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森本来沖拒否ーまず県民的規模で普天間基地ゲート座り込み


 昨日、第2信で動画ニュースで県民の動き紹介。
  森本ペンタゴン「代官」来沖
   オスプレイ配備通告に
     知事・首長は会談拒否を


 われわれ沖縄の歴史から
   森本来沖拒否はできる

 1960年6月19日アイゼンハワー米大統領来沖、完全武装と銃剣警護のなか民政府・琉球政府(現沖縄県庁)に入る。沖縄県民は県庁包囲して大統領脱出不能に追い込んだ。この日、わたし高校2年、国頭村からバスで4時間かけて参加。「祖国復帰を願う高校生の会」の「アイゼンハワーを・・われわれの叫びの中に迎えよう!」のビラに誘われた。完全武装の銃剣にも恐れない行動であった。

 伊江島「陳情規定」(非暴力主義)は「軍を恐れず・・法規にとらわれず」と団結したときの行動を示す。

 今は、「森本を県庁にいれるな!」だ。

 今度は県庁に入れない力示す時だ。日米政府に「民族の屈辱」の力行使する。

 1965年8月18日、佐藤栄作総理来沖、宿泊地東急ホテル(現琉球新報社横)の軍用道路1号線(現国道58号ー新都心)を数万の県民が6時間占拠、首相は基地内の迎賓館に逃げた。
 「民衆が信じ合い、力を確かめ、決意を新たに」(復帰闘争碑文)

 普天間基地での「9・9」の力
  復帰闘争に学び、具体的行動を構築しよう。
 まずは、ゲート座り込みを提起する。
 下記「宝の海」に復帰前の闘い記録
http://teruo024.blog47.fc2.com/blog-date-20120312.html
ゲート前座り込み
 県民的規模で構築しよう

2ecc1bcd4fba71b25925b7c0a69d4873.jpg

 
(チョイさん沖縄日記よりー21日普天間大山ゲート?)

 そもそも「オートローテーション」-なんだバー
  飛行機は滑空
    ヘリはオートローテーション

 エンジン停止か、出力低下、ペラ回転不能になったときの着陸を指す。
飛行機(例C-130)は片方のペラが故障でもグライダーのように滑空着陸である。
 ヘリはペラ停止状態で、速度ゼロで着陸する。普天間やその他の基地で訓練されている。
無題2
 (琉球新報21日一面)

 国防省と防衛省
 「シミューレーターによる訓練で着陸時の速度時速「130km」
 レックス・リボロ氏
  「ヘリは時速0km」「速度が速ければ助かる可能性は低くなる」
 この論争に決着つける方法
   ヘリのようにオートローテーションの映像公開

 宜野湾高校在職、社会科の準備室の東、普天間基地、ヘリ上昇してホバリング、エンジン停止、下降し、森で見えなくなるとものすごいエンジン音、幾度も見ている。時速0km。リボロ氏が正しい。オスプレイをエンジン停止させて、動画映像公開すれば決着がつく問題だ。

事実がないから、国防省、防衛省示せるはずがない。

無題3
 (琉球新報2面)
 防衛省説明と
  リボロ氏見解

 防衛省「飛行マニアルで滑空またはオートローテーションの2通り」

 リボロ氏「非常に危険なため実機訓練禁止されている」

  滑空とは飛行機で時速130km着陸寸前に90度のヘリにする事不可能、自動車でいえばブレーキとサイドブレーキ同時に操作するのと同じ、ハンドル制御不能になり、激突。
 リボロ氏と防衛省説明の機体状況の違いは、着陸前、オスプレイが水平飛行前に重心と揚力が不安定(防衛省)になっていることが制御不能に陥っていること、自己証明している。

 中部(ハンセン・シュワブ)、北部訓練所(高江)の狭い着陸帯などでは、どうなる。

無題4
  (琉球新報2面)



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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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