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沖縄は重たきこと書かねばならぬ―過去・現在・未来



沖縄は正月も重たきことを語らなければならない。

今日は新春普天間自動車デモ(30回)だが参加できず。


新年最も感動した新聞記事
 現在・平和な沖縄の未来に向けて闘う友の過去


おさない体の「集団自決」(集団死)、封印を解く
  戦争のない沖縄の未来へ先頭に立つ

 沖縄タイムスが新連載「日本人への告発状」を開始した。ぜひ、読んでほしい。4歳に集団自決に会い、そのトラウマを背負って生きてきた宮里洋子さん。
 08年頃から辺野古テント村の同志、そして、今、普天間ゲートに毎日立つ。
 独創的なゼッケンに、創意を凝らしたパホーマンス。知らなかっただけに衝撃であり、告発は感動的であった 

普天間ゲート警官のゴボーヌキ「県民同士を対立させる国家権力と、軍命により島民同士を互いに殺し合わせた帝国と重なった。67年前に向って全速力で『逆走」しながら県民を跳ね飛ばす。日本がそんな車のように見えた。
 マイクを握って声の限り叫んだ。それから戦場の悪夢を見ることは少なくなかった。「母が終生抱え続けた悔しさに、後押しされるようでした」(記事より)
 「逆走政府」の発想は現実の沖縄だ。
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続き(35面)
タイムス13~1

毎日変わる宮里洋子さんパホーマンス
 あなたはなにを学びますか。

宮里さん、闘いの現場撮りまくり、fb毎日投稿です。
 自分で自分撮れません。この写真私に送るのに丸1日費やすこだわりです。宮里さんの写真撮ってあげてねー。

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 過去・現在・未来へ
 過去を学ばざる民は滅びる。

 私は3歳、山奥の避難小屋から下山したのが、7月27・28日のようだ。下山して、私の屋敷(アサギ)に小学校(馬小屋・竹葺校舎)が建った。それが翌年、学校の用務員室から火が出て、石油の入ったドラム缶に引火爆発、「爆弾が落ちた、爆弾が落ちた」と泣き、学校も、家も天に伸びる炎、時に、夢に現れる。
 辺野古平和時、案内した折、不慮の事故で有能な医師を失ってしまった。宮里さんとは異なるが、私も睡眠薬飲む。それでも早朝出勤は、体を痛めつけ、異常な体となっている。

 ヘリ基地反対協具志堅徹幹事(名護市議)は、サイパンで集団自決を体験、母親の首筋には、傷の後鮮明に浮かんでいた。具志堅さん父母(具志堅徳慎・ヨシ)は沖縄人民党結成に参加、軍隊に囲まれて名護でメデー、米軍占領期の米軍支配への抵抗の先陣を切った。(名護市編集『語り継ぐ戦争体験1』)

 具志堅さんは演説の度に「過去を学ばざる民は滅びる」と結ぶ。
 われらの世代が、過去の重たき物を語り継ぐことは、現代を生き、未来を生きることであろう。

 安保に踏みこむ年(2)
 昨日、今年はメデイア、ジャーナリズムも「安保に踏みこむ」年と書いた。


 12月28日、facebookと「宝の海」で日本今共産党への提言」を次のように書いた。重たいが・・。

日本共産党への提言
 沖縄では赤旗は夕刊です。3面辺野古特集読みました。
 1月27・28日「沖縄官邸直訴」に、貴党が「諸悪の根源安保」を全面に据えて、全国の街や村で顔出して行動することを提起します。安保の矛盾を日本のすべてで認識できる諸要求を掲げて、選挙並みに、安倍タカ派内閣を鮮明にさせるチャンスであり、都議選・参議院選挙を貴党の「綱領」で戦い抜く全国的決意の表明にもなるのではないか。
 (facebook28日、同ブログ)

 志位和夫共産党委員長の記者会見
  諸悪の根源ー安保・日米同盟への言及なし

 記者会見の動画を観た。安保・日米同盟への言及なかった。総選挙終盤から気になっていたことだ。県外講演などで「安保・沖縄は票にならない」「安保は受けない」など聞かされてきたが、やっぱりか、と。思った。

 それでも、日本全国で「沖縄直訴」に立ち上がる人々がいると期待を込めている。東京で「沖縄直訴」に付き合うことは簡単だ。
 現在の情勢は日本近現代で前代未聞のオール沖縄の「直訴」を日本列島でface(顔)を出して安保に関連するスローガンで街に出ることを積み重ねることが、憲法擁護の闘いの土台となると確信する。
 facebookの共産党議員の年頭の街頭演説を見ていると、出来る力を持った「草の根」の組織だ。

 志位委員長の記者会見(動画)
http://www.youtube.com/watch?v=AB5lP_GMy8A&sns=fb
 私の提言(2
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沖縄の闘いは日常の「愚直」と「不屈」
   やるべき時はみんな立ち上がる

 宮里さんの日常見た。年末最も尊敬する人として、高江の佐久間務さんをあげた。沖縄非暴力は厳しい現実の中でも、笑顔を絶やさず、自分の顔を晒して闘うことだ。
 辺野古で、高江で毎日街頭に出る。この持続する意思こそ力だ。
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正月は初日の出撮れ
 二日は夕日
  恋人たちの夕日
  ナングシク(名護城公園)
3夕日
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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