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平和新聞「宝の海通信」30回


 昨日は岩国基地にオスプレイ陸揚げされた。森本ペンタゴン「代官」は「ほっとした」と述べた。全国で「しばらく安保が見えない」状態続いた。脱原発・オスプレイは「属国」日本を浮き彫りにし、政局含め国民の価値選択が明快になり「ほっと」は、「ほっと」に過ぎない。
日本テレビ系でペンタゴン「代官」「離発着に民間地を避けるルート」と早くも支離滅裂、普天間も日本全国アメリカでないのだ。日本は民家連なる列島なのだ。日本列島は南北に「人間の住む島」で出来ている。
 森本代官日本知らない。
 (06年4月、当時、額賀防長官と島袋名護市長「確認書」によるV字計画「住宅地飛ばない」であった。ことごとく打ち砕いて来た。マスメデイアとの闘いでもあった。打ち砕かれた論理、マタナー・・)

 沖縄の怒りを日本の怒りに、「愚直」「不屈」で秋の総合的闘いへ、「持続する志」の民衆の日常の運動を積み重ねよう。

私と 
平和新聞「宝の海通信」


 積極的非暴力と
  「安保から日米平和友好条約」へ

 昨日の沖縄タイムス社説は次のように結んだ。
「8月5日の県民大会とその後をどう実効性あるものにしていくか。創意工夫が求められている。」であるが、
 私は次のこと提起している。
 日本平和委員会「平和新聞」(月3回発行)コラム「宝の海通信」は30回を迎えた。
 これからの闘いを沖縄非暴力による民衆の積極的非暴力と安保廃棄へ向けた方向性、日本における民衆の協力・共同・共闘の闘いの構築が求められると書いた。
 原発で「一致点」共闘が進むように、いま、オスプレイ配備反対で各地、中央で協力・共同の行動を作り上げることであろう。
 辺野古は「現在の基地」賛成・反対であっても「辺野古に新基地」はいらない一致点で共闘の輪を広げてきた。
 「宝の海」「宝の海通信」の基本的視点のひとつである。
 
30回には伊佐さん、大久保さん含めて読むと、それぞれの時期の沖縄民衆の変化・発展が見えてくる。
 一冊の本にしてみたいとも思う。
無題宝の海
   辺野古テント村3000日から
8・5沖縄県民大会へ

 7月1日、高江座り込み5周年集会が持たれ、私は沖縄戦後史の主な基地闘争を話し、オスプレイの配備に「普天間基地・高江の基地を県民が封鎖、あるいは基地に入っての闘いになる可能性があると思います」と述べ、その際、「民衆が信じ合い、自らの力を確かめ、決意を新たに(復帰闘争碑文)」と沖縄非暴力の行動が大事になると述べ、その時間、森本敏ペンタゴン「代官」と会談した仲井眞知事は記者会見で「全基地即閉鎖」を示唆、翌2日宜野湾市議会は「断固阻止」を決定する。
 7月4日、「辺野古座り込み3000日集い」の開会のあいさつでは、3000日は讃えられるものではなく(日本の国内・外交の恥部)、我々には通過点に過ぎない。だが、民衆が不屈と愚直で継続してきた抵抗は日本近現代史に刻まれるであろう。
 同日、テント村のS女史の『NO BASE』という手書きの新聞が801号になり、それは、辺野古闘争のかけがえのない歴史辞典であり、「かってない人間の絆と連帯に満ちた不屈」(赤旗7月5日)と讃えた。
 私自身、04年4月19日の闘いの始まりから日記をつけ、9月22日、ブログ毎日日記「宝の海」を発信続けています。今、辺野古の闘いのブログ・メール世界はかなり増え「ヘリ基地反対協」を検索すると日々の辺野古・高江の日常を知ることができ、世界ともつながっています。
 開設の頃「『宝の海』の読者が増えれば勝利は近い」といい、今も、自負できます。あの頃、あの時、そして今、普天間・辺野古、高江で何が起こったか、そして、私は何を考え,何を提起して来たか。その一つに「日米安保から日米平和条約への道」は、沖縄県民71%の世論になり、一般紙でも主張されるようになりました。オスプレイ配備をめぐる闘いは、沖縄全41自治体が配備反対の決議、沖縄県議会は「島ぐるみの闘い」を8月5日と決定しました。
 主催者を代表した安次富浩は「岩国との連帯」を表明、この闘いは必然的に安保廃棄を求める国民的闘いになり、脱原発・脱安保の結合、真の日本の改革へと進めようではありませんか。翼賛的勢力の台頭許さず、「8・5オスプレイ配備反対」沖縄県民大会に、日本全国で行動を起こし、協力・共闘の輪を地方・中央でも築きあげよう。防衛局高江強行「宝の海」などで情報共有を!
  (記、辺野古3000日7月5日)
伊佐真次さんは「ヤンバルノート」(32回)
 高江の日常生活から
無題やんばるノート
 大久保康裕さん「OKINAWAノート」(32回)
 米軍、自衛隊のなど沖縄の総合的動きから
image0.jpg
 高江5周年の発言・提言
 こちら「宝の海」
http://teruo024.blog47.fc2.com/blog-date-20120702.html
 辺野古3000日集い挨拶・提言
 こちら「宝の海」
http://teruo024.blog47.fc2.com/blog-date-20120705.html

 今日のニュースは「第2信」へ
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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