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人権と民主主義の危機ーされど石は投げない



 民主主義の危機
日本政府の人権麻痺症候群

 アセス訴訟陳述(2月1日)、裁判長から基地問題についていつからかかわったか質問受けた。
 「小学校5年でアメリカ民主主義と決別した」と答えた。1955年9月の由美子ちゃん暴行殺人事件に関連してであった。
 作日の琉球新報社説は、仲井眞知事が「アメリカ民主主義」を問い、アメリカ民主主義を問うている。
 沖縄41自治体、県議会が辺野古「ノー」、オスプレイ「ノー」の民意を確立、知事はじめ全首長も同様である。アメリカは「報復国家」であって、二重基準(ダブルスタンダード)である。力で民主主義を抑圧し、そして、犯す。戦後史の世界を観ればわかる単純なことである。
 それ以上に、日本の政府(民主・自公)は、民主主義を欠落している。レイプを「事故」というとんでもない日本語使う政府で、国家としての誇りも感じられない。
 森本ペンタゴン「代官」、やっと、日本の国語辞典開いたようだ。でも、「言葉の使い方が適当ではなかった(タイムス24日3面)と、やはり、日本語知らないようだ。森本には人間尊厳の感覚無く、軍がすべてだ。
 沖縄の戦後史は、民主主義・人権獲得の歴史である。この17年、地方自治、民主主義的諸々の機間含めて民意も、手続き的民主主義を確立し「主権的」民主主義を確立してきたと言える。
 日本の人権・民主主義の前途は沖縄県民の闘いが担うかもしれない。
 NHKの米兵乱暴7件報道
 女性団体質問状、県警は127件、NHKは政府とぐるになって居るか。

日本ナショナリズムが内向きになっているとき、大胆な沖縄外交が始まった。
 仲井真知事
  「石を投げたりしない」

 沖縄タイムス1面、仲井真知事は国務省・国防相で「石を投げたりしない、一方的にこちらが傷付けられている」「兵士やその家族に失礼なことを記憶にない」と基地置く資格ないという。
 16年前、わたしも国防省、国務省で同様な発言をしている。

 私の発言

 また、なぜ沖縄はアメリカの軍事プレゼンスに反対するのかの質問に対しては、次のように大胆に発言したと記憶している。

 「あなた方は、独立戦争の頃、パトリック・ヘンリー『代表権なくして課税なし』をスローガンにし、さらに独立宣言で明確にしてイギリスと血を流し独立を勝ち取り、アメリカ民主主義を発展させてきた。沖縄戦期にアメリカは沖縄県民を収容所に押し込め、日本攻撃基地を築き、単独占領に入ったが、これは国際法に違反する行為であった。その後サンフランシスコ条約・日米安保条約・今日問題になっている地位協定などの条約締結に、沖縄県民は、あなた方と日本政府に代表権を奪われたばかりか、議会において発言する機会も与えられなかった。これらの条約は、日米両政府・両議会が勝手に締結・批准したものである。アメリカが建国期に享有した民主主義・抵抗権・基本的人権の諸々の権利、子どもや女性を大切にする人間愛を沖縄県民も享有することは、アメリカの歴史が指し示していることである。
 さらに申し上げると、戦後50年沖縄県民はあなた方の軍と兵士に数百名が殺され、レイプ・強盗など、数えきれない被害を受けてきた。沖縄県民があなた方の国民を殺害し、レイプした事実があるなら示してほしいとともに、その逆であったらアメリカ政府と国民は、どのような態度をとるでしょうか。

 沖縄県民の心を示すものとして、皆さんに差し上げている私のレポートに、アメリカに兵士に銃剣を突き付けられ、土地を奪われるなかで、兵士に捧げた歌を紹介している。その歌をお読みになられたら、沖縄県民の抵抗が人間性・道徳性において広い心を持っていること、「命どぅ宝」の沖縄の生き方が理解できると思う。

 私は高校の教師です。アメリカのすばらしい民主主義の歴史、豊かな国民性を教え、『善き隣人』でありたいと願っていますが、沖縄で米軍の野蛮な行為に目をつぶることは、アメリカの独立宣言を教える私にとって犯罪を犯すことになると考える。私たちは、現在の安保条約を破棄して、新しい『日米平和友好条約』が必要だと考えています。私のレポートに日本の高校生が作った『日米平和友好条約案』をメッセージとして掲載しています。『善き隣人』であるためには、沖縄でさまざまな犯罪を重ね、アメリカの尊厳を傷つけている海兵隊を撤退させることです
  (「辺野古非暴力の前史」(96年9月11日)『愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心1』より

 報復的アメリカと
  対米従属の日本政府に対して
 名護市長選挙、民主党政権は「斟酌しない」と「宣言」した。アメリカは嘉手納の基地強化、普天間の強化、オスプレイ強行配備と軍事的力の政策を強行、米兵暴行事件で「遺憾」や「謝罪」を繰り返しているが・・・
 民主主義的な意思表明が拒絶される時、私はアメリカ占領期から学ぶのだが、米軍はオフリミツ政策として「水攻めの沖縄」で脅しをかけてきた。

外出令はその政策の一つだが、沖縄は占領期の沖縄ではない。アメリカが教えてきた歴史を、反面教師として、米軍基地への水道、電気などすべてを供給しないことを選択すべきだ。エローカード、レッドカードがダメなら、シオマネキをシンボルすべきだ。基地の封鎖、全基地の返還、フエンス「切る」を世界に宣言するときは、そう、遠くはない。

IMG.jpg
(琉球新報24)
タイ8F61~1
タイB723~1
 (沖縄タイムス14)
高江情報
http://takae.ti-da.net/

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-198447-storytopic-11.html
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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