情で面談する仲井真弘多知事=11日午後3時すぎ、県庁6階知事応接室

 森本敏防衛相は11日、県庁で仲井真弘多知事と面談し、6日に米ノースカロライナで起きた米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの緊急着陸について、熱交換機の油漏れが原因と説明し、「車を運転する時に警告灯がついたので道の横に止めてチェックしたようなもの」と述べ、安全性に問題はないとの認識を示した。この発言に仲井真知事が「自動車の熱交換機がオーバーヒートするとエンジンは止まる。軽くはない」と反論した。森本氏は佐喜真淳宜野湾市長との面談後にも記者団に「天候が悪くスリップしやすい時に自転車を押して歩くようなもの」と述べた。航空機の緊急着陸を車や自転車と同列にして問題を矮小(わいしょう)化し、佐喜真市長が「恐怖」と表現した県民の不安感とは懸け離れた姿勢を見せた。
 森本氏は6日の緊急着陸の原因を「ギアボックスの熱交換機にヒビがあって、油漏れがあった。その熱で煙が出た」と説明し、「予防着陸であり、事故の概念の中にはない」と述べた。
 この発言に、仲井真知事は「軽くはないですよ」と二度反論した。
 また、仲井真知事はオスプレイの米軍普天間飛行場への配備について「とても容認できる説明ではない。容認するのは無理がある」と述べ、強い反対姿勢を直接伝えた。
 6月に米フロリダで起きた墜落事故の原因について森本氏は「人的要因」と結論付けた上で、「日米合同委員会で安全対策を協議している」と述べ、沖縄側の理解を求めた。
 しかし、仲井真知事は「防衛省は人為的と機械の不具合を分けて考えているが、普天間は若い海兵隊員が訓練している。政府の説明は機械の不具合がなくても落ちますと言っているようなもの」と厳しく指摘し、県民の不安は払拭(ふっしょく)できないとした。
 森本氏は知事面談後、記者団から住宅密集地にあり、周辺に空き地などのない普天間飛行場で緊急着陸などが起きた場合に安全策が取れるかを問われ、「私には何とも答えがない」とも述べ、具体的な安全策が乏しいとの認識を示した。


新報社説
事故分析評価 人為的でなく組織的ミスだ2012年9月12日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-196789-storytopic-11.html


沖縄タイムス
「安全性の担保」不明 “暴言”大臣に知事反発
森本防衛相(手前左)との面談を終え、知事応接室を出る仲井真弘多知事=11日、県庁
[画像を拡大]
政治 2012年9月12日 10時15分
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-09-12_38870
タイムス社説の主張と
 私の『沖縄非暴力と「積極的非暴力」の歴史と課題」

 高江5周年「沖縄非暴力」の歴史を語り、多面的な闘いを提起した。タイムス社説は、わたしの提起に共通するものがある。

沖縄タイムス社説
[オスプレイ阻止]運動は多面的・持続的に
2012年9月12日 09時25分
(1時間12分前に更新)
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-09-12_38860
 「沖縄非暴力と<積極的非暴力の歴史と課題」
 ユーチーブ
http://www.youtube.com/watch?v=FlmX5pMFlUU
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オスプレイ反対県民の日ー金曜日は大山ゲートの日に!


台風16号、東経134度、北緯11度付近で発生、沖縄要注意だ。
 9・9県民大会
  全国的に行動が行われたことは大切なことである。
  「持続する志」の具体的行動として
 辺野古の座り込み、高江の座り込み、普天間の座り込み
  県民の心、行動の拠点として 
  金曜日ー普天間ゲートに集まろう!
 訪米行動にはハンガー行動で応えよう。復帰闘争では組織的ハンストがあった。
  陳情規定
  「法規にとらわれず、軍を恐れず」-人間的にも道徳的にも優位に立つ。民衆が信じ合う心(復帰闘争碑)


高江の調査へーオスプレイパットの危険(3)

オスプレイの機能
  なぜ・沖縄全域が訓練域となるか

 そもそも、普天間は閉鎖全面返還であり、海兵隊は抑止力でなく、アジアに緊張と脅威の存在である。報復国家アメリカは占領で得た普天間基地に対する県民の抵抗に報復するようにオスプレイの配備で権益を誇示、『属国』日本政府は言いなりだ。「そもそも」の問題はおいて高江とヘリパットに入る。下記はオスプレイの機能である。
 
→【特集】垂直離着陸機オスプレイ 時事ドットコム

MV-22とCH46の性能比較 MV22オスプレイ CH46シーナイト
最大速力 509 km/h 265 km/h
航続距離 3334 km 426 km
作戦行動半径 600 km 150 km

120712_osprey1.jpg
  (ネットより)
 普天間の現実が
   明確に浮かんでくる

 時速速度2倍以上になることは訓練域が拡大することを意味します。積載量5700kmは人員輸送、車両、大砲などの宙つり訓練など多様になることを意味します。普天間(辺野古)をベース基地として伊江島で空母着艦訓練(FCLP)など2500回2倍(新報6月13)、QAB(8月21)では年7000回(現ハリアー780回)、キャンプハンセン、シュワブでの訓練強化拡大、高江での低空訓練(高度15~60m)にゴムボート上陸訓練、タッチ・アンドゴーなど含めて年1260回、それらの訓練は普天間の離発着が想像を絶する現実として浮かび上がってくる。


 通常の着陸
 MV22オスプレイは
  どのように着陸してくるのか
    北部訓練所などと重ねるー「8割犠牲」

 1、通常の着陸(戦術航空装置ー岩国ー普天間間などと理解)
 約10kmから飛行モードをヘリモードに切り替えて着陸してくる。C-130などの着陸態勢で有り、MV22はペラが長く飛行機のように水平着陸はできない。

 2、直線飛行(タッチ・アンド・ゴーなど訓練対象と理解)
 ヘリモードで5kmから旋回し着陸、浦添市役所上空が一般的だが、琉球大学上空もあり得、ヘリのように小回りの利かない旋回で影響範囲が広くなってくることが見えてくる。
 事故は飛行モードからヘリモードへ操縦に墜落起こしていることは、モロッコおよびフロリダ事故が示している。
 普天間への着陸を北部訓練所と重ねる(N4)と、東村の中心川田(役場が目安)、宮城集落上空から狭いN4着陸帯に着陸する。北東の風60%、冬北の風を推測すると着陸の80%がこのルートになる。風上の安波・N1方向から着陸することは「空飛ぶ棺桶」といえどもパイロットも自分の命に係わる。それに、上空で発生する高江台地独特の気流も無視できない。MV22は機が発生させる気流、追い風に弱いのである。MV22の事故はの多くは着陸時に起こっている。

 伊集村長の「2割犠牲ー高江)は、東村8割が騒音、恐怖と墜落の危機にさらされる。
 (北部訓練所の地図は、「宝の海」(10日)
2012090901_01_1.jpg
 資料
 赤旗11日
オスプレイ 市街上空で「転換モード」
墜落事故多発の危険な操作
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-09-09/2012090901_01_1.html
 (次回はMV22の構造的欠陥と照葉樹林の危機)

QABニュース
高江ヘリパッド裁判 「表現の自由」めぐる控訴審始まる
http://www.qab.co.jp/news/2012091137923.html

2012年9月11日 17時38分
森本防衛大臣 フロリダの事故も人為的と説明
http://www.qab.co.jp/news/2012091137921.html
プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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