スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

  鳩山首相所信表明
   また、後退

 RBC午後5時のニュース見る。民主・社民・国民・自民などの沖縄選出の国会議員、所信表明に対するコメント、赤嶺氏は出さず、かなりの時間とっているが、マスコミの共産外しか。再編問題で本質を突く政党は出さずか。

 鳩山所信表明「再編見直し」の言葉も出ず。
IMG_0009.jpg
 何故、今、守屋元防衛省政務次官か
  名護市長選挙
 26日の新聞は、沖縄2紙とも守屋日記、私にとってはあまり意味がない。小泉の05年8月からの「辺野古見直し」は拙著「愚直」(日記)に分析、外務省北米局長、防衛省大古防衛局長と外務委員会控え室で「沿岸案」になること指摘している。(10月19日)。10月29日「日米同盟の変革と未来」(再編成)は沿岸案になった。
 日本政府に「アメリカと喧嘩できるほど成熟した外交力はない」と結ぶ。
 守屋は軍港、演習場、弾薬庫の結合を重視していた。「辺野古ありき」が連立政権の狙い。今、沖縄は「普天間即時閉鎖」「普天間全面無条件返還」で団結すべき、あいまいさは、西洋合理主義には通用しない。辺野古13年の歴史の教訓、沖縄県民の意思である。
 名護市長選めぐって市野党あいまいで「新政権の動向」を政策とする保守の支持に走った。
岡田、北沢、鳩山の「辺野古ありき」を背負って生きるつもりか。
 普天間に入らないものは名護にもいらない、沖縄、各県のどこにもいらない強固で明確な候補者を擁立すために奮闘する。
 巨像2頭(日米政府)の権力、金力でも県民を屈服させきれなかった。
 日米政府は分断を狙っていることは、いつも、指摘してきた。
 日本ジャーナリスト会議「ジャーナリスト」(619号・10・25)に琉球新報松元剛記者の記事あり、とても、まとまっている。

            「琉球新報・10/25」
普天間飛行場北海道移設、米に打診 守屋元次官明らかに

守屋元次官一問一答 県外を困難視、大規模移設地確保できず

県・沖縄市、泡瀬埋め立て継続 上告は断念検討

(社説)岡田外相発言/迷走する鳩山政権の限界 安保の沖縄依存から脱却を
  
 (続きー星空に蛍が舞う川7)
星空に蛍が舞う川(7)
  母のまな板とサクラ
 朝は どこから来るかしら
  あの山越えて雲越えて 光の国から来るかしら
    いえいえそうでは ありません
     それは 希望の家庭から 朝はくるくる 朝は来る
         おはよう おはよう
 このような歌覚えていました。親子ラジオから毎日流れていたように思います。みんなが貧しく、子どもも働いた
。私にとって朝の目覚めは鶏の鳴き声に朝の太陽ののぼり、何よりも母が作る朝食や弁当のまな板の音が目覚まし時計の役割を果たしていました。母の朝の仕事はそれだけでなくシンメーナベに馬のハミと豚の餌を炊き、子どもたちが練りつぶして、我が家の全ての家畜に朝食を与えて、家族の食事が始まり学校やそれぞれの仕事に出てゆきます。
 馬は山から木材、炭を運び、田畑を耕し、堆肥を作り、我が家の命綱でした。私の馬は休む日もなく山から木材を運ぶために、荷ずれで背中は皮と肉が剥げ落ち、真っ赤な肉に血がにじみ、まわりには膿みが噴出しハエがたかっていました。田植えや稲刈りの頃に、傷が言えると、馬に乗って海岸や農道を疾走したものです。
写真
 馬の道の跡
DSC00171.jpg
 馬とマイヌギバンタ
  材木をソリで運U字型の川?

 材木・薪、パインなど運ぶ(1959年まで
DSC00172.jpg
 馬谷底に転落 
 その頃の山道は、馬のソリ道か獣道の広さで、今は、水の流れない小川のように山の遺跡として残っています。炭焼き小屋から、炭俵を馬の鞍に約二〇表、乗せて帰るのは夕方、荷崩れを起こさないために、鞍に長い二本の棒をつけ馬の後ろで人間が支えます。坂を登るときは安全に支えることが出来るのですが、坂道を降るときには体操の平行棒にぶら下がる状態になり、バランスを失うと谷底に馬もろとも投げ出されます。馬二頭谷底に転落させたと記憶しています。馬は骨折か山の竹が腹に刺さりうめき、大人たちがハンマーで頭を割り、解体し、村は馬肉のご馳走にありつきます。私にとって馬は兄弟のようなもので45歳頃まで馬肉を口にすることはありませんでした。熊本の九州国体に行ったとき「サクラ」を食べますかと聞かれ、何のことか知らずに食べたのが馬の刺身、その時以来、私は「サクラ」の美味に魅せられています。
 
写真 ジヤクワ
 暗い山道でも馬と歩いていると怖くなく、与那覇岳の山麓を流れる「ウッカーガー」と村との中腹に「ジヤックァー」と呼ばれる峠があって、村人は大きな松の根で一服します。この峠に輝く星空は天降るごとく輝き道を作り、月夜は本部半島が浮かび、伊江島が輝きます。
 与那覇岳から伊湯岳の嶺
  夜深い夜

 DSC00189.jpg
 峠から展望する東シナ海
 夜満天の星
  月海に揺れる

  
DSC00169.jpg

 (星空ー次回ー川の遊びと二つの不思議)
スポンサーサイト

非公開コメント

プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。