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10・10第2信ー野田・仲井真会談ー沖縄2紙を読む


沖縄2紙で
 タイトル・評価なぜ違う
新報
無題sinnpou
タイムス
無題タイムス
メモ的記録
 政府のシナリオに乗る仲井真知事
  記者会見をうまく利用する政府ーそこに本音が
 仲井真知事の「直訴」、8日上京のふざけたインタビュー、野田会談後のインタビューは政府に利用され、「本土訓練」を引か出され、実質容認、「撤回」ではなく見直し、「見直し」の歴史と闘って来たものには見えてくる。
 新報3面では閣僚会議は「防衛省主導」で、閣僚と知事・市長のみの『懇談会』設置、過去の代替施設協議会を「密室」会議に変更したようなものだ。
 「懇談会」設置は「辺野古」強行をいかに行政手続きにするかの謀略・陰謀機関とみる。
 友人の金城健一君が沖縄タイムス論壇に「辺野古シフト内閣」と書いている。
 
 分析はネット公開後―この間ハルサー(畑)
  (9:20、第1信は変えました。アクセスしたみなさんごめんなさい)
 追記あり


琉球新報社説
知事・首相会談 意図的な印象操作はやめよ2012年10月10日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-197878-storytopic-11.html

沖縄タイムス
オスプレイ反対 25日に読谷大会
社会 2012年10月10日 10時00分
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-10-10_40037
 11;55
 カミさん高江支援、これから昼食作る
 いくつか、メモあり、夜にテレビニュース
新聞を読む
 オスプレイ配備
  比屋根照夫氏に聞く

 琉球新報が比屋根照夫氏(琉球大学名誉教授)「『復帰責任』への萌芽―新しい思想潮流」(上9日)「反対かき消す『尖閣』沖縄から異議を伝えよ」(下10日)を掲載した。
 比屋根(上結語)
「命の問題にきわめて鈍感(日本政府)、国益や日米同盟を重視している。現代政治家の想像力の貧困、醜悪の体質がある。長期にわたる沖縄への犠牲の強要は国家による政治暴力以外の何物でもない。」
 比屋根氏はオスプレイ配備と封鎖などに触れていて「新しい思想潮流」は「そこに非暴力・市民的抵抗・自己決定権、そして人間尊厳の追及という主張があった。沖縄の長い被抑圧の体験から発条される人間の魂の輝きが緊迫した広場に差していた。これは復帰後、見られなかった光景ではなかったか」と述べる。

 私は辺野古闘争(04年4月)で非暴力を柱に、日々の持続行動、人間的・市民的勇気の発露(岩波裁判含む)が歴史を切り開くと、高江含めて非暴力と積極的非暴力が歴史を動かすと、そして「民衆が信じ合う」(復帰闘争碑文)を戒めとしてきた。この蓄積が今日の沖縄・脱原発のなかに生き、それは沖縄の歴史の基本思想の継承に基つく、現場実践者としてはそのように認識する。確かに、闘いの形態は「自分の顔」を隠さず(自己決定)、組織性を超えた人間の意思による結合性は新しい世界を形成し始めている。と、思う。
 比屋根(下結語)
 「歴史研究者の仕事は過去と現在をつなぎ、あるべき未来を志向することにある。その際、歴史研究者はどのような政治暴力・不条理に対して人々とともに立ち向かうことができるか、それが歴史家の歴史家たるゆえんである。・・歴史研究者はどのように後世に伝えることができるか。わたし自身もそれを深く内省したい」に共感する。が。

 比屋根氏には、尖閣問題が「戦後日本の多くのアジア連帯主義の研究は尖閣問題の1点で水泡にして瓦解しかねない」「今や尖閣ナショナリズムの奔流はその貴重な遺産さえも粉砕しかね勢い」への危機、「沖縄のオスプレイ配備阻止はアジアの平和秩序構築につながる」思いがある。

 思うに、歴史を綴ることは歴史家だけでなく、民衆の総ての責務であろう。私は辺野古の闘いの初期から、メモを取り、闘いの責任者として「宝の海」を毎日発信、常に過去・現在、明日の考察を務めとしてきた。視点は民衆である。歴史を上部構造からみるのではなく、民衆の日々のなかに見る。昨日も明日も「脱亜論」を民衆の生活から見た。アジアの未来を「憲法と東南アジア友好条約」の結合にこそ、日本の未来はあるとした。
 やはり、歴史研究者のみならず学者・研究者、ジャーナリストは民衆と歩むこと「内省」し、ともに実践することだ。共感。
  (明日は「アジア食文化」)

 (15:35記)

 後・テレビニュース
野田・仲井眞会談
 どう見るかー赤旗の指摘がいい

2012年10月10日(水)
欠陥機オスプレイ 分散移転で解決しない
配備撤回 全国連帯こそ
仲井真知事・首相面談 
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-10-10/2012101002_02_1.html
 (19:07転載)
動画ニユースから見える
  仲井真知事の二つの顔
「全国移転」は普天間「容認」

QAB
2012年10月9日 18時34分
仲井真知事 野田総理にオスプレイ配備撤回を要請
http://www.qab.co.jp/news/2012100938478.html
 高江着陸帯
 ヘリパット容認の「罪」
 オスプレイ訓練わかっていながら
QAB 
2012年10月10日 11時44分
県議会オスプレイ問題 高江ヘリパッド使用考えられる
http://www.qab.co.jp/news/2012101038494.html
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尖閣列島にもイワヒバは?ー庭のイワヒバと尖閣列島

