スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

22日第2信ー新聞・論壇ーわが思考衰えず?


春分の日
 毛布をかぶる夜になりました。
 朝、父母の仏前にお菓子を添えて祈りました。
沖縄タイムスに投稿した原稿が掲載されました。「宝の海」で連載してきたメモ「高江調査」をまとめたものです。タイトルは「オスプレイ、劣化する森、ヘリパット反対の声を」になっていますが、原稿のタイトルのまま、下記に添付します。

無題8

 高江オスプレイ着陸帯N4
   「茹でられる森」の警告

知事・東村長はオスプレイ「配備に反対、着陸帯賛成」で、米軍の強行配備が行われた時「海兵隊の責任でどうぞ」というのに等しい。ヤンバルの森の自然は熱帯と照葉樹林が織りなし生物多様性に満ち溢れ、それぞれの種が助け合って密林をなしています。高江着陸帯建設地は広大な台地に森のシンボル椎の樹など中心に山竹と共生し、激しい太陽から身を守るために葉は油で包まれ、高江などの台地では低木になり照葉樹と竹の葉の堆積で乾燥を防ぐスポンジ効果で生態系を守り、ダム群の水の供給源をも高めています。
 高江におけるオスプレイ訓練は「年1260回」、着陸帯群を結合して太平洋上でゴムボート・兵士を投下して宇嘉川から上陸作戦、低空訓練(15~60m)を未熟な操縦士が難しい飛行モード、ヘリモードを切り替え、切り替え渓谷訓練をタチ・アンド・ゴーと連動して行う。オスプレイの重量およびスピードから訓練旋回域はヘリに比べて広大になります。
東村の風は北東の風が60以上%であることともに、太平洋の断崖と伊湯岳に吹き上げる風(オスプレイは追い風に弱点)などの複雑な地形と気流、環境デビューの着陸からすれば、南に位置する東村役場を目印としてN4着陸帯へ着陸することになります。東村長の云う「2割の犠牲(高江)」ではなく、東村全域なのです。
 オスプレイ離発着は強烈な風圧と200度以上の熱風を伴います。低空訓練及び着陸帯での訓練は「森を茹でる」ことになります。生物学などの学は必要ありません。庭の観葉木に熱湯をかけてみればいいことで、森の劣化が目の前に見える現実と言えます。
 照葉樹林に囲まれた狭い着陸帯N4の周りはマカヤ、ススキ、ワラビ、竹、それに松の落ち葉、いずれも点火しやすい植生になっています。熱せられた椎の樹の森は爆発音連鎖を繰り返し、風を呼び消し止められません。生物多様性の北部訓練所は世界自然遺産候補
であるとともに、豊かな森は沖縄経済の持続的発展の保証で、森を失うことは持続的産業経済の衰退をもたらします。水は地球的規模で経済戦略の重要な資源で、オスプレイ訓練地は「命の水」のダム群と重なります。オスプレイは墜落の危険のみならず、「森を茹でる」事実、知事・東村長の着陸帯容認は、海兵隊とともに共同正犯であると、「命ある森」は警告を発しています。高江着陸帯建設ノーを県民の声へ。

 名護市大北3-8-20
  (年金者69歳)
論壇・新聞記事と
 私の思考衰えず

 辺野古の闘い、現場から少なくない提起を「声」「論壇」で行って来た。脳梗塞で公的新聞に投稿する自信を喪失、体に起こる異常も加えて「宝の海」に限定してきた。
 「宝の海」は沖縄外交権を強調し、なお、今日の第一信は「そもそもオートローテイション」について書きました。
 琉球新報社説は「自動車の衝突事故なら、この速度は激突だ」と書く。
 オスプレイのオートローテイションは動画映像ない。ヘリ同様に着陸態勢でエンジン停止して実験をすれば、論争に決着つく問題と書く、新報社説は翁長雄志市長の「自動回転飛行実機訓練でするなら森本防衛相とともに搭乗する」を引用している。ペンタゴン「代官」森本、元自衛隊パイロット「命掛ける」勇気あるまい。石原都知事同様、意地もないのだ。
その前にパイロットが飛行拒否する。
  (10時26分ー続き更新あり)

