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知事意見ー闘いの現在の到達度



知事意見出される
 「社会環境及び自然環境の保全を図ることは不可能」に辺野古15年の歴史で画期的である。

  知事意見はスタンスに不満も残るが行政文書として出されている。国のアセスは手続きアセスで「想定内」で進  めるであろう。
  辺野古に第二の人生を、ささげた来たものには、隔世の感がある。私がヘリ基地反対協の代表委員に就任した2000年は、知事も議会も市町村首長・議会も「オールー辺野古」で、苦しかった。
 知事評価書意見書は玉虫色的問題も内包するが、歴史の到達のの側面から見る必要があろうと同時に、アセスについての認識も歴史的に隔世の感、専門家・学者のと民衆の学び合いの広がりで、アセスに「レッド・カード」を下している。
嘉手納以南の返還も機能統合で北部集中の報道あり、タイムス報道「米政府辺野古断念」にアメリカは報復国家と規定したが、やはり。日米政府は「非理法権」国家であること鮮明になってくる。

 過酷な12年、金城裕二、当山栄、土田武信逝き、今、わたしも「定められた命」の中で闘っている。初期の闘いと現代の到達点を回想した。


 「百日闘争日記」(04年8月)「旧宝の海」『愚直』より○わが第二の人生に向かってーその始まりの日
 定年退職で自由人の生活に入りました。現職のころ、子供たちに、21世紀は平和の文化を築き地球環境保全の時代と説いてきました。
 現在、普天間代替施設の移転先辺野古の漁港前テントでボーリング調査を許さない座り込みの責任者として100日余の生活が続いています。テントの中でほぼ毎日、闘いの基本的方針を説き、防衛施設庁職員と対峙、議論、マスコミや各地に出かけ話をする機会は少なくなく、ここでは、これらの話を総合してまとめてみました。
3月23日定年退職の挨拶、その一部は琉球新報コラム「ハイサイ」(3月31)に紹介されましたが、私は生徒たちに「私の第二の人生は生きながらえことではなく太く生きること、国民の税金で38年生活し多くのことを学んできました、社会という学校で国民に還元すること、名護市に基地を移設する稲嶺知事、岸本名護市長に勝つ人生に向います、皆さんは、街角で、新聞やテレビで私に会う機会があるでしょう。私はこの木の腰掛に38年座って来ました。4月1日からは腰掛に座る必要はありませんから平和の文化を築く一筋の道を歩み続けます」であったのですが、4月19日以降、テントに座り、新聞やテレビにでる機会が増え始めました。

DSC01436.jpg
(47年、連れ添って来た腰掛、博物館入りか?)
 ヘリ基地反対協と
 沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団は「車の両輪」
 
私どもヘリ基地反対協議会総会は、アメリカがイラク攻撃した3月20日前の緊迫した中で開催されました。海上基地問題は環境アセスメントの段階に入ることが確実になって来ました。日本の環境影響評価法は、先進国の戦略的アセスメントの要素はなく、事業者(防衛施設局)の事業計画を優先させ、環境省も弱く「合わせメント」と言われて、政府のやりたい放題にかかわることは、基地建設を容認することになるとする意見があることは当然です。
また、環境アセスメントは平和団体、環境団体、市民団体、学者および専門家、多くの人々が全国的、地球規模、学際的共同ができる要素を秘めています。ヘリ基地反対協議会は「海上基地を作らさない」一致点で団結している市民共闘組織で、協議体としてすべての加盟団体の意思一致を大事にします。たとえば、沖縄サミットに対する行動ではヘリ基地反対協が提起者となって実行委員会を組織して取り組むなどです。
  (百日闘争日記)
琉球新報
無題031
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-187713-storytopic-3.html

 沖縄タイムス
       無題033
 琉球新報
無題034


 主要記事はのち更新・追加
琉球新報社説
http://ryukyushimpo.jp/news/storytopic-11.html
 沖縄タイムス社説
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-02-21_30108/
 沖縄タイムス(住民の声)
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-02-21_30096/
琉球新特集記事
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-187730-storytopic-9.html
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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