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オスプレイ配備ー沖縄の青春小史(2)



オスプレイ配備反対・県民大会へ動き出す
 「島ぐるみの闘いへ」-青年よ歴史に学び立ち上がろう
 

 沖縄の青春小史メモ(2
  (オジー・オバーたちの青春3)

 1万5000の精神は
  未来はわれらのものだ


米植民地政府は、傀儡琉球政府、植民地支配育成教育機関琉球大学、校長会を使い、大学生、高校生の立ち上がりを根絶やしするため、青年への弾圧を強めた。高校生は怯むことなく、反撃に出た。
 琉球新報8月25日、那覇高校I・H(石原浩-当時は実名では書けなかった)は投書する。
 「(前略)立ち上がった1万5000人の精神は消えない。この1万5000人はただ進むだけである。教育者よ、これを妨げるな。この危険性のある1万5000人の気持ちを自然に伸ばして、そして『最高善』に帰結せしめよ。1万5000人の諸君、より強い自覚を持って、最後まで進もう。未来は我らのものだから。」

 日本は高度成長期を迎えていた。高校生たちは「日本留学生」、本土就職で全国に散るも、身分は「異邦人」であった。この歴史的体験の自信は、全国各地で沖縄返還運動の担い手となって行くのでした。
 沖縄も弾圧の中で新しい動きがあった。
200px-Prison_Release_of_Kamejiro_Senaga.jpg
 (瀬長亀次郎出獄、ネットから、なお、平和新聞は6月から次女内村千尋さんがカメさん連載始めた。琉球新報『「不屈」瀬長亀次郎』を勧める)

 瀬長亀次郎出獄と那覇市長
 民連先生となって
 
「島ぐるみの闘い」のなか、比嘉秀平任命主席が死去(謎多し)、植民地政府は那覇市長当間重剛を主席に任命する。出獄したばかりの瀬長亀次郎が「あかい市長」として当選、米軍は買弁資本銀行琉球銀行、自由民主党を使い、不信認決議連発(7回)失敗すると、布令を公布、破廉恥罪を適用して追放、那覇市民は民主主義擁護連盟(民連)を結成し、民連候補が勝利する。立法院選挙には現役琉大生も立候補し、いわゆる「民連ブーム」が、起こる。この二つの体験をした琉球大学の学生たち、教職の現場に就き、中学生になっていた私たちは「民連先生」と呼んでいた。
 わたしは、民連先生宮城妙子(故岡本妙子)先生にかわいがられる。私が教師になっても同様であった。「大西君!!」
 妙子先生の令嬢由希子さんとは。アセス監視団、高江などの闘いで共に励まし合っている。

photo017.jpg
 (沖縄県祖国復帰協議会結成総会、63年から1年間、わたしも執行委員になる)

 祖国復帰闘争と高校生
  主体的に立ち上がる青年群像

 1960年4月28日、「沖縄県祖国復帰協議会」(復帰協)結成される。沖縄の闘い『共闘」の優れた伝統築く。同年6月19日米大統領アイゼンハワーが来沖、復帰協も請願行動を行う。石川宮森小ジェット機墜落事件団体の国際通りデモ印象に残る。一番北の高校から、抗議デモ中に、私もいたこと「宝の海」で幾度か触れている。

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 (アイクと太田任命主席、ネットより)

 「琉球大学学生会決議の支持声明および全高校生への呼びかけ」
 去る5月2日琉球大学学生総会はアメリカ大統領アイゼンハワーの来島を機会に祖国復帰請願デモをおこなうことを決議した。

 われわれの住む沖縄は、太平洋戦争の敗戦によって祖国日本から切断されてから15年にもなる。
 われわれは、政治的には立法、司法、行政の三権をアメリカに独占され、まったくの無権利状態にある。一方、生活的には、基地依存の消費経済による貧困と原水爆で武装された軍事基地に原因する不安の中にある。(中略)

 最後にわれわれ『祖国復帰を願う高校生の会』は全沖縄の高校生に訴える。
  アイゼンハワーの来る19日の空港を歌と請願でうずめよう!
  高校生の意気と力をこの行動に結集しよう。
  アイゼンハワーを≪祖国復帰≫のわれわれの叫びのなかに迎えよう!
   1960年6月8日
   祖国復帰を願う高校生の会
img4c1acedda4104.jpg
  (琉球新報2010年6月18日より、完全武装の米兵が道路の両サイド固める。デモの中に、わたしもいた)

 アイクは正面から帰れず。裏から逃げるように人民党道路(人民党強い場所舗装してない)を車の屋根に頭打ちつつ。
 4・28祖国復帰総決起大会など、数千の高校生が毎年参加、復帰運動、人権擁護、自治県拡大、渡航拒否などに県民とともに闘った。

DSC02829.jpg
(裏の畑にはカボチャ)


沖縄タイムス
オスプレイ県民大会開催へ 全11市長合意
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-06-28_35652/
琉球新報
オスプレイ沖縄配備
オスプレイ配備反対県民大会 11市長同意、来月開催目指す
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-193159-storytopic-252.html
沖縄タイムス
オスプレイ:配備拒絶 島ぐるみ
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-06-28_35637/
琉球新報
オスプレイ配備撤回、2度目の決議 宜野湾市議会
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-193183-storytopic-1.html
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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