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16日第2信ーオスプレイ配備2週間


オスプレイ配備2週間
タイムス16日
taimusu.jpg
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-10-16_40233

琉球新報16日
sinnpou0.jpg
 追加あり
オスプレイ沖縄配備
密集地旋回繰り返す オスプレイ、合意ほご常態化2012年10月16日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-198095-storytopic-252.html

オスプレイ配備撤回へ決意 与那原町民300人
社会 2012年10月16日 10時54分
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-10-16_40256
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監視団学習会ー民衆が勝つには「学びだ」


 04年と重なる政治と台風
 今日は、高江宅急便の日ですが、台風21号のため中止、台風21号は迷走(歩)で読めません。少し勢力は弱くなりましたが、カジバーバー(やや強い風)は強くなり、デークニ(大根)の若芽が数本折れました。

 気象庁の予測進路も那覇と宮古の間に向っているようですが、秋台風は22号のように北東に曲がる。どこで北東に進路変更するかによって、沖縄島への影響の強さがわかる。今週は21号に翻弄されるか。

(22:30気象庁発表で北東にー沖縄と大東の間に進路変わり、18まで影響あり,力弱まるが長い時間だ)

スーパーの客も多く、17号停電の反省か買いだめ目立つ。

 04年10月、海の闘いキャンプシュワブ提供水域(基地)では陸上におけるテント村座り込みと積極的非暴力の待っただ中であった。10月18日、台風23号が押し寄せていた。沖縄を襲った台風13個、日本4島襲ったのは10個であったと記憶している。

 今の沖縄民衆の状況は、当時よりも大きく進んでいるが、
 台風接近の中、昨日も普天間でオスプレイ飛んだ。
 冬には評価書補正の広告縦覧、埋め立て申請が出されます。日本を揺るがす攻防戦が展開されます。

沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団(監視団)
  その歴史と過去の実績に学ぶ


 埋め立て申請と闘うために
  アセス監視団学習会へ参加しよう

その1 監視団主催の公開学習会
10月25日 午後7時~ 教育福祉会館2喈


内容 防衛省が進めている、辺野古アセスに関する「有識者検討会」の報告は何を書いているか、そして何が問題なのか を報告を聞くとともに、提出予定の評価書の補正書をどう撤回させていくかを考える集会にしたい
基礎資料は
 こちら
http://okinawabd.ti-da.net/

その2、監視団結成と果たして来た役割
 名護市民投票後、稲嶺恵一知事の「軍民共用空港」を、岸本名護市長、名護市議会が認めたのが1999年12月。
 その頃、私の記録、『高校生活指導』(2000年秋季号)、日本平和大会国際会議(日本平和委員会HP,英文掲載)を観ると、「地球の生けとし生きるものが名護市民となる」「学際的闘いになる(する)」と、平和の文化と生物多様性が結合するといくどか触れ、2000年日本平和委員会は「ジュゴンキャラバン」を全国に展開する。また、2000年8月20日、名護サミットの中、嘉手納人間の鎖(19日)、「ファミリーピースウオーク」でサミット会場まで「デモ」を戒厳令体制の中、実施している。

 2002年には、アメリカの法律団体アースジャステックおよびNGO生物多様性(アメリカ400環境団体)とアメリカ国家環境法での提訴交流、最終的にはアメリカ文化財法での提訴となる。私は、ジュゴン保護基金の理事として、また、ヘリ基地反対協代表委員としてかかわり、原告として運動団体は配慮の観点から引く。
 このジュゴン訴訟が、米軍再編の中で、多大な成果を生み出してゆくのである。(2005年3月5日、沖縄タイムス、琉球新報社説参照)
       2008年1月24日(現地時間) 判決。原告勝訴。

