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沖縄の到達と「シラミの心臓内閣」



お知らせ(予定)
 2月29日(水)正午から
 高江2012年前半の闘い小さな勝利(大西勝手に命名)讃える昼食会
 高江N4テント

  
学びの共有と
 アセス知事意見

 知事意見は「社会環境及び自然環境保全は不可能」とした。2月8日沖縄タイムス文化欄に沖縄国際大学佐藤学教授は「環境アセスの手続きは法的にも科学的にも複雑である。何年にもわたるこの過程を追い、学んできた市民の厚い層が沖縄に存在し、そして、多くの市民が段階ごとに意見提出を行い」と言い、「市民による非暴力の活動があった」と評価する。辺野古現場で指揮を取ったものしても同感である。

 地球の生きとし生きるものが
  名護市民となる。

 1999年12月26日、名護市議会は辺野古に「軍民空港誘致」を決議した。当時の記録に「生きとし生きるものが名護市民になる」「学際的闘いになる」としている。日本平和大会国際会議などで「学際的」展望語るのだが、初期の頃は、あまり、理解されたとは言えない。
 下記は、昨日の「宝の海」
「環境アセスメントは平和団体、環境団体、市民団体、学者および専門家、多くの人々が全国的、地球規模、学際的共同ができる要素を秘めています。」
 ヘリ基地反対協は市民投票成功させた団体加盟の市民共闘組織、佐藤教授が指摘するように「法的、科学的複雑」問題に運動体が原則的論争することは組織的にも問題をはらんでいた。
 国際化はアメリカ環境弁護士アースジャスティク、生物多様性団体が受け止めジュゴン裁判へ発展する。
 ヘリ基地反対協が海上闘争を想定、私はジュゴン1号購入、そして、沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団(03年9月23日、個人加盟)結成し、アセスの準備体制を確立し、自然保護団体、アセス専門家などとの「学際的」協同の基礎ができた。
 日米合意の事前調査とアセス手続き(07)に対抗してヘリ基地反対協は違法アセス訴訟を提訴、高江の闘いの支援体制に入る。ともに、沖縄非暴力の現地闘争を豊かに発展させてゆく。
 
 国際政治学者佐藤教授が「学び」と「非暴力」の民衆の闘いに着眼したことは重要である。
 普天間・辺野古問題を上部構造からの論評が多い中で、民衆の視点を重視、答申、知事意見も住民の「学び」を無視できない。佐藤教授は「賞賛すべきは沖縄市民社会の到達点」「多くの市民がいることである」とする。
 知事意見を観るとき、民衆の視点を欠落して、日米政府は「非理法権」で強行するとき、日本の民主主義は死ぬ。
我々が重視した戦略は、協同である。「5本の指」の思想である。違いを大切にして一致点での協同である。
 脱原発の問題も含め、日本社会は、病理の巣、民衆が自らの力を信じて協同の輪を豊かにすることであろう。
ヘリ基地反対協の一番苦しい時代に協同代表の一人に就任して、今の到達点を、さらに、分析して、新しい峰を築くためにと思う。

嘉手納以南返還ー日米政府の嘘、県内タライ回し。20年も同じ繰り返し
 新日米合意も破綻する。
  琉球新報
返還5施設、県内統合 嘉手納より南 防衛局長明言
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-187712-storytopic-108.html

琉球新報社説
社説

基地県内統合 危うい負担の半永久化http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-187762-storytopic-11.html

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-187767-storytopic-3.html

野田政権は「シラミの心臓」内閣
 民主党内閣の閣僚たち、「沖縄の理解」と繰り返すが、稲嶺市長にあった閣僚はいない、よほど怖いようだ、こうい言うのを「ノミの心臓」と日本語で言いますが、ノミに失礼、ノミは自分の体の100倍飛びます。強い心臓があればこそ、民主党はシラミのようにぐずぐずしているから、シラミにたとえたほうが似合う。
首相も名護市長避ける? 就任後初来県
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-187767-storytopic-3.html
QAB

ニュース
 識者とアセス

http://www.qab.co.jp/news/2012022133945.html

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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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