共同正犯と
 沖縄の外交権について
 なぜ、森本が飛行訓練はやめたか、昨日のQAB街頭インタビューに「知事が参加しなかったこと」と述べていたが、県民共通の認識であろう、同時に知事の「アジアの安全保障で重要」発言、アメリカ行動意欲減退(?)など作用していると、私は指摘した。何よりも「配備反対、着陸帯建設容認」であろう。
 琉球新報「佐藤優ーウチナー評論」は、いろいろ問題があるが「沖縄の敵は、まず、仲井眞弘多知事と佐喜眞淳市長から『オスプレイ反対だが、安全に関する責任は国が全面的に負ってくれ』という原質」を引き出すこと、「苦渋の選択」あり得ないから「遺憾」の言葉など引き出すことで責任放棄することだ。知事は沖縄の最高責任者として、いわば,「統治権者」として断固とした拒否、『通告』の場を与えないことだ。佐藤は「沖縄はすでに外交権復活している」とも書いている。アメリカと「直接外交」に議員含めて行使すべきだ。
 オスプレイ配備問題を台所と結合し、沖縄の持続的経済の問題を提起したのは、おそらく、私が初めてであろう。
 琉球新報には「戦中生まれ・団塊世代へーオスプレイ配備で逝けますか」を送っています。復帰闘争世代が先頭に立つ意味について問うて見ました。

琉球新報 社説
試験飛行を強行 落ちない保証にはならぬ2012年9月22日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-197159-storytopic-11.html
スポンサーサイト

森本来沖拒否ーまず県民的規模で普天間基地ゲート座り込み


 昨日、第2信で動画ニュースで県民の動き紹介。
  森本ペンタゴン「代官」来沖
   オスプレイ配備通告に
     知事・首長は会談拒否を


 われわれ沖縄の歴史から
   森本来沖拒否はできる

 1960年6月19日アイゼンハワー米大統領来沖、完全武装と銃剣警護のなか民政府・琉球政府(現沖縄県庁)に入る。沖縄県民は県庁包囲して大統領脱出不能に追い込んだ。この日、わたし高校2年、国頭村からバスで4時間かけて参加。「祖国復帰を願う高校生の会」の「アイゼンハワーを・・われわれの叫びの中に迎えよう!」のビラに誘われた。完全武装の銃剣にも恐れない行動であった。

 伊江島「陳情規定」(非暴力主義)は「軍を恐れず・・法規にとらわれず」と団結したときの行動を示す。

 今は、「森本を県庁にいれるな!」だ。

 今度は県庁に入れない力示す時だ。日米政府に「民族の屈辱」の力行使する。

 1965年8月18日、佐藤栄作総理来沖、宿泊地東急ホテル(現琉球新報社横)の軍用道路1号線(現国道58号ー新都心)を数万の県民が6時間占拠、首相は基地内の迎賓館に逃げた。
 「民衆が信じ合い、力を確かめ、決意を新たに」(復帰闘争碑文)

 普天間基地での「9・9」の力
  復帰闘争に学び、具体的行動を構築しよう。
 まずは、ゲート座り込みを提起する。
 下記「宝の海」に復帰前の闘い記録
http://teruo024.blog47.fc2.com/blog-date-20120312.html
ゲート前座り込み
 県民的規模で構築しよう

2ecc1bcd4fba71b25925b7c0a69d4873.jpg

 
(チョイさん沖縄日記よりー21日普天間大山ゲート?)

 そもそも「オートローテーション」-なんだバー
  飛行機は滑空
    ヘリはオートローテーション

 エンジン停止か、出力低下、ペラ回転不能になったときの着陸を指す。
飛行機(例C-130)は片方のペラが故障でもグライダーのように滑空着陸である。
 ヘリはペラ停止状態で、速度ゼロで着陸する。普天間やその他の基地で訓練されている。
無題2
 (琉球新報21日一面)

 国防省と防衛省
 「シミューレーターによる訓練で着陸時の速度時速「130km」
 レックス・リボロ氏
  「ヘリは時速0km」「速度が速ければ助かる可能性は低くなる」
 この論争に決着つける方法
   ヘリのようにオートローテーションの映像公開

 宜野湾高校在職、社会科の準備室の東、普天間基地、ヘリ上昇してホバリング、エンジン停止、下降し、森で見えなくなるとものすごいエンジン音、幾度も見ている。時速0km。リボロ氏が正しい。オスプレイをエンジン停止させて、動画映像公開すれば決着がつく問題だ。

事実がないから、国防省、防衛省示せるはずがない。

無題3
 (琉球新報2面)
 防衛省説明と
  リボロ氏見解

 防衛省「飛行マニアルで滑空またはオートローテーションの2通り」

 リボロ氏「非常に危険なため実機訓練禁止されている」

  滑空とは飛行機で時速130km着陸寸前に90度のヘリにする事不可能、自動車でいえばブレーキとサイドブレーキ同時に操作するのと同じ、ハンドル制御不能になり、激突。
 リボロ氏と防衛省説明の機体状況の違いは、着陸前、オスプレイが水平飛行前に重心と揚力が不安定(防衛省)になっていることが制御不能に陥っていること、自己証明している。

 中部(ハンセン・シュワブ)、北部訓練所(高江)の狭い着陸帯などでは、どうなる。

無題4
  (琉球新報2面)



プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。