 監視団の結成
 2003年3月、韓国平和の旅、梅香里でチョン・マンギュさんと出会い(平和新聞05年1月5日号、再会・対談)など韓国の歴史米軍基地との闘い学ぶ。
 ヘリ基地反対協議会運動方針に基本方針を提起する。
 1)海の闘いになる。海上闘争も辞さない。
 2)環境アセスメントにはプロゼクトチームを作り、全国的な運動を作り出す。
 3)私的には、韓国議政府米軍2少女轢殺ローソクデモから「メール革命」学び、「宝の海」の開設へ。
03年9月23日、個人加盟「沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団」結成。
03年11月19日、那覇防衛施設局、沖縄県に「公共用財産使用協議書」を提出。
03年4月19日、辺野古闘争始まる。
 (詳細については旧「宝の海」「百日闘争日記」参照)

「百日闘争日記」の一部歴史を振り返る
 辺野古の海上基地の問題は平和の文化と地球環境保全の二つが結合した21世紀的課題といえます。同地域の山は東洋のガラコバス称され、多くの希少生物が棲息し世界自然遺産の候補、海はサンゴとジュゴンの海で、生物多様性保全条約などの国際条約と深い関係があります。

 私どもヘリ基地反対協議会総会は、アメリカがイラク攻撃した3月20日前の緊迫した中で開催されました。海上基地問題は環境アセスメントの段階に入ることが確実になって来ました。日本の環境影響評価法は、先進国の戦略的アセスメントの要素はなく、事業者(防衛施設局)の事業計画を優先させ、環境省も弱く「合わせメント」と言われて、政府のやりたい放題にかかわることは、基地建設を容認することになるとする意見があることは当然です。

また、環境アセスメントは平和団体、環境団体、市民団体、学者および専門家、多くの人々が全国的、地球規模、学際的共同ができる要素を秘めています。ヘリ基地反対協議会は「海上基地を作らさない」一致点で団結している市民共闘組織で、協議体としてすべての加盟団体の意思一致を大事にします。たとえば、沖縄サミットに対する行動ではヘリ基地反対協が提起者となって実行委員会を組織して取り組むなどです。

ヘリ基地反対協議会は、環境アセスメントに向けては県内外の多くの団体、個人に呼びかけ「プロジェクトチーム」の組織つくりを決定し、模索を始めます。
 (2004年7月3日記録)

 米軍再編ーV字2本滑走路
  アセスメントを砕く監視団の役割

 「軍民共用空港」のアセスは方法書広告縦覧したものの、05年9月2日、「軍民共用空港」は沖縄非暴力闘争の中で頓挫、監視団の真価はV字2本滑走路、アセスの中で、学際的な力で発揮される。
 方法書意見書約600人
 準備書意見書約6000人
民主党「国外・国内移転」で政権。名護市長選挙「陸にも・海にも基地いらない」稲嶺市政生み出す(2010年1月24日)、仲井真知事「辺野古不可能」、アセス評価書知事意見「自然・社会環境保全不可能」と提出。
 
 ナポレオンは「私の辞書には不可能はない」、現代の権力者も同様であろう。不可能を可能にさせてはならない。
 そのためには「民衆の学び合い」が、必要だ。

 海兵隊「尖閣列島」防衛は「虚構」
  昨日は紛争の平和的解決へを提起した。


 軍事実践でも海兵隊の「尖閣列島」防衛論はあり得ない。そもそもアメリカの軍事戦略には「玉砕」の戦術はない。単純な論理である。昨日、アメリカの軍事評論家ネイヤー氏の「馬鹿げている」添付した。 
参考「赤旗」
2012年10月14日(日)
オスプレイ 尖閣解決!?
日米合意文書“島嶼部侵略は日本の責任で”
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-10-14/2012101402_03_1.html

2012年10月14日(日)
主張
オスプレイ無法飛行
県民の安全守る姿勢がない
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-10-14/2012101402_01_1.html

QABニュース
2012年10月15日 18時45分
樽床沖縄担当大臣 知事や議長らと会談
http://www.qab.co.jp/news/2012101538598.html

(明日ー辺野古の原点)
プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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