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杉田玄白「社中」と教育、そして、アセス。



しばらく、更新ストップしていました。今回の副作用は少し強く理性の力で勝てませんで、入院となりました。何とか平和新聞コラム「宝の海」の原稿送ることが出来ました。主治医や看護士のみなさんとも親しくなりました。

 病院の本立てにポプラ社の文学全集があって、菊池寛、木下順二など読みました。菊池の「蘭学事始」は学級文集に「学問の花開くとき」と、学びとは「社中」を造ることで、未知の世界を解明することが出来る、『高校生よ社中たれ」と書いた覚えがある。私の学級経営は教室に「社中」を造ること、「みんなで100点取ろう」「進学するならみんなの力合わせて合格しよう」でした。

 当時は単位取得や処罰厳しい時代でした。3科目もしくは12単位評価1なら留年か退学でした。教員7年目、初めて留年生だし退学を迫られた生徒、再び担任を申し出て無事卒業させた。わたしが赴任する2年前、校内殺人事件が起き、名門校ながら乱れた学校になっていた。
 杉田玄白に出会ったのもその頃、学究の友が『学問の花開くとき』を上梓、授業論が変わった。
 「知らないということはいいことだ、知る喜びが待っている」
大阪の学校で「体罰」(暴力)で日本の教育、権力と教育が問題となっている。子どもに責任はない。ルソーは「子どもが最も優れた教師」だといった。荒れた学校に光を灯すのは子供の持つあらゆる教育力を引き出すことであろう。

平和委員会平和新聞「コラム」「宝の海通信」
  月1回、4年になりました



 月1回だから4年の連載(合併号あるので)になるか。収録すると辺野古のガイドブックになるか?
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写真は復帰40年高校生の書道展(3M×5)沖縄県庁1回ロビー、16日小野寺防衛相は書道展を見たか?
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沖縄直訴は提起する(草稿)
 2011年は、私にとって晴天の霹靂であった。母が94歳の天寿を全うして逝った。喪に服する49日まで母の記録を執った。母の逝く前にすでに医者から手術の必要告げられたいたが母は生死をさまよっていた。喪が終わると血管を手術して、やれやれと思ったら、別の場所に癌の宣告を受けて手術となる。高江は激しい闘い、防衛局は県庁に評価書投げ込みの年末・年始、オスプレの強制配備の闘いへと続く、仲間たちの必死の闘いの報道が連日新聞、テレビで流される。
 私の状況は「胃袋に食事を流し込む」自分との闘いであった。2月1日、違法アセス裁判の意見陳述の原稿、弁護士との幾度かの調整は家内の協力を得た。体を襲う様々な障害からくる憂鬱、諦観に対し理性の力をとブログ毎日日記「宝の海」、'j-peace@freeml.com'メールなどなどで沖縄情報を連日発信し、私の現場は書斎となった。メール発信は役にたっているか、たっていないか反応ないから、10月からfacebookをはじめ、毎日数回、辺野古中心に、また自分の書斎生活を投稿している。Facebookは短文ながら写真含め顔が見える。辺野古・高江・普天間の非暴力の闘いは、自分たちの素敵な顔を誇りとした闘いである。防衛局に撮られた私のフイルムは地球1周するであろうが敵はフイルムではない。週2回名護からうるま市まで自分の車で通院できるようになり、沖縄自動車道、カメラを助手席に置いて、米軍の動き、オスプレイ、辺野古の日常変化を撮りまくって公開している。
 来る27.28日(土・日)、オール沖縄が首相直訴を行う、日本の近現代史において空前絶後の政治的事件であろう。私は連日「首都圏は代々木公園と官邸へ」「日本中の街や村で安保・憲法擁護のムシロ旗を!」と提起している。安保廃勢力にとっては自分の素敵な顔を住民に出して、安保・憲法擁護を掲げて闘うチャンスを沖縄県民の闘いが与えていると。それは、また、安部超タカ派内閣と地域で闘う決意のスタートだと全国に草の根を張る平和委員会は、9条の会などと連携して先頭に立とうではないか。
 もう、辺野古の元日の陽光見ることないと思った。稲嶺進名護市長・仲間たちと美しい日の出が見れた。来年は名護市長選挙、くたばるまい。
 私は家から一番近い国道58号線に「辺野古ノー」「オスプレイ反対」の旗掲げて立つ準備を進めている。
QAB
 動かぬ基地に関連して


2013年1月23日 18時50分
検証 動かぬ基地 vol.122 辺野古アセス・補正された評価書とは

 辺野古の闘いは、ある意味ではアセスとの闘いであったといっても過言ではない。評価書補正を「切る」こと、評価書補正と埋め立ては一体で、その問題点を共有することは重要です。
 辺野古の闘いもジュゴン監視団を「社中」として、全国がその「学び」を共有した力であった。これからも同様であろう。
 拡散を希望します。
QABニュース
http://www.qab.co.jp/news/2013012340672.html
沖縄生物多様性市民ネットのブログです。
http://okinawabd.ti-da.net/
 東京でも学習会開催です。
補正評~1
 東京直訴で
 沖縄タイムスがオスプレイ全記事総まとめ
 
あなたの資料に
http://www.okinawatimes.co.jp/special/osprey_matome/

 FACEBOOKも再開しました。

http://www.facebook.com/faiza221#!/truo.oonishi
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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