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18日第2信、エクアドル通信(07年3月)


世界平和フォーラムから
 国際外国軍隊撤去国際ネットワーク結成総会


 昨日は世界フォーラムに触れた。07年はエクアドル外国軍隊基地撤去国際ネットワーク結成に参加した。カンパした沖縄平和委員会には毎日FAXを送ってお礼とし、帰国後資料で報告を行った。辺野古の闘いと自然の写真CDは150枚配った。
 
 「宝の海」の資料編として掲載する。

エクアドル通信 NO1 3月6日 エクアドル キト市アメリカの<怯え>
4日、4時30分、成田を発つ。4日夜11時、キト市ヒルトンホテル着(時差)、アトランタの入国管理で時間を食い、走る、おまけに、ゲート変更でまた走る。アメリカの<怯え>を体験、飛行機1時間遅れた。
 5日朝7:30から行動開始、カトリック大学で開会集会、平和委員会のブース設営、写真入りの横断幕(90cm×5m)は大会のシンボルになる。写真集、チラシは約20キロ、空気薄く息切れする。開会総会に参加、イヤーホンでブースでも聞こえるので、ビラ配り、写真説明、中南米の青年たちと話をする。参加者、学生に勤めてビラを配り、校内を歩くと挨拶する人も出る。ビラをもらうとき「ありがとう」と声を出す。
 キト市長が世界遺産の旧市街地を案内する連絡で日程変更、ガイドは女子警官、スペインの街並み、サン・フランシスコ教会で歓迎式、アルハンブラ宮殿庭園に似たミニ庭で歓迎会、先住民の舞踊あり、スペイン植民地時代の、インディォの血の叫びが聞こえてくる、教会と街並み。夕食が出ると聞いていたが出たのは牛肉のつまみであった。ホテルのレストランで遅い夕食。環境分科会での発言翌日になった。初めて、英語のスピーチ、スペインの通訳迷った。新婦人の平野国際部長を苦労させた。恥じも、次の発展への肥やしだ。平野さんありがとう。
設立大会の議論
分科会後、戦略会議に入り、全体会、分科会と繰り返す。外国軍隊基地撤去ネットワークの基本論議である。ラテンアメリカからは「帝国主義・グローバリズム反対」、EUからはNATOと自国軍隊、太平洋(グアム、ハワイ)の「独立」の問題など多様であった。中東からは参加がないが問題指摘、ここでの一致点を求める。全体会、分科会機会を見つけて、沖縄の現状を報告した。
 第二は、組織論である。世界の運動体の中軸(連合体)、協議体(緩やかなネットワーク)とするか。運動体でマンタ、キューバの」グアンタモナ基地を焦点に当てて国際的闘う。ブッシュとチャべスが南米外交の中、南米の帝国主義論など理解はできる。04年の世界社会フォーラムからの発展の到達問題、ネットワークが社会フォーラム化する焦点がぼける。世界平和フォーラムでは消極姿勢であった反省を生かして積極的に発言の機会を獲得した。
 私は辺野古の闘いに触れ、新基地作らさない1点で団結、安保を認める組織も、認めない組織も、現在ある基地を認める団体も「新たな基地は作らさない」で団結し、不一致点はそれぞれの団体の行動を保障する協議体である。多様性に満ちた世界の現状の中で、反基地の方針のもと、自国、地域の問題を結合して、主体的行動と支援、連帯を強めること「内政干渉的」な方針ではなく、それぞれの地域、自国の実践を高め共有し、共同の輪を作ることではないか。辺野古には国際的なNGO、個人が支援してくれた、私たちは「完全非暴力」の方針の承認を求めて共同している。10時。
エクアドル通信 NO2
高山病と時差
 空気が薄く、舌がまわりにくい。息が順調でないために舌が滑らかでない。(後で知る、安次富は腹痛と頭痛で午後はホテル、マンタで知るのだが睡眠が浅く早起き)、朝の定期便がやっと来た。時差と高原(2800)でのコントロールに気を使っている。キト市長の市内観光と交流会で小分科会での発言、朝一番になった。英語でやった。(NO1)資料とする。

