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我が家に伝わるクエーナ(おもろ)とウシデーク

お知らせ
 5・15情報


沖縄に連帯する5・13京都のつどい

以下転送転載大歓迎です。
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 沖縄の「日本復帰」40年・もう基地はいらない
 普天間基地の撤去を!辺野古新基地建設反対!
 沖縄に連帯する5・13京都のつどい
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●日時:2012年5月13日(日)開会午後1時10分~閉会午後3時10分ころ(琉舞・三線・エイサーあり)
★集会終了後パレードを予定しています。

●会場:円山野外音楽堂(祇園・円山公園内)
 http://kanko.city.kyoto.lg.jp/detail.php?InforKindCode=1&ManageCode=4000048

●参加費無料(会場カンパのお願いがあります)

●連絡先:
実行委員会事務局 
TEL 075―211-4411 
FAX 075―255-2507(京都第一法律事務所内)
京都沖縄県人会 
TEL/FAX 075―467-4437

●集会呼びかけ/京都沖縄県人会
主催/京都沖縄連帯集会実行委員会
共同代表/大湾宗則[京都沖縄県人会会長)・黒木順子(きょうとネット代表幹事)・大谷心基(きょうとネット代表幹事)・小笠原伸児(きょうとネット代表幹事)・北野ゆり(辺野古京都行動

 大城立裕『民主文学』5月号(インタビュー「文学は思想の象徴」)

 「文学は思想の象徴」読んで
 心に残った三つの言葉

1、「明治政府の官僚たちの脳裏にあったと(国防上の問題)言われる。沖縄は以来づっと、防衛上の要石に置かれ,ときの政府の都合に翻弄されてきた」
  (いつも書いている)
2、「誇りを持たない;同化;は慢性的な挫折ー文化的植民地を育てるだけだ、・・とくに80年代以降は、沖縄が文化的に自信を持つようになり、それにともなって同化と異化がうまく関係するようになった。」
   (昨日のゴーヤー文化)
3、第二尚氏を「原始的な共同体の超非合理主義と言うか女性文化と、国家を背負う合理主義の男性文化との、史上初めての対決がおこなわれたと見るほうがいいと思います。」

 母の1周忌を前にして
  女性文化をクエーナとウシデークに見る(その1)

 3の女性文化を我が家の伝承文化から見る。昨年、5月母が94歳で逝った。喪に服す49日、母が残したクエーナやウシデークなのどの考察を試みて「宝の海」にメモを残した。母は13歳で奥間ノロに就き、神と人間とを結んだ。母が伝承してきたものは古代からの「神遊び」の謡であり、様々な神事のなかで受け継いだものである。東京芸大はじめ、民族学、文化人類学と称する学者が母などから記録を取っている。でも、我が家に送られた研究記録は1冊たりとも送られていない。

 クエーナはオモロ以前の謡と言われ、ウンジャミなどと神事で謡われ、踊る。幸い、琉球大学教授玉栄清良『平敷朝敏の文学』(1967年)に、母などのクエーナが採録されている。
 (朝敏は組踊を生み出す玉城朝薫の弟子であり、官僚としては祭温と対立する)
また、祖父がノロ葬儀、ノロ就任のクエーナを残している。母についてはQABが特集を組んでくれた。クエーナは「5・5」調で、太鼓だけの素朴な言葉を繰り返すことで、生き生きとして労働も喜びとして謳歌されている。大交易時代のクエーナは壮大であり、琉球王国形成期のロマンに満ちた地方の息吹がある。
 
 王国完成期から崩壊期に書ける「神遊び」がウシデークである。旧2月2日ウマチー(土帝君)今は、村の婦人会がアブシバレー、旧8月18日の大綱引きで舞う。琉歌の「8886」が中心だが、そうでない歌もあり、15曲の舞となっている。ウシデークは女の「神遊び」で、その神遊びに男が参加してくるのがシヌグである。琉球王国の名宰相と言われた祭温はモーアシビとともに禁止をしたようだ。それはシヌグには性的描写入ること、共同体の力がまし、支配体制が崩壊する危険があった。

 シヌグを豊穣や王国の繁栄首里テンガナシー(琉球王))を讃えることで地方に生き延びてきた。代表的なのが国頭村安田のシヌグなどであろうと推測する。王国時代は燃料は薪(1950年代前期まで)である。安田は湾となりインナトウが発達して良港をもち、やんばる船が与那原・馬天港へとにぎわいを見せた。安田は首里那覇の薪、材木などの重要な供給地であった。沖縄の風は北東が60%でやんばる船は太平洋を疾走したであろう。

  私の村(国頭村奥間)では、首里城や王家の材木を切り出す「国頭サバクイ」(シヌグの一つの形態)として残る。奥間は沖縄三大美田と言われ、比地川のインナトゥはマングローブに囲まれやんばる船の良港をなし、与那覇岳・伊湯岳に良質の材木(カシ・シー、イジュ)と薪の供給地であった。やんばる船は伊是名・伊平屋をめざし北の風受けて泊・那覇の港へ吸い込まれたと想像する。
 土俗的な民衆の文化(神アシビ)に琉球王国は介入すること出来なかったと推測する。
 
大城立裕氏は多くの「組踊り」などを生み出した。
 私は「国頭サバクイ」を民衆の演劇と見る持論を書いている。「宝の海」(おそらく5月から7月)のどの日に書いているか。自分でも知らないが、原稿メモは残っている。
  (明日は、百一揆のない琉球史と「国頭サバクイ」ー奥間のウシデークから)
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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