名護市長選挙ー分裂選挙ではない、人間倫理の世界まで
全国・県内の熱い思いを
普天間閉鎖・全面返還
基地のたらい回しは止め、毅然とした自主外交を

名護市長選挙
新基地は辺野古にも日本のどこにもいらない
市民の会、比嘉やすしの勝利目指し事務所開設

全国の友人のみなさんへ
辺野古で闘い、出会ったみなさん
辺野古への思いを寄せるみなさんへ
平和ガイド・辺野古の闘いの語り部
大西 照雄
名護市長選挙へのご協力をお願いします。
来年1月24日に名護市長選挙がおこなわれます。私たちは「新基地反対」の統一候補者の擁立のために全力を尽くしてきました。残念ながら新基地反対の統一候補の実現になりませんでした。現在の名護市長選挙立候補予定者は
基地推進派の現市長島袋吉和氏
基地容認派の元収入役稲嶺進氏
新基地反対を明確にした比嘉靖氏
3人です。
比嘉やすしさんとともに
「普天間閉鎖・無条件返還」「辺野古にも、沖縄・日本のどこにもいらない」こそ、名護市民投票で示された13年の民意です。
島袋陣営は基地推進、稲嶺氏はその収入役、教育長として基地建設を推進した幹部です。「辺野古合意の見直し」を掲げ、「新政府の動向」によって決めるが基本政策です。市民投票以来「苦渋の選択」「見直し」で新基地は押し付けられてきました。
民主連立政権は、沖縄県民に「移設先」を求めていますが、沖縄県民を全国の悪者に仕立てることは許せません。
沖縄県民の立場は普天間閉鎖・撤去、県内たらい回し反対です。
「閉鎖」「移設先は」日本政府の決断で出来ることです。安保条約10条を持ち出す必要もありません。フイリッピン、エクアドルなどで実現しているのではありませんか。
基地に頼らない
自立した街創りへ
基地押し付けは「アメトムチ」の政策でした。基地振興策・再編交付金は建設業の倒産を生み出し、農業・中小零細企業を苦しめ、街の経済を疲弊させてきました。
沖縄・やんばるの豊かな自然環境を生かした市民の共同による自主・自立・自治の街つくりをめざします。
「新基地建設に反対する市民の会」は誕生したばかりです。「市民の会」として全国のへの協力お願いを行うと思います。
全国のみなさんにご支援・ご協力をお願いします。
「新基地建設に反対する市民の会」
905−0015名護市大南2丁目1−37 101号
振替口座 ゆうちょ銀行 総合口座 店番708
普通預金 1030277 大西 初子
まだ、電話が入りません
問い合わせ
090・1940・1563(大西)
明快な移設問題の論文
沖縄タイムス文化欄(11月2日上)
「移設」というワナ