外国軍隊撤去国際大会  基地と環境分科会発言 英文添付
 私は極東最大の米軍基地の島、沖縄から来ました。発言の機会を与えて下さって感謝します。
まず、最初に、この大会の開催と成功のために奮闘したエクアドル人民にお礼を申し上げます。
私は沖縄県民と米軍基地の歴史の資料をお配りしています。
 現在、私はアメリカ海兵隊新軍事空港建設を阻止する闘いの責任団体「ヘリ基地反対協議会」代表の一人として闘っています。1996年、日米政府は世界一危険な普天間基地を移設を、沖縄県名護市辺野古の海に海上ヘリポート(1500M)を押し付けて来ました。
 私たち名護市民は市民の共闘組織「ヘリ基地反対協議会」を結成、「大切なことは市民みんなで決めよう」と市民投票を成功させ海上基地を拒否した。
 しかし、日米政府は市民投票を無視、2600Mの巨大海上基地を押し付けてきた。辺野古の老人たちは「命を賭けても阻止する」と、闘争小屋を建設して座り込みは10年になります。
 04年4月、日米政府は巨大海上建設に乗り出した。私たちの阻止行動は陸上・海上でも非暴力を貫き、日米政府に巨大海上基地を諦めさせた。しかし、闘いは終わりません。
 日米政府は日米軍事同盟強化のために、海兵隊基地と海上に2本の滑走路(1800M)を持つ新しい基地を押し付けてきました。新しい基地は、軍港、弾薬庫、演習地を統合、日米軍隊の共用「悪魔の要塞出撃基地」の機能を持ち、アジアと世界にとって脅威の基地になります。私たちは被害者になることも、加害者になることも拒否します。私たちは3度目の勝利を目指す決意です。
 私に与えられた課題は米軍基地と環境の問題です。私は04年4月に高校教師を定年退職しました。私は生徒に21世紀に生きる人類が築く地球を①平和の文化を築く共同、②地球保全と生物多様性の地球を保育することだと教えてきました。
 沖縄諸島は、熱帯・亜熱帯、照葉樹林が複合した生物多様性に満ち溢れた自然を形成しています。島はサンゴ礁とラグーンに取り囲まれ、海のシンボルはジュゴンとウミガメです(写真)、海の恋人である森は稀少生物の宝庫で「東洋のガラパゴス」とも呼ばれます。世界自然遺産候補ですが米軍基地の存在が登録の障害になっています。森の希少生物のシンボルはヤンバルクイナ、ノグチゲラなどです。悪魔の要塞基地建設はこの生態系を破壊します。IUCNはジュゴン、ノグチゲラの保護と保護区を日米両政府に2度勧告していますが無視しています。
 アメリカの「生物多様性センター」(NGO)は、ジュゴン、ノグチゲラ保護の「自然の権利」裁判を行なっています。ブッシュ大統領と安倍首相は地球の敵です。私は平和の文化、生物多様性の保育の視点からも新基地建設を阻止します。外国軍隊に反対する世界人民は一つで結ばれた。エクアドル大会は、私たち勇気と新しい武器を与えた。
環境分科会 発言要旨
A Report From Henoko, Okinawa
Teruo Onishi
Co-Chair-Conference Opposing Heliport Construction (Japan)
Dear chairperson,
Dear friends,

I came here from Okinawa, the island of the biggest US base in the Far East Asia.
Thank you very much for granting this precious opportunity of greeting you.
First of all I would like to praise and thank you, the people of Ecuador, for your marvelous contribution of preparing and successfully holding this international conference.
I have distributed among you some of our historical documents on Okinawan people and the US bases in Okinawa.
At present I am waging our struggle as a representative of "The Conference Opposing Heliport Construction" which takes the charge of preventing the construction of a new military airport for the US Marines.
In 1996 the Japanese and the US Governments agreed to remove the Hutenma Air base, the most dangerous airport in the world.
And they planned to relocate it by forcibly constructing a new off-shore heliport with a 1500m runway in the sea area of Henoko, Nago City.
Then we, citizens of Nago City, organized the Conference Opposing Heliport Construction as a united civil organization and rejected this off-shore heliport by successfully concluding a referendum stressing that any important decisions must be done in consensus by all the citizens.
But the Japanese Government, totally neglecting this referendum, constantly tried to construct a giant off-shore air base with a 2600m runway.
Aged people in Henoko declared, "We must prevent this plan by our lives" and since then have been sitting there in a small struggle house for 10 years.
In April, 2004, the two Governments of Japan and the US actually started the construction of this giant off-shore air base.
Our consistent activity against the construction on land and in the sea without violence made them abandon the construction of this giant off-shore base. But our struggle did not come to the end.

