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新基地建設反対ー名護市民・沖縄県民の基本的羅針盤


  市民・国民が時代を動かす
   市民的勇気ー今、


だまされない市民
だましの「口約」見抜く県民

友人が、2000日集会の写真メールで送ってくれた。
稲嶺名護市長候補後援会のビラが配られた。少し古いが。

「現行の<V字案>は」「経過も含め数多くの問題を抱え」
「辺野古合意案の見直しを求め、新政府の新たな動向も踏まえ」
「対応します」

 と、なっています。アセスも進んでいる建設計画を「案」とし、どこにも辺野古基地建設反対を書いてない。
 新政府も「変化」のきざし、つまり、政府の意向で動くということだ。自民党元県連幹事長が「国外移設」の立場で知事追及で問題になっている。
 稲嶺氏も「県外・国外移設」言いかねない。「口約」で新基地建設も言いかねない。仲井真知事より後退している。
 極めて、ずるい。
 
 辺野古・大浦湾に手をつけ、容認する政治家に未来はない。すでに、昨日見た事です。

 前回は、すべての候補が「沿岸案反対」を口約、前回より悪い。
そして、島袋市長、仲井真知事はV字で名護市民・沖縄県民をだました。
10/10大西

ブアイツゼッカー大統領
   市民的勇気ー沖縄の歴史そのもの
 昨日、元沖縄大学学長新崎盛暉沖縄大学学長の名護市長選挙<地域政治家>論にデージ・チムアタイと書いた。活動家も同様に書いているから・・・・・。

 私は蚊帳の外にいるが、私は地域政治家を信じたい。新基地反対の一致点で奮闘していることを。今の現実は「明日が描ける時代閉塞」
 まさに、「市民的勇気」が明日をつかみ取る国民の時代。
1995年から沖縄を動かしているのは少女と両親の勇気。沖縄の苦しい時、道を切り開いてきたのは「勇気」である。

047.jpg
タラジーサビタン(足りませんでした)
 海の料理で歓待されたら、クヮアチーサビタン(ごちそうさまでした)と言わない。タラジーサビタンと言う。山のもの海のものですから、次はもっともっと豊作であるようにの願いを込めています。
 10月10日は弁護士も多数見えました。女性弁護士のN女史も伊勢海老を。
 
  13日知事「準備書意見書提出
 沖縄タイムスの報道記事
  23日新聞休刊

2009年10月12日 政治

米軍再編「早急に方針を」 普天間アセス 知事意見あす提出

 米軍普天間飛行場の名護市キャンプ・シュワブ沿岸部への移設に伴う環境影響評価(アセスメント)準備書に対する知事意見について、仲井真弘多知事は11日、知事公舎で県幹部と詰めの調整を行った。「米軍再編の在り方について見直しの方向で臨む」と明記した3党連立政権合意書について、(見直しの方向に)具体性がないとして、「早急に方針を示してほしい」と政府に促す考えだ。県は法定期限の13日午前に最終調整を行い、同日午後、沖縄防衛局に提出する。

 仲井真知事は11日、沖縄タイムスなどの取材に対し、「私は県内移設やむなしと言っているが、総理が県外と言えば、どうするか。私がどうしても県内(移設)というふうに取る方もいるが、ベストが県外というのは当たり前の話。ただその可能性がよく分からない」と述べ、政府の対応を見極める考えを示した。

 アセス手続きが継続していることに触れ、「取り下げられているわけではないので、処理しないといけない」と述べ、法手続きとして知事意見を提出する方針をあらためて示した。

 知事意見では「県外移設がベストだが、一刻も早い危険性除去のため、やむなく県内移設を認めたが、生活影響をできる限り回避する観点から、可能な限り沖合への移動を(事業者が)真摯(しんし)に対応する必要がある」という従来の見解も明記される見通し。

 県は県環境影響評価審査会(津嘉山正光会長)から、必要な調査を追加補足し、精度の高い再予測や根拠の明確な評価などを求める59項目412件の意見を答申。ジュゴンの複数年調査や台風時調査が未実施として、事業者の沖縄防衛局に再調査を求める厳しい意見が出ており、仲井真知事は答申内容のほとんどを意見に盛り込む方針。(吉田伸)

 ヘリ基地反対協から
  知事意見書など検索(おおかな通信)
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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