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速報ーオスプレイ配備反対県民大会ー9月9日


オスプレイ配備反対県民大会
 9月9日(日)


RBC琉球放送
県民大会 9月9日に開催決定

http://www.rbc.co.jp/rnews.php?itemid=40456

 嘉手納の軍事訓練激化
 うるま市へ治療、嘉手納基地のF15戦闘機、F22戦闘機の訓練激しい、各2機編隊で旋回、タッチ・アンド・ゴーなど繰り返しているようだ。KC135空中給油機が着陸して行く、太平洋洋上などの訓練空域など総合的訓練か
DSC03329.jpg
  (F15戦闘機)                    
             F22戦闘機 DSC03344.jpg
KC135空中給油機
DSC03327.jpg

原点から見る辺野古の自然(8)
 ユビエダサンゴの周りの魚たちー大浦湾の歴史


 半世紀前の大浦湾爆破
   闘う漁民たち

 大浦湾を陸地に喩えてきました。古大浦川水系は大浦湾入り口(クチ)で酔心50~60m、河口に広大なデルタを形成、古汀間川水系はデルタに沿って広大な扇状地を形成すると書いてきた。古大浦川は嘉陽層の断崖と断層、その淵に基地の護岸計画である。
 デルタの平野にカルスト地形の山がいくつかあり、ピシ(瀬=バンク)を形成しているから、潮流の流れで濁りが生じる。
 ピシ(ソネ)では、グルクン、グルクマー(アジの仲間)、ミーバイなど好く釣れるものだが、釣れない。戦前から猟師をしている古老Aさん(大浦湾の科学者)に聞いてみた。
図6
  (カマスの群れ)
               図4
  (ツバメウオー浅瀬のサンゴで群れるとき―人間恐れない、とても面白い、グルクンの釣れる場所では船の近くまで寄ってくる。釣れてもグルクンサビキを海の底までもって行き、切れる)

 新規土地接収と闘う50人の漁民
   魚が湧いた海は
 辺野古のオバーたちは「この海があったから戦争でも生きられたし、戦後も子供を育てた」という。現在のキャンプシュワブは収容所、瀬嵩収容所と合わせて約5万人(宜野湾・本部半島、伊江島など)であった。
 アメリカはベトナムに介入(1960)し、ベトナム戦争へと引きずられ、沖縄基地の拡充に乗り出す。キャンプシュワブ、辺野古弾薬庫はベトナムへの発信基地となり、ダナンは海兵隊の戦争拠点であった。(昨日の記録)
 Aさんから聞くと、1962年、米軍はLST(船艇)を大浦湾に入れるために、ピシをダイナマイトで爆破、山の頂上を吹き飛ばした。
 その時、大浦湾にグルクマーなどが海岸に流れ着き、悪臭が続いた。それでも、魚は戻ってきたようだ。
さらに、米軍は新規土地接収(瀬嵩~嘉陽=現在のリゾートカヌチャー)の強制測量を始めた。旧久志は1956年の「島ぐるみの闘い」を裏切って、キャンプシュワブを誘致(1958年完成)の過去を持つ。
 1966年、米軍は辺野古に軍事空港計画を立て大浦湾入り口(クチ)の拡張通告、漁民たちはサバを出して阻止試みる。水柱が船を浸水させるほど降ってきたようだ。大浦湾は決定的なダメージを受ける。当時のタイムス、新報には記録はないが、『人民』(人民党機関紙)には、漁民たちの闘いの記録が記載されている。元『人民』記者知念忠治『大河の流れと共に』(2008)に詳しい。なお、この記録は後にQABが特集をする。
 昆布の土地闘争、久志村の漁民の闘い、ベトナム戦争は、米軍の野望を中断させたが・・・・・再び、そして、オール沖縄に「抵抗」する辺野古の幹部たち。
 軍事空港と軍港計画は、アメリカジュゴン裁判で明らかにされる。
 私の釣りの疑問、大浦湾の歴史と生態系へとつながっていたのである。私の釣りは、海底調査や生物調査でもある。漁師になるには、海はもちろん、陸地の地形含めて、体と頭に「GPS」を打ち込まなくてはならない。
図5
                    図3
図1
資料保存

オスプレイ:軽度事故率、海兵隊機種の平均超す
政治 2012年8月10日 09時27分
(6時間45分前に更新)
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-08-10_37550
 おかしなおかしな話
普天間基地ー住宅上空飛ばないで離発着できる?
 できないことはやめろ。

沖縄タイムス
オスプレイ:住宅地飛ばないよう要請
政治 2012年8月10日 09時25分
(6時間49分前に更新)
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-08-10_37551
アセスは全く信頼できない。
琉球新報
普天間で計測せず 通達明記のエンジン調整音2012年8月10日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-195449-storytopic-3.html
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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