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パネッタに叱られた代官森本はー日米合同委員会は何なの


今日の発進通院のため
  遅れました。本来なら未明発信です。
岩国から緊急連絡
明日森本防衛大臣がオスプレイ試験飛行の説明に来岩(13時~)山口(15時)
緊急市民集会の案内

日時:19日(水)12時半~

場所:岩国市役所前公園

「オスプレイはいらない:オスプレイは帰れ:試験飛行は許さない」など思いを持って集まって下さい。
一人一人の自主的な集まりです。
 (家老<パネッタ>にかなり叱られたようだ。下記は緊急連絡前に書いてます。動き早すぎる。訪米活動の前に強行か?)

 秋から冬の闘いへ
  森本「最後のまとめ」=最後通告Xデー向けて(4)


森本防衛大臣は「日米合同委員会の合意案の調整が整い次第、安全性が確認された段階でオスプレイの飛行運用が可能となる旨・・・」(QAB)と述べ、ました

 パネッタ来日と
日米合同委員会とは

パネッタ国防長官訪中の「ついで」に来日、会談を玄葉・森本に限定した。中国での会談レベルによっては、パネッタ氏は米中経済問題に踏み込むであろう。それは外交「劣等国」(アメリカの投票箱)を見越して、日本締め上げになるかもしれない。

 アメリカは、尖閣列島問題、安保条約5条適用を形式に認めてきたが、パネッタは踏み込んで「中立」を明確に「平和的解決」(従属国家日本外交が口に出せない外交の基本)で釘を刺した。(この問題はいずれ10月1日)
 それにしても、日本のミニタリスト(石原知事ら)、無責任、アワレするのは沖縄だ。

 会談は「日米合同委員会」を盛んに持ち出す。日米合同委員会は、アメリカの権利・自由を「原則・運用」という名目で全面的に認め、沖縄県民の恐怖。命をさらしてきた歴史的実績がある。
 私は1990年代初期、日米合同委員会の記録にカル普天間返還ある資料で、宜野湾の子ども建ちに「21世紀、君たちは沖縄一の街つくりをする」と語って来た。20年経っても動かない、増すますひどくなる。「ちから」で取る以外ない。それは、今、逃しては実現できない。先行返還と言うキンザー(地主3世代になっても)動かず。
  (拙著『沖縄の太陽物語り』19957月)

 下記の表は日米合意や米軍見解などである。
 日米政府の嘘・隠ぺい・だましの「デパート」に沖縄県民は・・・
 次の表をまず見るてタイムス記事・社説を見る。

解説必要ないと思うが 

2012091602_04_1b.jpg
 (赤旗16日より)
1、騒音規制ー合意とレビユーを比較しよう。普天間はオスプレイの基地、伊江島8000回、北部訓練所1260回、中部訓練所(ハンセン・シュワブ)など56か所の訓練場所で行われる夜間訓練などのオスプレイの離発着を射落としてはなりません。普天間基地(辺野古V字基地含む)の負担激増見落としてはいけません。

2、転換モードーC-130とヘリを合体させた(表現上)オスプレは基地上空だけの距離着陸出来ない。それは、常識的で初歩的なことだ、こんな嘘、よくも堂々と言えるもんだ。ヘリでもできないことよくも・・・
 これを、各訓練地の風向と着陸帯に応用すれば(飛行機は風下から着陸しない)各訓練域の離陸・着陸コース特定出来る。
 風向60%以上北東(辺野古アセス)
 高江N4の着陸ルートは、どこから、目印は???ネットの「地図」開いて予測してみよう。
 高江N1・Gなどは、どこから、目印は????

3、低空飛行訓練ー「百聞は一見にしかず」
 日米合意、基地協定は「守られた試しなし」、いくどか高江ヘリ低空訓練写真添付しています。環境レビューの60mも、明らかになっているのは15~60mで写真が見事に証明証明します。(下記写真を参照)
 そのことについて、わたしは「宝の海」(特集高江調査最終回9月13日)で「茹でられる森」と表現しています。
 この点については近日中に「調査提案」をします。大事な大事な調査ですが、私の体責任持て継続できない。

4、市街地上空ー普天間基地に市街地でない空間ありますか??????
 「住宅地上空は飛ばない」確認書は、2006年4月7日、V字2本滑走路で当時の額賀防衛長官、島袋名護市長が交わした文書で、それが5月1日のロード・マップ(日米合意最終合意)となるのです。昨日も書きましたが、ロード・マップに風穴開ける闘い、小さなようでアセス過程で日米合意縺れに縺れさせて行くことになるのです。(いずれ触れます)

 沖縄タイムス18日一面
無題
 (末尾に添付)
新聞を読むー見出しを見て・・・・
  「結語」を読んで、論理を読む

 私は新聞読むととき、見出し見て、結語読み、全体を検証する。特に治療の朝読めませんから。
 「低空訓練は原則訓練場」-実態は原則より米軍運用優先である。普天間の訓練は少ないと見せるためだ。
 「結語」は「『人的要因が大きい』と結論つけたこと踏まえ、操縦士の教育・訓練の徹底を盛り込む。」である。激しい訓練と自由あな訓練を認めたものだ。「完全に規制すること困難」(政府筋)パネッタは「安全な運用」と念を入れる。

図3
 (高江ーマイナス15mを低空訓練?)

5図
 (高江ー誰がみても150m?,向こうの山は海抜約300m、N1約150m?N1丘で撮影)

関連記事

タイムス
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-09-17_39099
新報
低空飛行150メートル制限 日米防衛相会談2012年9月18日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-197020-storytopic-3.html
 
2012年9月18日 18時32分
日米合同委員会 オスプレイ安全対策協議あす合意か
http://www.qab.co.jp/news/2012091838052.html

近況非日常
 普通の人には日常だが、娘夫婦、孫、プリンちゃん(イヌ)と家族ぐるみで来ている。私のことをテルジー先生と呼んだのは定年退職前のクラスの生徒、学級新聞は「テルジーの気まぐれ日記」それ以来、我が家ではテルジーなのだ。娘夫婦、私が元気の間に孫娘と、と思ってのことであろう。
花火・近くの動物公園(ネオパーク)散歩と結構忙しいのだ。

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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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