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ありがとうー千尋さんー「泥」の中にあって

内村千尋さんからのメッセージ 
 「不屈」のカメさん
 千尋さんから母フミさんの100歳を祝ったパンフが送られてきたことは、昨日の日記に記した。旦那さんの内村君とは琉球大学生協運動で結ばれた。瀬長亀次郎さんの次女である。
 『瀬長亀次郎日記ー不屈』(琉球新報)をまとめ上げ、沖縄戦後史を豊かにした。2000日辺野古集会の写真も同封されていた。
 「宝の海」を貫く記録はカメさんの「不屈」とオジー(阿波根昌鴻)の「愚直」である。
 今の私にとって、何よりもうれしいメッセージであった。
 カメさん、オジーとの出会いを回想した。


IMG_0007_20091115205029.jpg
  (私が料理した伊勢海老のお汁を飲みながら)
オジーの非暴力を
   辺野古の闘いに受け継ぐ
 オジーとの出会いは1964年8月、朝まで伊江島川平公民館の庭で議論した。1973年から家庭訪問で、港の前のお店でよくであった。でも、伊江島に関心を持ち始めていた。
 しばらく、伊江島を訪問することはなかった。1990年代に那覇の学校に勤務、家庭訪問で再び伊江島、「沖縄の太陽碑」、大江健三郎の「沖縄ノート」の古堅宗健碑などに出会い、週に1度の割合で伊江島、教え子が「別荘?」を提供『沖縄の太陽物語」(1995年7月)出版する。
 9月、沖縄が動いた。
オジーから平和の文化(紛争の平和的解決、非暴力主義)を身につけた。

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 (オジー100歳、2001年3月3日、国連平和の文化宣言シンボルマーク張り付けた。この時期、沖縄愛楽園ハンセン病の学習が主要な授業のテーマ、伊江島野外学習は好きな生徒と共に行い、「啄木と沖縄」をまとめていた。)

  カメさんの素敵な笑顔
    長男はもう30歳
 1970年代末の写真と思う。名護ブセナビーチ、私の長男とカメさん、もう、30年になるか。確か衆議院選挙のカメさんリーフレットに使用された。

IMG_0009_20091115205058.jpg

日米政府と沖縄の闘いを見る目「非理法権天」と「5本の指」の思想
闘いの力は「不屈」の持続

 (星空休み)

(続きー今日の新聞はどんな動きするか) 
岡田外相来沖目的は
  島袋市長激励か???
 まず、今日の沖縄の新聞一面を見よう。


001_20091116114630.jpg

 辺野古ありきが鮮明に
   岡田・島袋会談
 岡田・石破はそろって来沖、岡田が嘉手納、シュワブを訪問・視察するのはわかる。日米首脳会談「迅速」めぐっても、意味不明の発言、内閣不一致といわれるのは05年の陸上・浅瀬案で日米喧嘩「劇場」と似ている。「県外困難視」「狭き道」など、閣僚級会議が05年より実務的にも低いレベルである。オバマの「ハイレベル」は「低レベル」である。このクラスでの作業はロードマップ(工程表)の修正で2014年完成の枠取り払い、辺野古への誘導とみるべきであろう。
 
嘉手納統合案の岡田が島袋に会う必要はない、激励とみるべきで、市長選挙への軍資金も持って来たと推測される。(闇の権力は岡田と石破に何らかの仕掛けをしていると推測する)
   民主党沖縄県連は稲嶺支持
   民主連立政権は島袋支持に動いたとみるのは早計か
   実に面白い構図ではありませんか。
   岡田が島袋に会う緊急性は「県外ありき」を確認する以外ない。
 キャンベルとともに米軍再編成にかかわったローレンスは「一つの基地が国民の目」にさらされたと反省しているが、辺野古体験(海上視察)など観光ルートになってきた。
 「目」は「行動」になる
  
辺野古に行けば「安保」の従属的日本が見える。
  辺野古に行けば「対等・平等の日米外交の明日が見える」
辺野古に行けば「東アジア共同体構想の道が見える」

名護市民・沖縄県民の総反撃が
岡田は争点隠しに、争点浮上させた。
  岡田さん、「愚直」と「不屈」の沖縄の歴史甘く見るな
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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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