The Japanese Government again put forward a new base with two 1800m runways in the US Marines base and in the sea to strengthen the Japan-US military alliance.
The new base will be composed of a military seaport, ammunition dumps, and a drill site. Thus it will function as a "devil's fortress and assault base", a threatening base toward Asia and the world, and it will be used by both Japanese forces and the US troops.
We refuse to be either a victim or a assailant. So we are determined to achieve another victory in this struggle.
The task destined to me is to deal with the problems of the US military bases and environment.
I retired from a high school as a teacher in April, 2004. At school I had always taught my students that the humankind living in the 21st Century is to build an earth based on (1) the unity for constructing peace and (2) preservation of the earth and maintaining multitude of the life.
Okinawa islands constitute a special natural formation rich in its multitude of the life as a complex of the tropical and subtropical zones with wood forests of shining leaves. The islands are surrounded with coral reefs and lagoons.
What symbolize the sea are dugongs and turtles like in the photo. Forests which are natural partners of the sea are also abundant in rare species.
So this area is called a "Galapagos in the Orient". The area is nominated as a candidate for the Natural heritage of the World, but the existence of the US bases is the true obstacle for its official registration.
Symbols of the rare species in the forests are rare birds of "yanbarukuina (Gallirallus okinawae)", "noguchigera (Sapheopipo noguchii)", and others. The construction of the devil's fortress base will not fail in destroying this ecosystem.
IUCN has twice advised the Japanese Government to protect dugongs and "noguchigera" and to establish preservation areas for them, but has been neglected.
"The Center for Multitude of the Life" an NGO in the US is raising the case before the justice in the name of a suit of "rights for the nature". President Bush and Prime Minister Abe are both enemies to the earth.
We have prepared CDs for you to protect dugongs and "noguchigera". Now I can present you with CDs like this.

We are going to prevent the construction of this new base from the view point of the culture of peace and of preservation of the multitude of the life.

Now world people against foreign military bases have been united here.
And this Conference in Ecuador is providing new courage and a new weapon to us.

