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連休明け火曜日は高江、週末金は普天間野嵩ゲート


 秋から冬の闘いへ
  森本「最後のまとめ」=最後通告Xデー向けて


森本ペンタゴン「代官」は、「最後のまとめをして遅くない時期」に来沖と言った。「宝の海」13日(QABニュース)を参照。オスプレイ配備、高江ヘリパット、辺野古を一気に「まとめて」強行してくると思われる。前原、北沢がアメリカで「辺野古」暗躍し、パネッタ国防長官17日来日、自民党総裁選挙でも「辺野古」が頻繁に口にされている。防衛省は辺野古アセス有識者会議加速させ、年内の補足、広告縦覧・埋立申請を目論んでいる。
 政局も波乱の状況ですが、民・自・公の翼賛体制で強行と見るべきであろう。これらの勢力は安保を全面に出してきます。安保破棄を鮮明にすること、オスプレイは全国で安保がわかりやすくなっています。尖閣列島問題は紛争の平和的解決で、外交の成熟度が試される。
 パネッタ国防長官はどんな動きを日本、中国でするのかも註目だ。

沖縄タイムス
辺野古アセス補正完了「年内」 防衛省が目標
政治 2012年9月15日 09時30分
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-09-15_38985

shinpo2012sept16-3uozumismall.jpg
連休明けの火曜日は高江に結集
  週末は金は普天間野嵩ゲートに結集

 民衆の行動、
市民県民団体の創造的闘いを

普天間の原点は閉鎖・撤去全面返還です。辺野古はじめ国内どこでも移転はノーです。SACO、日米合意を破綻もしくは追い込んでいるのは沖縄民衆のねばり強い闘いです。現場でのヘリ基地反対協、高江の住民の会を軸として、「基地の県内移設に反対する共闘会議、多くの加盟団体、そして自然保護団体、市民団体の協力・共同の日常の実践が、オール沖縄の源泉となっています。
9・9県民大会は県議会・41自治体含め、県民会議に入っていない諸団体を包含しました。
辺野古のテント村座込みは、現在は学習と交流の場、高江は実践的行動の場として重要です。特に、高江は防衛局・大米建設と対峙し、県内外の結集が決定的に重要です。
普天間の行動含めて、多面的場での結合した民衆の行動が大事になってきました。

私は療養の身で、結集できていませんが、毎週「宅急便」を送って参加としています。
普天間の多面的行動
  金曜集会を県民の参加で

 野嵩ゲートで金曜日普天間爆音訴訟団の呼びかけで午後6時から集会を始めました。9・9県民大会の意思を日常的に発展させるために、組織的にも、個人的にもみんなが集える場にしてゆきましょう。沖縄版「脱原発金曜集会」で、全国に広まった脱原発とオスプレイノーを結合させようではありませんか。
 普天間の行動の中から、オスプレイ阻止の具体的行動生まれます。
 「三人よれば文殊の知恵」

IMG_1904_1.jpg
(親子で、お年寄りも、仕事帰り、みんなが参加できる普天間行動を、「爆音訴訟」メールより)
ハンスト含めた
 「軍」と政府を恐れない

 報道によれば、知事や県議会(9・9実行委員会)が、訪米直接行動が流れています。その際、復帰闘争などで行ったハンストを普天間基地ゲートで行う。その集約として普天間包囲行動などあらゆる運動を創造しようではないか。そのために「基地の県内移設に反対する県民会議」の果たす役割は重要です。
森本の「最後のまとめ」を普天間全面返還、オスプレイ配備止めたの「まとめ」させよう。
火曜日は高江に結集を台風の後始末も・・・
 高江宅急便は「イノシシ鍋」を送ります。

~0909kenmins254
  (9・9県民大会、高江訴える人々)

NY紙が「オスプレイ、沖縄以外に」
沖縄BDメールから転載ー新報にも掲載
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp1-20120915-1017365.html
必読資料所報含めて
 赤旗(16日)台風で沖縄届きません
オスプレイ配備強行の構えだが
運用めぐる協議難航
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-09-16/2012091602_04_1.html
ニューヨークタイムス
 和訳できる方
Editorial
Ospreys in OkinawaPublished: September 14, 2012
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Tens of thousands of people rallied on Sunday in Okinawa to protest
plans to deploy the MV-22 Osprey, the trouble-plagued tilt-rotor
aircraft, at the United States Marine Corps base in the city of Ginowan.
The Marines want to bring in 24 Ospreys to replace a fleet of
Vietnam-era helicopters, but Okinawans, turning out in one of the
largest anti-American protests in years, are bristling.

Connect With Us on Twitter
For Op-Ed, follow @nytopinion and to hear from the editorial page
editor, Andrew Rosenthal, follow @andyrNYT.
.The Osprey has a terrible reputation as a prime example of a hugely
expensive, dubiously useful weapons systems. Okinawans don’t care about
the misspent money. They worry that the plane is prone to crashing. To
many residents, who have borne the heavy burden of the American military
presence in Japan, deploying the Osprey on the island is rubbing salt
into an old wound.

The first dozen Ospreys to reach Japan have been grounded while the
Japanese government reviews the plane’s safety record. Marine officials
insist that the Osprey’s notorious defects have been worked out and that
it is safe and reliable. But, in April, an Osprey crashed in Morocco,
killing two Marines. Another crashed in Florida in June. Though
officials blame pilot error for the accidents, that has hardly eased
local fears in densely crowded Okinawa, which has seen hundreds of
crashes and emergency landings of military jets and helicopters since
the 1950s, several of them fatal.

The anger on Sunday was not just about two dozen planes. It reflects
frustration over islanders’ long-stymied efforts to get the Marines
entirely out of Okinawa. Japan and the United States struck a deal in
2006 to close Futenma, move several thousand Marines off the island and
shift others to a new base on Okinawa’s less-populated northeast coast.
But many Okinawans saw this agreement as inadequate, and it went
nowhere. A deal reached in April to move 9,000 Marines has also been
stalled.
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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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