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オスプレイ反対県民の日ー金曜日は大山ゲートの日に!


台風16号、東経134度、北緯11度付近で発生、沖縄要注意だ。
 9・9県民大会
  全国的に行動が行われたことは大切なことである。
  「持続する志」の具体的行動として
 辺野古の座り込み、高江の座り込み、普天間の座り込み
  県民の心、行動の拠点として 
  金曜日ー普天間ゲートに集まろう!
 訪米行動にはハンガー行動で応えよう。復帰闘争では組織的ハンストがあった。
  陳情規定
  「法規にとらわれず、軍を恐れず」-人間的にも道徳的にも優位に立つ。民衆が信じ合う心(復帰闘争碑)


高江の調査へーオスプレイパットの危険(3)

オスプレイの機能
  なぜ・沖縄全域が訓練域となるか

 そもそも、普天間は閉鎖全面返還であり、海兵隊は抑止力でなく、アジアに緊張と脅威の存在である。報復国家アメリカは占領で得た普天間基地に対する県民の抵抗に報復するようにオスプレイの配備で権益を誇示、『属国』日本政府は言いなりだ。「そもそも」の問題はおいて高江とヘリパットに入る。下記はオスプレイの機能である。
 
→【特集】垂直離着陸機オスプレイ 時事ドットコム

MV-22とCH46の性能比較 MV22オスプレイ CH46シーナイト
最大速力 509 km/h 265 km/h
航続距離 3334 km 426 km
作戦行動半径 600 km 150 km

120712_osprey1.jpg
  (ネットより)
 普天間の現実が
   明確に浮かんでくる

 時速速度2倍以上になることは訓練域が拡大することを意味します。積載量5700kmは人員輸送、車両、大砲などの宙つり訓練など多様になることを意味します。普天間(辺野古)をベース基地として伊江島で空母着艦訓練(FCLP)など2500回2倍(新報6月13)、QAB(8月21)では年7000回(現ハリアー780回)、キャンプハンセン、シュワブでの訓練強化拡大、高江での低空訓練(高度15~60m)にゴムボート上陸訓練、タッチ・アンドゴーなど含めて年1260回、それらの訓練は普天間の離発着が想像を絶する現実として浮かび上がってくる。


 通常の着陸
 MV22オスプレイは
  どのように着陸してくるのか
    北部訓練所などと重ねるー「8割犠牲」

 1、通常の着陸(戦術航空装置ー岩国ー普天間間などと理解)
 約10kmから飛行モードをヘリモードに切り替えて着陸してくる。C-130などの着陸態勢で有り、MV22はペラが長く飛行機のように水平着陸はできない。

 2、直線飛行(タッチ・アンド・ゴーなど訓練対象と理解)
 ヘリモードで5kmから旋回し着陸、浦添市役所上空が一般的だが、琉球大学上空もあり得、ヘリのように小回りの利かない旋回で影響範囲が広くなってくることが見えてくる。
 事故は飛行モードからヘリモードへ操縦に墜落起こしていることは、モロッコおよびフロリダ事故が示している。
 普天間への着陸を北部訓練所と重ねる(N4)と、東村の中心川田(役場が目安)、宮城集落上空から狭いN4着陸帯に着陸する。北東の風60%、冬北の風を推測すると着陸の80%がこのルートになる。風上の安波・N1方向から着陸することは「空飛ぶ棺桶」といえどもパイロットも自分の命に係わる。それに、上空で発生する高江台地独特の気流も無視できない。MV22は機が発生させる気流、追い風に弱いのである。MV22の事故はの多くは着陸時に起こっている。

 伊集村長の「2割犠牲ー高江)は、東村8割が騒音、恐怖と墜落の危機にさらされる。
 (北部訓練所の地図は、「宝の海」(10日)
2012090901_01_1.jpg
 資料
 赤旗11日
オスプレイ 市街上空で「転換モード」
墜落事故多発の危険な操作
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-09-09/2012090901_01_1.html
 (次回はMV22の構造的欠陥と照葉樹林の危機)

QABニュース
高江ヘリパッド裁判 「表現の自由」めぐる控訴審始まる
http://www.qab.co.jp/news/2012091137923.html

2012年9月11日 17時38分
森本防衛大臣 フロリダの事故も人為的と説明
http://www.qab.co.jp/news/2012091137921.html
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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