Thank you very much.
組織論
 二日目の議論は、どのような組織にするかである。簡単に表現すれば連合体にするか。協議体にするかである。この問題は国際的運動体にとって、きわめて重要な問題である。
 最初の発言者(EU)は連合体を主張してきた。私は論争を見守った。それぞれの国、地域の運動の多様性を読み取ることにした。連合体を提案しながら地域の多様な運動に触れたりする矛盾を読む。日本平和委員会は川田氏が緩やかなネットワークと共同を説く、強力な運動体、運動方針を持つべきだとの意見の中には協議体は力にならないとする意見があった。国内の組織でも違いがあった。これらの議論の中で、世界各地の平和運動の姿が見えてくる。日本平和委員会の参加者は、米軍再編成(世界的には大きな情勢分析になってない)の日本各地での実践と民衆、自治体ぐるみの運動と到達点から、国際的組織も同様であろうと強調された。全体会、分科会、全体会と連続する。午後には各地の「映画」などの上映も平行して行なわれ、平良、安次富が「海に座る」の上映、高里が女性の分科会で発言、私は全体会、分科会で勤めて発言をし、沖縄を語った。
共同と統一
 私は、ヘリ基地反対協は緩やかな協議体であること、新しい基地を作らさない一致点での統一と行動である。既存基地に反対する組織も既存の基地に賛成する組織も加盟して、市民投票を成功させ、日本各地から加盟団体でない多くの組織、個人が参加、平和、環境、宗教団体、アメリカからはブッシュの教会も参加して、世界最強の二つの政府に断念させる。私たちはこの闘いに責任を負う組織として主体性を重視した。不一致点は提起した加盟団体独自の実践課題として保障している。国際組織も同様であろう。私たちの周りにいる多くの団体、個人との共同の輪を広げてゆく第一歩が今日だと思います。多くの方々が沖縄について述べていることに感謝します。沖縄の闘いは共同と統一を闘いの命としています。
平和の文化
 高山病の兆候現れる。舌が縺れる。頭はボーとする。行動が鈍る。午後、予定されていた平和の文化の小分科会と組織論が一つになった小分科会が開かれた。日本では平和の文化という概念をあまり使用しない。(森田俊男氏らが「平和の文化社」で活動)
 世界的には、バンクーバー平和フォーラムでも自治体の首長たちから頻繁に出る国連の「平和の文化宣言」である。キト市長の代理挨拶にも幾度も出てきた言葉である。南米の「平和の文化」のNGOから日本も「平和の文化」のNGOを立ち上げたいと相談された。国学院教授の君島氏(国際法律家協会)が窓口になるから協力を求められる。
 午後の分科会で沖縄の非暴力について、司会の了解(時間確保)を得て、阿波根、瀬長、沖縄の歴史体験と沖縄的「平和の文化」について話をする。
 自由討議の成果
 外国軍隊基地撤去会議は時間無制限のさまざまな会議を経て、結成宣言草案が、全体会議で一部修正を加えて文書になって生まれた。全員が立って拍手の嵐で承認された。自由討議という長い陣間の中の「安産」である。さらに、討議のなかでの成果で、世界各地に関する特別決議が提案された。日本と太平洋地域の特別決議は閉会周集会で行われる。
 明日は、南米最大の米軍基地マンタに向けて、キャラバンだ通常二倍の時間(14時間)かけて、会議は地域の人々の前に姿を現わす。ブッシュが南米訪問、世界女性デーの日だ。私はこれらの行事の中で発言の機会を与えられている。日本から送った原稿に「世界は一つ」は宣言に「われわれの正義と平和への闘いは結ばれた」と結実した。エクアドルの青年たち、各地の参加者たちの交流から「世界は一つに結ばれた、エクアドルと沖縄は平和を作る兄弟となった」「エクアドルの青年の目は輝いている。男性の目は理性的で楽天的、女性の瞳は情熱的で、エクアドルの豊な明日を生み出す宝だ」など、大きな修正をせざるを得ない、通訳の皆さん寝させないことになるか。日本平和委員会(日本)の草の根の運動は、国際運動のすすむべき道に貢献した。
   キトにて 3月7日
エクアドル通信 NO3 山の街キトから海の街マンタへ

