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対米追従ー悪魔の基地の自然


 日本州・「属国」「対米従属」
 うるま市へ治療、帰りに辺野古寄る。海岸決壊みられるが雨の量少なく、風で決壊痕跡埋まっていた。
 5日は、東京、京都、名古屋などで沖縄連帯集会・デモ行われた。
 広島原爆記念日
 車を運転中にいろいろ浮かんで来た。 
近年、日本の現状現す表現として、これらの言葉がメデイア世界、評論家、普通の人々で使われるようになった。 
 「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」
 
 対米従属の認識は沖縄県民共通の認識で、全国的には日本共産党などのイデオロギーなどと言われてきた。
 SACOから再編成、辺野古新基地建設、オスプレイ・脱原発の闘い中でとくに、対米追従はごく一般的な日本認識用語として、国民的用語になってきた。

 政権の中でも「他国と対等関係」の動きは、小沢理論・鳩山などにも見えてきたが、徹底的に潰されてきたのが現実、だが、国民の日本認識の変化は、政局の中でも「脱亜入米」の極端な対米従属に変化を起こし始めている。
 
日本はアジアの近隣と平和的世界をつくることが、国際的責務である。

 オスプレイをめぐる問題は、対米追従国家日本の姿を一層、現実的に見えてきた。バネッタと森本の会談は、中国を「敵」として鮮明に描き、中国脅威論で従属関係を糊塗しようと懸命で、沖縄を安保国体(佐高信?)の砦「悪魔の要塞基地ー大西」に執着をさらに深めるために躍起である。

仲井眞知事
 県民より前原が大切な人?


 沖縄では、前原誠治と仲井眞知事が、5日秘密会談を行い、前原は名護の基地誘致派・市会議員などと接触を深め、総決起集会、横断幕設置など動き頻繁である。
 ネット上アップされないが「県民大会予定日日に「知事・前原密会」-「参加に影響」憶測も」(沖縄タイムス2面ニュース断面」

原点から見る辺野古の自然(4)
ユビエダサンゴ(2)
 クブシミの太郎と花子の恋
 ユビエダサンゴの林の花子
図1

 ユビエダサンゴの森では太郎と次郎の激闘図2
 激しい恋争奪戦ー太郎勝利、花子と結ばれる
図3

 花子サンゴの森に卵生みつける図4
 クブシミの卵
図1

琉球新報
社説
森本防衛相搭乗 茶番劇はたくさんだ2012年8月6日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-195208-storytopic-11.html
何をしに訪米したのか。まるで「子どもの使い」だ。
 「子どもの使い」に外交交渉ができないのは当然だ。もはやこの人物に当事者能力はない。森本氏は一刻も早く閣僚を辞め、政府の当事者の席から退場すべきだ。

沖縄タイムス
「オスプレイNO」全国で 配備反対
20120806_0935_6KdxtOwO_l.jpg
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-08-06_37361
QAB
「辺野古」「高江」基地建設 政府「沖縄差別」を否定
http://www.qab.co.jp/news/2012080637233.html
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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