スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

今日は辺野古テント村開設9年目に入る



辺野古テント村8周年

もし、あの時代、あの時、あの日・・・

 歴史には「もし」は禁物である。でも、偶然とも言うべきことが、あるいは歴史の必然かもしれないが、意味のあることであろう。辺野古闘争のあの日、あの時、あの時代、わたしが何を高校生から学び、また、何を実戦していたか、2012年4月19日(テント村2923日)にあたって、8年前の4月19日の回想メモとする。

 泡瀬と辺野古

  もし、あの時、あの日、泡瀬のイベントにいなかったら
 04年4月18日、泡瀬のイベントが開催されていた。退職から半月たち、泡瀬の前川誠治事務局長にも会いたかった。彼も昭和18年生で、早生まれですでに定年退職し、泡瀬干潟の事務局長として奮闘していた。
 現職の頃、全国高校生平和集会など平和教育でコンビを組んでいた。この日、泡瀬の運動している元同僚のH氏から重要な情報が入った。
 19日未明、那覇防衛施設局「辺野古事前調査強行」との情報。正確な具体的内容をも示されていた。緊急発進で当初から予定していた布陣を敷く。
 もし、あの日、泡瀬にいなかったらと・・・・ですから毎年この時期に開催される泡瀬のイベント度に19日未明の「暁の攻防戦」をうみだす。
 平和問題・環境問題、市民運動の繋がりがいかに大切であるかの例示であろう。と、思うのである。

干潟を守る日2012年泡瀬
湿地のグリーンウエーブ2012(干潟を守る日2012年泡瀬)の案内です。
日時:2012年4月22日(日)、午前10時~午後4時
場所:沖縄市泡瀬干潟、ミナミコメツキガニの浜(沖縄市ITワークプラザ前の砂浜)
日程・内容
10時~14時:干潟観察、アーサ採り
14時~14時半:干潟を守る日宣言採択
14時半~16時:サルサダンス、ベリーダンス(「クラベリオ」(パティ&けんじ)、ミニコンサート(JUJUMO)
※泡瀬干潟で採れた貝、アーサ汁あります。
※ポストカードなどの販売あります。
詳しくは下記ブログ

http://www.awase.net/maekawa/2012guri-nue-buawase.htm

 来るべきXデー向けて
  カヌージュゴン号、ボートジュゴン1号

 19日の攻防(百日闘争日記旧「宝の海」)
「 午前5時半、那覇防衛施設局は業者含めて約80名で押し寄せてきた。陸上で調査船阻止の闘いが始まる。カヌー隊7艇12名、女性は4人で71歳の女性が嵐の海に漕ぎだし、陸上が突破されたら、海で命をかけて阻止する体制であったのです。私は沖縄国体などで漕艇競技の監督、競技指導委員を務めた経験を持ちますが、その日の海は風が強く、波が高い、横波を受けないよう最後尾から声をかけるも、自分の艇を操縦する以外なすすべを持ちません。カヌー隊は漁港入り口を封鎖するも、風に流されて停泊できず、堤防に縄で結ばざるを得ません」

すでに、わたしや仲間たちは、海の闘い想定、カヌー・ボートを購入、カヌーは日本全国から寄贈があり、約20艇になって、日ごろは東恩納琢磨氏が平和修学旅行の海体験学習に使用していた。
 もし、あの時、カヌーやボートなど準備していなければ・・・と思うのです。
また、1年間朝8時「土曜学習会」を辺野古の浜で行い、アセスに関する学習を深め、人的、組織の繋がり、Xデー(4月19日)に向けて準備、たとえば「沖縄ジュゴンアセスメント監視団」の結成である。
 (旧「宝の海」-「百日闘争記」参照)
無題C
 (ジュゴン1号、別の場所でカヌー10艇曳航写真は『沖縄道ジュネー』浅見裕子から以下同)

 人間の鎖の非暴力
 陸の攻防、作業ヤード作成、闇を利用し、作業ヤードの機材降ろされた。10時ごろ撤収し、仲間の散った。11時再度襲ってきた。緊急体制(携帯電話の威力)で再攻防戦、テント村設営、今日に至る。騙されたことは騙されない知恵を獲得する。
 阻止のために、沖縄の闘いで蓄積されたさまざまな「訓練」を行う。相手防衛局は80人体制、少ないとき縄で人間の鎖を完成させる。
無題A