国際女性デー マッチの燃え方が違う。3月8日、晴天、国際女性デーである。朝7時出発にあわせホテルを6時45分に出る。指定の公園にバス3台、誰も来てない。日本平和委員会バスに荷物を乗せる。昼食が保障されないので、ホテルのバイキングからパン2個、バナナをもらう。バス停にパン屋があるのでパンと水を追加、キューバA・A・ALの幹部たちが来たので名刺交換と記念撮影、大会では日本と同じような発言をしていた。出発は9時となった。沖縄だ。
 高原の険しい頂きに住宅やマンションが空に伸びる。日本平和大会に参加した方(現通信省政務次官)、美しく魅惑的な瞳の女性二人、赤旗記者、滝本氏が後座席に座った。8台のキャラバン、パトカーが誘導、後ろからは救急車、コレア大統領になって変化したこと警官、高速料金と政務次官は説明した。川田氏がコレア大統領に招待を受けタクシーで後から来る予定。果てしなく広がる高原は山の頂上まで牧草、走ること約1時間トイレタイム、雲海が山を消して襲ってくる、男どもは草原に向かって消防活動。
 高原を降る。数百メートルの断崖の谷底、木はない、降るにしたがって部分的に熱帯樹林の面影が残るが険しい頂上まで草である。断崖に家があり山羊の姿。低い高原も果てしなく草原化して熱帯雨林の面影はない。住宅地は見えないが人と馬が見える。低地に入るとバナナのプランテイション。集積所がいくつもあり、トラックが満載して行く、村は高床式竹で囲った簡単住宅、先住民の家だ。衛生状況が悪いことは人目でわかる貧しさ。穀物はトーモロコシ以外に見えない。
 4時、小さな(街)で国際女性集会、私の挨拶が予定されている。町は祭りになった。日本でも女性デーあるのと聞いてみた。あいさつ原稿は日本から送ってあったので平野女史と、雰囲気に合わせて訂正する(帰国に完成)、夜8時、マンタ近くの街で国際女性デー、バンド付きで喧騒、馬で戦士が入場、乱舞だ。挨拶は平和委員会の女性3人、ここで安次富氏らのバス行方不明。バスで熟睡、目を覚ますと暗闇のバス、降りて集会所らしきところに向かうが突然停電(2回目)で、道路に一人立つ、恐怖が体を流れる。バスに引き返す。11時30分ホテル着、夕食なし、深い眠りに入る。キトでは睡眠が浅く3時には目を覚ましていた。空気の濃さが睡眠を呼ぶのだ。
 閉会行事と地獄のマンタ行進
 9日、朝7:30、行動開始、閉会集会、残ったビラ500枚、平和委員会ビラも織り込み、マンタ実行委員会が配ってくれた。コレア大統領代理、マンタ市長が挨拶、09年のマンタ基地期限に再契約しない挨拶に、シュプレイコールの熱狂的な嵐、EU,LA,太平洋アジアなど多くの国の挨拶が保障された。沖縄は6人全員が上がり、平良と安次富が挨拶、コラソン女史が最後に大西さん、日本流の「頑張ろう」で締めろと言う。閉会会場をバックにアメリカのメディアの取材を受ける。日テレと連携していて録画の音に通訳不要、ブッシュの南米訪問の目的はと質問されたので「ウオーター・ゴールド」などの資源確保、コロンビアとエクアドル国境での紛争については「平和的対話の南米の流れ」のなかで解決に向かうでしょう。ブッシュについては「地球の敵」と答えた。アジア太平洋、日本に関する特別決議がなされた。(別紙)
 昼食は港の見えるレストラン、別別の料理を取り、突きあった。マンタ行進の前にべネジェーラ国営放送の取材を受ける。ところが、行進が出発していて、やっと、キトからのバスを見つけて、走った。大会横断幕を持てという、平良、高里、大西が持った。大会中の発言で外国代表も沖縄に触れることがおおくなっていた。その反映を現地実行委員会は配慮した。しかし、残ったビラ50枚、写真を撮りながら配った。遅れた。屋根で音楽隊のバスなどが後方から来る。声をかけられる。てっきり、写真を撮れとのことだと思っていたら、バスは満員だが、屋根に梯子がつき荷物台になっていた。大丈夫だからバスの屋根に上がれであった。一人屋根を独占した。
 夜9時、現地実行委員会とマンタビーチで夕食、先住民の権利擁護を支援しているグループのライブの音楽つきだ。マンタは若く知的で女性は魅惑的、20台の弁護士たちが中心で大会のあらゆる間面で司会をしていた。最後に、みんなで乱舞した。

エクアドル通信 NO4 設立大会宣言草案、追伸

追記
トランシーバーをつけて、平和委員会ブースでエクアドルの若者、大学生、参加者を呼び込んで、写真集などで会話をする。絵は言葉の違いを越えて、心の言葉が生まれる。ブラジルのブースとは「沖縄・ブラジルハウス」と名前をつけ、兄弟と呼び合った。青年の目が生きている。
 日本平和委員会の通訳スタッフは英語、スペイン語とすごい働きだ。恐ろしい働きをしている。このようなスタッフを持ったネットワークは多くはないであろう。実感。

日本関する特別決議

沖縄にも エクアドルにも米軍基地は要らない(市民集会挨拶)
            ヘリ基地反対協議会  大西 照雄
(こんにちは)
国際女性デーおめでとうございます。
 新自由主義に反対、米軍基地の撤去をめざすエクアドル国民に連帯の挨拶を送ります。
私は太平洋の西に浮かぶ沖縄列島から来ました。

 沖縄県の中心沖縄島は、東西約10km、南北約120kmの小さな島で120万人が住んでいます。沖縄県は東洋最大の米軍基地集中、米軍の出撃基地となっています。沖縄諸島は熱帯・亜熱帯、温帯が複合した、サンゴ礁とラグーンに囲まれた自然豊な島です。エクアドルの美しい自然に例えて「東洋のガラパゴス」と呼ばれています。