沖縄「10・10」空襲(昭和19年10月10日

 早い秋
  今年はより秋を感じる

 台風21号も気になる。

 台風21号、北緯19度付近、西から北北西へ少し進路変えた。太平洋高気圧が中国にある高気圧押し出すとまた、沖縄?偏西風に乗って、沖縄東方海上への可能性など、気象庁も進路示せない段階。
 オスプレイ昨日飛ばず。おそらく、まだ、台風の影響ないのに北東の風強し、が影響いているか。今日飛ぶか?台風接近したらどこに避難するか?も、興味あり。

 気象情報を見ていると紅葉の便り伝わってくる。沖縄の森には紅葉はない(ハゼの樹など1月に紅葉するが)、南国沖縄にも四季がある。「冬は沖縄や小笠原をのぞく地域では木枯らしとともに始まり・・花見やお月見、紅葉狩り、雪景色と、自然を楽しむことの出来る日本です」(山川出版「現代社会」01年使用」に、多様な日本の四季があると、日本列島の多様性で批判した。

1966年、新米教師として宮古高校赴任、宮古島の郷土歴史家、文学者との交流があり、いくつかの同人誌とかかわりを持った。その頃、篠原鵬作(1936年<昭和11年30歳で没、宮古中学英語教師、鹿児島>の季語なき俳句論が話題になった。(1972年「しんしんと・・」の句碑立つ。同句は佐多岬にも建つ)

しんしんと肺碧きまで海のたび

幾日いくかはも靑うなばらの圓心に
   (篠原鵬作「海の旅」より)
 私が赴任したころまで、宮古丸で船の旅、翌年から空の旅になる。
  
 私が教科書の四季に疑問持ったころ、北海道の美しき女性を書く、渡辺淳一は北海道の俳人に「あなたがたは今の日本の規定の季語にどうして従うのか」(国文学1984年6月)に接する。

 秋から冬
  イワヒバの管理が大変なのだ
 私は、イワヒバが好きなのです。過酷な岩に生える。夏の太陽、冬に向う乾燥に枯れたようにしぼみ、蘇る。友人からいただいた株、庭で繁殖させる。伊是名島の岩肌に生えるイワヒバは沖縄県指定の天然記念物、沖縄本島では野生のイワヒバは限られている。峻厳で危険な岩に群生するが、なかなか確認できないであろう。わたしが知りえるのは一か所。
 乾燥に強いと言っても水を好むシダ植物、秋風、木枯らしの冬の管理怠ってはならない。
DSC04130.jpg
 (裏庭で繁殖、闘いが激しく、入院などでダメになった株もある)
  
生活の切り替え‐石と語るDSC04125.jpg
(海岸に打ち寄せられたサンゴの塊によく育つ)
 盆栽にしてみました。
 DSC04123.jpg

 サンゴの石に
 水を与えるとイワヒバとコケがDSC04122.jpg

 胞子が石を包んで
DSC04121.jpg
 秋から冬、さらに、沖縄は激動する。

尖閣問題などー東南アジア友好条約に学べ
 「尖閣列島を中・台・琉の友好のシンボルへ」

 ヒリッピンルソン和平、一方、ネットでは韓国のミサイル800km射程など東アジアは日本・中国・朝鮮半島と物理的、武力的「威嚇」「行使」など外交無能をされらしている。
 私は辺野古の闘いを「平和の文化」「憲法と東南アジア友好条約」を結合し、ASEANとラテンアメリカ、太平洋非核地帯から「学べ」と警鐘、沖縄は「万国津梁」の眼で見よ、と指針を書き続けてきた。「尖閣列島を台・中・琉の友好のシンボル」へと提唱する。
 東アジアの政府と国民(平和NGO)は平和の文化の普及を怠った。今、国連は「平和の権利」条約へ進んでいる。

 タイムス異論抗論(9日)
  「尖閣列島どう見るか」
   学者たちの理性と平和・友好を東アジア世界へ
 タイムス3面『異論抗論』「尖閣列島問題どう見る」は、新崎盛暉「『沖縄の生活圏』主張を」(沖縄大学名誉教授)、星野英一「反日一色ではない中国」(琉大教授)である。
 私はタイトル見て、結語読んで、論理の展開を読む。

 新崎「沖縄県内の市議会や県議会の決議分でも安易に「固有の領土」という言葉が使われています。最低限、「沖縄の生活圏」を安全に保持してもらわないと困る、といった呼びかけをすべきでしょう。

 星野「沖縄、石垣の利益を中心に据えて考えれば、軍事緊張を高める方向がよくないこと明らかです。反日一色でない中国が沖縄のすぐそばにあるのです。日本社会の空気や風に押されて判断し発言するのではなく、自分の頭で考え、それを口にできる人材育てる教育の力も問われている。

 両者の提言、新崎は自己決定権「県や石垣市が主体的に、独自の発言をすれば中国に影響与えるかもしれない』、星野「武力行使が選択肢にないことを合意できればいい。例えばアホウドリ保護区にして人為的な開発対象から外す手もあります」
 日本共産党「・・・・・・・・・・」が出されて、日本の知識人が「理性的」対応生命、中国の知識人が同様の声明を出した。(既報)

外交交渉による尖閣諸島問題の解決を
2012年9月20日 日本共産党幹部会委員長 志位 和夫
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-09-21/2012092103_01_1.html
 私は尖閣列島を「台・中・沖の平和友好のシンボルへ」とブログで提起している。漁師が互いに魚を獲り、海底資源があれば3者で共同開発、「東京の漁船・資本」は拒否する。
 東京が入ってくるとおかしくなる。
プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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