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散歩ー大浦湾・辺野古の地質(3)


 散歩ー大浦湾・辺野古の地質(3)

 護岸と嘉陽層(その1)
 すでに、見たように大浦湾は深く、広い。辺野古岬と国頭山脈に囲まれ、比較的穏やかである。地質は嘉陽層であることは述べてきた。辺野古岬に断層となって、大川などの水系が悠久の地球史の中で断層に沿って古大川が海底に流れていて、海底に広大なデルタ(泥)を堆積させてきた。汀間川水系から見ると海底に砂を主とする扇状地となっている。
 扇状地はデルタに落ちるところにユビエダサンゴ群落が生息している。東に大きな口を外洋に開けて、北東の風(年間60%)を吸い込むので、デルタ地帯は特に夏「濁り」を特性にしている。
 辺野古岬の海底火曜層を埋め立てる基地計画になっていて、護岸構造はケーソン式と鉄鉱二重締切矢板式護岸(以下矢板式護岸)を組み合わせている。
 方法書では、ケーソン式護岸は大川河口にユビエダサンゴなど浚渫して作業ヤード作成することになっていたが、フロティング・ドッグと言う船舶で作成することになった。
 (経過などについては、3月1日「宝の海」、違法アセス陳述書を参考)

資料1埋め立てと基地機能
06.jpg
  (評価書概要より)
 資料2鉄鋼2重矢板式護岸断面図
07.jpg
  (評価書概要に落書き)


 軍港としての鉄鉱矢板式護岸
  評価書の「嘘」を観る
 
「ヘリ等が故障した場合などにおいて船舶(23、800トン)を使用した輸送を実施する必要があることから、護岸の一部(約200m)を船舶が接岸できる構造(係船機能付)として整備しますが、恒常的に兵員や物資の積み卸しを機能とするようないわゆる軍港を建設することは考えていません。」(評価書概要2-9、2-10)、なお、燃料桟橋7、587トンタンカー。

 下手な嘘1、故障ヘリ1機を運ぶのに23,800トンの船舶必要か、それとも米軍機およびオスプレイは繁 に 故障しているのか。
 下手な嘘2、嘉手納・普天間にこのような故障機を運ぶの、見たことありません。

 悪魔の要塞基地
  海兵隊が海兵隊であるためには?

 05年10月29日、米軍再編成合意「日米同盟の変革と未来」で辺野古地先埋め立て計画、その前、19月19日、私と真喜志好一は、照屋・赤嶺議員を介して、国会外務委員会で北米局長河相、防衛局長大古氏と会っていた。ジュゴン訴訟で得た国防省の資料で「軍港」計画を再編成に組み込み「悪魔の要塞基地」建設と指摘していた。二人の足の震え、額の汗を思い出す。(旧宝の海に記載)

 資料1は方法書に記載せず、準備書で出してきました。
  射撃演習、ヘリパット(基地内にも)、弾薬搭載エリアなどなど、普天間にはない機能である。

 資料2は準備書、評価書で示された鉄鉱矢板式護岸(係船)の断面図です。
 「殴りこみ部隊」として、海兵隊が海兵隊であるためには、揚陸艦、高速輸送船が必要です。
 揚陸艦の母港は佐世保です。揚陸艦ヘリ空母エセックス、揚陸艦デンバー・ジュノー(各17,000トン)は、辺野古沖で訓練しています。エセックスは接岸できませんが、2万トンクラスのヘリ空母、高速輸送船は接岸できます。
 東の風60%、風を吸い込む大浦湾、台風銀座の沖縄、「恒常的」(母港)には不適切ですが、米軍の運用は自由ですから台風以外の「準母港」化を目的にしている。
 機能は陸上競技に喩えると「位置について、用意ドン」から「ドン」のみの即応体制基地の完成と言うことになる。
 鉄鉱矢板式護岸とケーソン式護岸が「環境保全不可能」(知事意見)を嘉陽層との関連で次回は、見たい。


 今日は第2信も出さないと伝えきれない?
「NOダ」帰れ
 QAB
http://www.qab.co.jp/news/2012022734051.html

 朝日夕刊タイトル
 首相に「帰れコール連呼」
 「のれんに後押し」疲労
 意味がわからなかった。辞書に「のれんに相撲」があった。意味が分かった。
  県民の多くの声があった。
 「日本には結局、平和憲法がなかった。9条より日米安保が大事なら、米軍基地も本土に持ちかえって大事にして  ほしい」
 メデイアとジャーナリズムの問題は近いうちに提言。
 市民の姿伝えたのは時事通信と朝日のみ。
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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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