私は1943年、沖縄で生まれ育ちました。沖縄は第二次世界大戦、日米最後の地上戦が行なわれ、米軍は沖縄県民を収容所に押し込め、土地を強奪して沖縄を米軍基地の島にしました。私の60年余の人生は米軍基地との闘いの歴史であります。

私は高校教師の道を歩み、アメリカの軍事植民地支配に抵抗する青年の教育に情熱を注いできました。
エクアドルに来ての第一の感想は、大会の成功のために多くの青年が参加して大会の運営の中心にいることです。男性の目は楽天的で理性に輝き、女性の瞳は情熱的に深く澄み、美しいく輝いている。この輝く青年の目はエクアドルの明日の社会を築く宝だ。
沖縄米軍基地は、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争と世界の人民を殺戮する出撃基地です。私たちは被害者にも加害者にもなることを拒否し「基地も核もない平和な島沖縄」をめざし、闘い続けています。

現在、私は沖縄県名護市辺野古の海を埋め立て、海兵隊新航空基地建設反対の闘いの責任者の一人です。
1996年、日米政府は名護市辺野古に海上基地(1500M)を押し付けて着ました。私たち名護市民は市民共闘組織「ヘリ基地反対協議会」を結成し、市民投票で拒否しました。
日米両政府は、今度は、2600Mの巨大海兵隊航空基地を押し付けて着ました。私たち名護市民と沖縄県民は、建設現場にテントムラを建設して座り込み、建設の強行には船やカヌーで抵抗して、05年9月、中止させ、廃案になりました。私たちの闘いは完全非暴力の実力阻止闘争です。この闘いには日本中から環境団体、平和団体、自然と平和を愛する人々が参加しました。世界的にはグリーンピースの「虹の戦士号」も駆けつけるなど世界的な闘いになっています。
ラテンアメリカで広がる新自由主義反対、アメリカの覇権主義に反対する人民の闘いは、私たちの闘いに勇気と力を与えました。
昨年6月、カナダで開催された世界平和フォーラムで、エクアドルの代表にエクアドル人民の戦いの発展を希望し、外国軍隊基地撤去での再会を約束しました。
コレアレア大統領を誕生させ熱気に満ちたこの集会に参加、挨拶の機会を得て、海を越え、皆さんと結ばれたことを誇りに思います。
沖縄とエクアドルの自然は似ています。この美しい自然と平和を破壊するブッシュは地球の敵です。

日米政府は米海兵隊基地と海を埋め立て、二本の滑走路を持ち、軍港、弾薬庫を持つ「悪魔の要塞出撃基地」を押し付けてきています。私たちは3度目の勝利を確信しています。
エクアドル人民とラテンアメリカの新自由主義反対、経済主権獲得のうねりは人民の共同は、わたしたちの財産となっています。沖縄の闘いも、アジア人民の共同に向けて新しい仕事に向かいます。このエクアドルの大会は、各国におけるアメリカの基地撤去の戦いを、「世界は一つ」に結びました。
私たちは平和と社会発展の築く兄弟となった。

エクアドルにも、沖縄にも、世界のどこにも米軍基地はいらない。沖縄県民はジュゴンの棲む海に、新航空基地は絶対に作らさない。
私たちは勝利に向かって結ばれた。
ありがとうございました。

エクアドル通信 NO5
大久保 殿
 最後通信 飛行機でメモしたのをおくります。(A41枚にまとめた)