教師として何を学び
  21世紀をどう描いていたか


 92年宜野湾高校に赴任していた。宜野湾市の基地の成り立ち、あるいは学校周辺の亀甲馬墓群やコンベンションセンターを1時間の「教室」とし野外学習で教えていた。
 嘉数台地で沖縄戦・沖縄基地群を遠望し「21世紀に生きる君たちは普天間基地を返還させて沖縄一の街を創ることだ」と説いていた。
 当然、宜野湾の基地闘争と伊江島の土地闘争は一体で有り、この実践メモは『沖縄の太陽物語』(1995年7月)とまとめる。
 阿波根昌鴻翁の非暴力の薫陶(直接的な会話もあるが、子どもたちへの語り、訪問者への講義をほぼ毎週聞いていた)受ける。
 高校生平和ゼミナール(全国平和集会など)から「平和の文化」と「日米平和友好条約草案」(千葉平和ゼミナール)を、高校生から学んでいた。
 「平和の文化」は、1999年9月13日国連総会は「平和の文化宣言」「文化宣言10年行動計画」を決議する。
 「日米平和友好条約」は、96年9月、アメリカ行動でペンタゴン、国務省、議会筋、シンクタンク、NGOで英訳文にして、海兵隊撤退論、よき隣人論とともに要請、論争していた。
 私の社会科教育論は21世紀を次の柱として到達していた。
  1、21世紀の人類は平和の文化を確立する。(現在は「平和の権利宣言」が課題となる、6月の地球サミット(ブラジル・リオ)に注目している)
  2、21世紀の人類は生物多様性の地球を保育する(92年地球サミット、リオ条約)
  3、21世紀のアジアは「東南アジア平和友好条約」の道こそ、進むべき道である。
  4、沖縄の過去・未来は「万国津梁」への道である。
 そして、教師定年退職あいさつ「3月23日定年退職の挨拶、その一部は琉球新報コラム「ハイサイ」(3月31)に紹介されましたが、私は生徒たちに「私の第二の人生は生きながらえことではなく太く生きること、国民の税金で38年生活し多くのことを学んできました、社会という学校で国民に還元すること、名護市に基地を移設する稲嶺知事、岸本名護市長に勝つ人生に向います、皆さんは、街角で、新聞やテレビで私に会う機会があるでしょう。私はこの木の腰掛に38年座って来ました。4月1日からは腰掛に座る必要はありませんから平和の文化を築く一筋の道を歩み続けます」であったのですが、4月19日以降、テントに座
り、新聞やテレビにでる機会が増え始めました。」(旧「宝の海」-百日闘争記、のち『愚直』に収録)
 辺野古の非暴力と
  反戦地主

 阿波根昌鴻はハンセン地主のシンボルでもある。辺野古の指導的役割を果たすみなさんには反戦地主、一坪反戦地主が少なくない。阿波根昌鴻の非暴力、非理法権天、『5本の指』の生きざまを、それぞれの分野で享有していた。
 私は、高校社会科の教師としての実践であった。最後の学校、名護商業高校では市民運動としてヘリ基地反対協幹事・代表委員に就くとともに、「ハンセン病と人間の尊厳」と沖縄愛楽園を野外学習の拠点とし、やんばるの沖縄戦と人権を、子どもたちも国家賠償裁判にかかわった。子どもたちの「愛楽園新聞」数百枚は、愛楽園自治会に寄贈した。
 実践記録やメモを残すことは、現在を語り、未来への糧となる。

 (明日はカナダ・オーストラリアの研究者から見る沖縄県(知事)の政策)

昨日の「宝の海」と関連記事
沖縄タイムス社説
[尖閣購入計画]石原知事の狙いは何か

http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-04-18_32619/

 前川さん頑張っています。
  この時期に発表心憎いほど戦略的
沖縄タイムス記事
絶滅危惧種のフジイロハマグリ、泡瀬で確認

http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-04-18_32656/

スポンサーサイト

非公開コメント

中国共産党の為に頑張ってください!

プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。