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22日第信ー県2紙主要記事タイトル


県の県2紙―主要記事
昨晩早く寝た
琉球新報
 『防犯カメラに2容疑者―現場ちかくで犯行時刻』(1面)
 「知事が米到着」
「知事法訪米「県外移設が焦点」
「繰り返される蛮行」
 「尖閣列島棚上げ論ー合意有無で対立
「1時間半差で出国阻止
社説「防衛相「事故」は発言―人権感覚欠く妄言」
タイムス
「否認米兵、容疑認める」
「知事米国に到着」
 「異論抗論<リンク論どう見る>」
「辺野古移設より困難―オスプレ・2米兵暴行が影響、県防衛相拒絶」
『米軍事件記憶再びー捜査阻んだ政治と協定、

  (うるま市から帰って添付)
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10・21県民大会(95年)前後のわが闘い



今週のお知らせ
121023syuukai.jpg
  沖縄県集会
   10月23日(火)6時
   県民広場


【10月24日の署名提出&官邸前行動に集まろう!】

<日 時> 10月24日(水)
       署名提出  午後3時40分~
       官邸前行動 午後6時~8時
<場 所> 国会記者会館前(首相官邸向かい)
         地下鉄千代田線・丸ノ内線「国会議事堂前」駅3番出口すぐ
http://www.tokyometro.jp/station/kokkai-gijidomae/map/index.html
<主 催> オスプレイの沖縄配備に反対する首都圏ネットワーク
<連絡先> 沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック TEL090-3910-4140
         沖縄意見広告運動 TEL03-6382-6537
    ピースボート TEL03-3363-7561 17年の歴史を振り返る

 学び合いは「ちから」を生む
 アセス監視団学習会
アセス
--------------------------
辺野古アセス「補正評価書」に関する防衛省「有識者研究会」の中間報告の問題性を
共有するための学習会開催

  防衛省「有識者研究会」報告書を解体する緊急学習会
        
         日時:10月25日(木)午後7時より
        場所:教育福祉会館2階ホール(那覇市古島在)
 
沖縄県は「辺野古アセス評価書」で「環境保全は不可能」と沖縄防衛局に意見書を
提出しました。これに対し、防衛大臣は本年4月27日、評価書の補正について助言を
受ける「有識者研究会」を設置し、9月25日に「中間的報告書」をまとめました。

 このこと対して、日本自然保護協会をはじめ9団体は10月2日、「普天間飛行場
代替施設建設事業に係る環境影響評価に関する有識者研究会 中間的整理 ~評価書
の補正に係る基本的方針について~」に関する意見書をまとめ発表しました。

 ところで、防衛大臣は年末、「補正評価書」を県に提出する見込みを示しています。
仮に「補正評価書」が提出されると、年明けて公告 縦覧が始まりますが、政府はその最中で、
埋立申請をする可能性もあります。

 今、「辺野古」配備が前提とされているオスプレイ配備を撤回させる運動を強めるとともに、
来るべき「埋立申請」に知事が拒否する環境づくりを強化しなければなりません。そこで、
有識者研究会の「中間報告」の経緯や内容の問題性を共有するため、緊急の学習会を
開催する事にしました。是非ともご参加を!

主催:沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団
連絡先:川満090-1946-3181
詳しい経過は
 下記から
http://okinawabd.ti-da.net/

 脱原発・オスプレイ配備撤回金曜集会(日本全国)
  大山ゲートー金曜集会 6時
  主催ー普天間爆音訴訟団


  谷・山・ジグザグから螺旋へ
  (10・21前後のわが闘いー17年)
辺野古の浜で、高校生に話をした。95年の生まれだ。17年前、環境問題は琉球新報、基地問題は沖縄タイムス論壇に書いていた。
 太田知事を諌める
  「基地たらい回し」は、古くて新しい

3事案への軍用地地主2世の意見ー基地の全面返還は県民の願い」(タイムス95年5月31日)
 「太田知事の『3事案』への「誠意をもった対応」する態度は・・具体的に移設を認める動向である。・・太田知事の浦添軍港への曖昧なる態度は、比嘉秀平主席以来、実に40年ぶりの「軍用地提供」知事の登場という危険性を内包するばかりか、公約違反にもなりかねない」
  (タイムス論壇、「3事案」とは那覇軍港など基地のタライまわし、今日の「辺野古移設」と同じ)
 8月20日沖縄タイムス社説「代理署名拒否」であり、反戦地主、一坪反戦地主と太田知事の攻防が続いていた。
 90年代初期、毎週土日、伊江島で伊江島の歴史、故阿波根昌鴻さんから非暴力と「愚直」を学び、伊江ガイドを主に行っていた。辺野古の闘いに活きる。
 反戦地主島袋善裕氏は「反戦バラ」で太田知事を諌めていた。
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  (96年5月月15日、基地不法占拠<空白の1日伊江島反戦地主故平安山静、『沖縄の太陽』2刷に阿波根昌鴻メッセージ>