マンタから成田へ(帰国の飛行機で)
プランテーション
 マンタでタラソン女史(大会の重要な役割)と朝食会をしてバスでグアヤキル空港に向かう。他の参加者は夜行バスに乗ってキトから乗り継ぐようだ。街を出ると乾燥トロピカル(サバンナ)で土がむき出ている。来るときの状況と変わる。トックリキワタが樹立、低木がせめている。沖縄に持ちこまれた花も少なくない。先住民の自給自足的集落が点在する。高原に上るにしたがって、植物群も多様になり、マンゴー、インディカ米、トーモロコシの果てしない経営が見える。コーヒー、チョコなどの栽培もガイドは自慢していたが、判明がつかない。多様性に富んだ国だと実感する。
走った、語った、友を得た
 アトランタ空港で走った。会議は駅伝、バスは何時間も走った。バンクーバー国際平和フォーラムでエクアドル大会の成功を呼びかけたことを思い出した。(『歴史と実践』沖縄県歴史教育者協議会)
 結成宣言は外国軍隊撤去の一致点で合意され、EU,LA,太平洋地域、日本に関する特別決議が採択された。多様性に満ちた世界の現状が反映された。南アメリカではブッシュとチャべスの両大統領が訪問外交の中であった。沖縄を幾度か語った。ビラを配り、パネルで説明、多くの友を得た。バスの中で隣に座った方は日本平和大会(神奈川)に参加(現通信省政務次官)、赤旗記者、マンタの魅惑的女性二人(弁護士、事件相談)で意気投合、ブースのブラジルの記者とは兄弟となった。幾つかの国の取材も受けた。
 デモは約10キロ、ベネゼ-ラ国営放送の取材中にデモは出発、見失った。キトからのバスを見つけて走った。追いついた。大会の横断幕を持てという。高里、平良、大西が持った。だが、撮影とビラ配りを重視して離れた。フランス式デモは交差点で座り一斉に走り出す。地獄の行進は果てしなく続き遅れる。足を引きずっているとバスから声がかかる。最初は写真を撮れと勘違いした。マンタ基地でやっと理解できて「バスの屋根に乗れ」であった。別のバスの音楽隊が笑った。バスは互いに併走して車の屋根の交流となった。
マンタの夜の交流会
 マンタは美人の街と聞いていた。実感した。ビーチのレストランで交流会、先住民の権利のため闘っているバンド付きでエクアドルの歌が流れる。集まったマンタの人々は若い、日本は老人(?)、対照的だ。キト、閉会集会などで司会をしていた人たちだ。通訳の平野女史の同時通訳で打ち解けた。最後は、エクアドルの曲に合わせてカチャーシでまず、私が踊った。乱舞になった。別れを惜しんだ。キトから語った魅惑的で知的な女性にカリユシウエアーを着せた。CDは5枚残っていた。
 翌朝、タラソン女史は、マンタの闘いは浅く若い、日本との交流を示唆した。私は別のことを考えていた。日本の若者が狭いナショナリズムに陥っている。南米の若者たちは平和の文化を身につけて、自国経済の主権と南アメリカの共同をめざして、新しい息吹がある。帰国すると仲井真知事が尖閣列島上陸、世界の潮流は平和の文化だ。
帰国後のホームページから
昨年6月のバンクーバー世界平和フォーラムに参加さえてもらった。エクアドルの外国軍隊基地撤去大会の参加を呼びかけた。多くの方々のカンパでエクアドルへの参加ができた。大会の中で発言できる場所では最大限に発言した。ビラも配った。CDはコレア大統領にも届いた。
アメリカの世界支配の形態は地域によって多様であることも知った。多様な意見が表明された。外国軍隊基地撤去で一致点を確認し、各地域の特別決議が採択された。EU,ラテンアメリカ、太平洋、日本などアメリカの世界戦略に応じた決議である。
今大会の重鎮、コラソン女史(比国)と出国の朝、朝食会を日本平和委員会代表団と持った。また、小分科会でアメリカの参加者に対して、「沖縄はアメリカ行動の計画もある。アメリカのNGOは外国の代表をサポートできますか」と質問した。小分科会では返事はなかったが、ガーソン氏から通訳をとうして温かく迎える返事があった。アメリカのガーソン氏とはアメリカ行動もありえるのでアメリカ行動の提起者安次富浩を紹介した。
帰国前日の夜、マンタ(米軍基地の街)で地元の人たちと夕食会を持った。若い知的に輝き大会の司会者たちで、あまりの若さに驚いた。コラソン女史は、①マンタの闘いは浅く若い、日本の運動に呼んで欲しい。②日本は外国軍隊基地撤去ネットワークに現場で闘っている方を送って欲しい、言語の問題はなんとかすると述べた。鈍感を自認している私でも、これは沖縄(私)への挑戦だ。女史は、大会中、私の出番に最大の配慮をしてくれ、この大会の司会を担ったマンタの知的で魅惑女性たちとバスを同行させた。
米軍基地撤去の国際的ネットワークは結成された。私(われわれ)は、新基地の闘いに、国際的友好の課題を背負った。私(たち)は、エクアドルの友を沖縄に招待する課題を托された。どの発言者も沖縄を口にしていた。私たちの責務が見えてきた。