(星空に蛍が舞う川ー休みます)
2日5:30 毎日新聞世論調査電話談話受ける
(続きー名護の市長選挙は革新の分裂選挙かー)
基地推進派の分裂
保守陣営の分裂
基地推進してきた勢力が市政運営めぐって分裂して島袋市政に反発する岸本建夫元市長に育てられた重鎮稲嶺元収入役、前教育長を担ぎ出し分裂した。軍民共用空港、V字形を推進してきた勢力である。
今年に入って、いわゆる革新は新基地反対の候補者の擁立を目指し20数回の会議を重ね、擁立できずに会議を解散。その過程で、稲嶺氏と新基地反対の政策協定を結ぶ動きを行った議員もいるが、丁寧に断られていることは、すでに、ブログで書いている。
議員とは
およそ、議員となるものは首長になる覚悟と責務があると思うのです。岩国の市長選挙は国会議員が再編成推進のために立候補した。
名護でも、宮城康博氏、我喜屋宗弘氏、現市長も市会議員であった。議員も含めての会議が擁立断念、解散したのである。前回の分裂選挙とは違う。
これは、分裂ではない。
この現実の中で1市民が勇気を持って新基地反対の13年の歴史を大切に立候補の表明をして、市民の会を設立しているのであり、議員のみなさんは「日米合意見直し」(大西ー辺野古ありき)「新政府の動向」(大西ー民主連立内閣の意向」に吸いこまれたのである。
ですから、革新分裂は正しくない。
私は一切分裂とは言わない。吸いこまれた方々の待っているのは「よりましな政府」論の中で、政策協定もないままで、勝手連的運動体であり、歴史に耐えられないであろうと書いている。
「国外・県外移設」
誰でも言う今日ー日本政治の目で見れば
どこどこに移設せよは、県民の願いの本質ではない。ここが肝心だ。政府間合意は政権党の間で意思を明確にすればいい。それに、相手国が異議を唱えたら内政干渉である。
アメリカ一国主義は世界から見放されている。
見る目は主権の基本問題である。日本のこれまでの歴史は国家の基本である主権認識の欠如であった。アメリカ外交では主権喪失の積み重ねの歴史で、沖縄は常に犠牲になった。
国民は主権国家の姿を求めているのだ。
オーストラリアの学者ガバン・マコーマック『属国」を読むと極めて明快だ。
「あいまいな日本人」は、今日、イエス、ノーを明確に言える大きな文化価値選択に向かっている。
「苦渋の選択」や「県外がベスト」で辺野古の基地がヘリ基地から段々機能も大きくなり飛んでもない基地になって来た。普天間が世界一危険な基地になったのも同じ手法、あいまいさが嘉手納基地を超世界一危険な基地と構想され、「日米合意見直し」あいまいさはウルトラ基地に拡大される。
しかも、革新という勢力まで加わると手がつけられない。歴史の事実を見よう。
日本のどこがイエスといいますか。責任とって皇居(首都)ですか。
辺野古が呼びかける。どこにもいらないは全国の声、世界的な基地反対のネットワークになった。
そこに、民主党は乗った。しかし、属国のかなしい政治家たちは国民の「あいまいな日本人」に引き戻そうとしている。
「宜野湾に入らないものは、名護にもいらない、日本のどこにもいらない」の倫理的な生き方が日本社会を揺さぶっている。
「日米合意見直し」「新政権の動向」に吸いこまれた皆さんは倫理的にも苦しいでしょう。
ドイツの元大統領は「過去に・・・」と述べ世界的感動を与え、市民的勇気は民主主義擁護の大切な
要素とした。
議員がなしえない勇気を、一人の市民が市民と共に享有しようと立ちあがった。誤った、多数に従えは革新の倫理ではない。政治家の大切な政策協定もないままでは歴史に耐えられない。
この現実を理解するには難しいようだ。事実と真実を大切に生きてきた勤めがある。この道こそ、私の務めとも思っている。
勇気は歴史を開く道しるべだ。
政治の初歩的な問題である。マニフエストが「口約」になり始めている中で、いかに、政策協定が大事かはイロハの問題である。昨日の読売電子版は名護市が拒否の謀略まで使い、国民を誘導する。
このような謀略はますます激しくなるであろう。市民運動も厳しくなる。「第4の権力」(マスメデイア)も目が離せない。
辺野古問題は人間の倫理観という人間本質まで切りこんできた。それだけに、政治の世界では複雑な問題となって現れる。
いつも言う、闘いには山谷がある。ですが、これまでとは違う。どんな時の谷も乗り越えてきた。昂揚のように見える谷は「べき」を拒否している。
でも、やはり「ワナ」を見る人間はいる。「ワナ」見るのは頭ではない。5感の寒々さだ。
頭のいい東大出が官僚。田舎では市役所の役人さん。名護市庁舎はみんな「見直し」派になったわけではない。面白い構図が生まれ始めているようだ。何が出てくるか興味深い。
分裂ではない。
擁立不能。いく場所があるのに、なくしただけ、あわてて、いる場所を間違って選択しただけ、理由も説明責任も見えないで、吸収に連続二日の記者会見、異常でしか乗りきれない証しである。この反動は怖い。