伊江
(阿波根オジーは私のガイドに、必ず出てくれた)
 10・21県民大会
  「高校生かわら版」

「県民集会後、私の授業クラス(倫理)の生徒は、一人ひとりが、B5「高校生かわら版」を創り太田知事を激励した。・私たち宜野湾高校生は、少女の勇気、ご両親の勇気を心に刻み、太田知事の英断を、沖縄で学ぶ青春の誇りとします。太田知事の<地位協定見直し>に取り組む姿勢や<代理署名拒否>という県民に誠意の対応は、私たち高校生の心を揺さぶりました。」
  (太田知事激励ー拙著『沖縄を教え語り継いで』ブックレットNO2「高校生の豊かな感性に学んで」より)
 太田知事は少女と母親の勇気に救われた。
図2

  太田知事を激励
    そして、再び諌める

「被告席に置いた政府ー太田知事激励集会に参加を」(タイムス95年12月14日)
 「準備書面」を学校教育にー軍用地の強制使用裁判に思う(タイムス96年1月10日)
   日米合同委員会(SACO)結成
  「中間報告」普天間「たらい回し」
  「全国高校生平和交流沖縄大会に寄せて」(タイムス96年8月5日)
  9月8日「地位協定見直し」県民投票。
  9月8日「横田爆音訴訟・沖縄」でアメリカ行動。
「日米平和友好条約草案」英訳、(千葉高校生平和ゼミ)
  米上院議員スタッフ
    コー女史と(太田知事調整費ー振興策)について
  名護市民投票へ
 
「大西:沖縄は27年間米軍のもとにあり、そのために、経済発展が本土より遅れた。したがって、沖縄が日本の政府に対して経済的援助を求めるのは当然だと思う。しかし、
基地問題と米軍基地の問題は別だ。
コー:沖縄県民に対する買収ではないかという意見もあるが、どう思うか。
  (国際法律家協会報告書96年12月号、この会話は9月13日、同協会機関誌より)
 太田知事、嘉手納や中城案など拒否貫くが、SACO最終報告に向けて「県と国<蜜月関係>(琉球新報12月3日)、沖縄タイムス「国と県<甘い関係>(ニュース透視鏡)とSACO最終報告で辺野古移設に口をつぐむ。
 緊急に書く必要を感じた。
 「日米行動委員会報告を考えるー海兵隊撤退求め平和経済へ」(沖縄タイムス96年14月4日執筆11月24日)

 「普天間の海上移設は日本の<死の商人>合体明確になり、県内の「基地寄生」的経済人も蠢き始めた。アメリカ議会筋の「買収された沖縄」認識は屈辱的であったが、政府と太田知事の動きを見ていると正しい」
  (タイムス論壇)
 太田知事を諌める論陣を張る。教育庁に幾度呼び出しされたか(拒否・校長室へ教育庁学校課長含め)、よく、理詰めで耐えた。太田知事は実質的に海上基地認めた。
SACO
  (SACO最終報告、講演プレゼンテイション、作成、真喜志好一、05年以来使用、オスプレイ明記)
 よく1月5日、日本共産党北部地区委員会、辺野古で懇談会開く、5人の参加と仲山忠克弁護士は書く、この5人の勇気が12月21日の名護市民投票へと発展する。

 私は、勤務が終わると毎日、名護に通いマイクを握った。空家になっていた名護の家は、日本平和委員会などの市民投票、名護使用選挙の宿泊所になった。
 太田知事が海上基地反対を打ち出すのが、98年1月の名護市長選挙公示前日、激しい雨が叩きつける日であった。市民投票を成功させた勢力に不興和音が走り、名護市長選挙敗北、11月知事選挙も敗北する。
 街頭演説は名護に帰っても、おそらく、わたし以上にマイク握った人いないであろう。学校終われば市民だ。選挙でも候補者個人の名前、投票依頼の演説しなければいい、悪魔の要塞基地、振興策切る。
市民投票
  (名護市民投票と市長選挙へ97年12月)
 10年間の中南部勤務終えて、名護を拠点にする。
 太田昌秀氏は、参議員となる。国会議員(いわゆる沖縄の革新で)で辺野古テント村に寄ってないのは、太田氏のみである。太田氏の専門は「民衆意識」である。
 ぜひ、太田氏は辺野古のオジー・オバーに原罪を問うべきであろうと思う。

 仲井眞知事
  「辺野古不可能」「自然・社会環境保全不可能」論の中で

 昨年末、田中沖縄防衛局長「犯す」発言、高江、評価書知事意見、オスプレイ、米兵暴行事件と、沖縄は休む暇もない闘いが続いている。
 昨年、夏と秋の手術と襲われた。
 17年前を書くのは、これから評価書補正、広告縦覧、埋め立て申請と重要で焦眉の課題が待っている。
 基地建設は、ある意味では行政手続きでもある。代理署名は知事に代わって国が行った。
 辺野古アセスが最終段階に入っている。私たちは行政手続き(アセス方法書、準備書、評価書)の各段階で「学際的」闘いを蓄積してきた。戦線は点、面と拡散せざるを得ないが、闘いは「谷あり山あり、ジグザグ」に進みながら、螺旋を描いて強大な竜巻を起こすものだ。この17年、実感する。
長い台風21号
 辺野古テント村1週間ぶりに

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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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