エクアドルへのビラその1
   日本文
エクアドルビラ草案(表)A3 白黒
  核も基地もない平和な沖縄をめざして
   米軍事植民地支配と沖縄県民60年の闘い
第二次世界大戦と米軍基地
 沖縄諸島は西太平洋に浮かぶ亜熱帯と熱帯が重なる島々、アジア最大の米軍基地の島。第二次世界大戦に日米の最後の地上戦が戦われ、日米約24万人が犠牲になり、最大の犠牲は住民であった。米軍は①日本軍の殲滅、②捕虜と住民を収容所に押し込め(戦後2年間)③米軍基地の島を建設した。現在の沖縄の米軍基地9割は沖縄戦の中でつくられ、1950年の朝鮮戦争の出撃基地となった。
          写真 「鉄の防風」「収容所」「嘉手納B52」
 
軍事植民地支配と人権侵害
 1951年、サンフランシスコ平和条約は、沖縄を日本から分断してアメリカ大統領の行政命令で軍事植民地にした。米軍は布令・布告で政治的権利、人権を抑圧、再び沖縄県民の土地を強奪して極東最大の総合出撃基地を完成させ、太平洋の軍事拠点とした。米軍の事件、事故の続発(殺人、女性及び幼女レイプ殺人、強盗、放火に轢殺)と無法を極めた。演習などによる降下訓練圧殺事故、流弾、原野火災、騒音、環境汚染はいまでも深刻である。
             写真 石川宮森小学校墜落事件
沖縄県民の闘い
 沖縄県民は人間の尊厳のために米軍と闘った。1960年は「植民地解放宣言」の年、沖縄県民は軍事植民地と闘う「祖国復帰協議会」の民族統一戦線を結成する。A・A・AL人民は平和条約発効日の4月28日を国際的沖縄返還デーと決定(1963年モシ宣言)し沖縄県民を励ました。
 1960年代初頭に始まったベトナム戦争では、嘉手納空軍基地からB52戦略爆撃機がベトナム全土を焼き尽くした。米海兵隊は沖縄基地からベトナムに上陸、ベトナム民族根絶作戦に従事、あらゆる犯罪を犯し、国際法廷で裁かれた。
 沖縄県民はベトナム戦争反対、日本国憲法への復帰、政治的自由、人権獲得、「核も基地もない平和な沖縄」をめざしゼネストを含めて闘った。沖縄県民は1972年5月、日本国憲法への復帰を勝ち取る。
 だが、しかし、日米安保条約で米軍基地は存続、沖縄県民の願いは踏みにじられた。
      写真 B52、コザ騒動、2.4ゼネスト

  エクアドルビラ草稿 裏
 沖縄県民は米軍再編成
  悪魔の要塞基地を拒否する
在日米軍専用基地75%が集中する沖縄
 安保条約の下で、沖縄には在日米軍専用基地の75%(米軍基地34施設)が集中することになります。米軍の事故・事件は米軍植民地時代と変わらず、軍事演習は激化、アメリカ追従の日本政府は沖縄を政治的に差別する。
     事件・事故統計概要
 1995年9月、米海兵隊3人による少女暴行事件が起り、沖縄県民の積もり積もった怒りが爆発、大規模な県民大会に発展する。日米政府は沖縄県民の怒りを抑えるために世界一危険な海兵隊航空基地普天間返還を発表した。しかし、県民の負担軽減と抑止力の名目で基地機能の強化と永久基地建設が狙いで、沖縄県内名護市辺野古海域への移設が条件であった。
       写真、CDより
名護市民は
  住民自治と非暴力の闘いで2度勝利する
 1997年12月21日、名護市民は市民の共闘組織「ヘリ基地反対協議会」を結成、「大切なことはみんなで決めよう」のスローガンで市民投票を成功させ普天間辺野古移設を拒否する。沖縄県民も名護市辺野古への新基地建設を許さないために「基地に県内移設に反対する協議会」を結成、国民的闘いに発展する。
 しかし、日米政府はサンゴとラグーンを埋め立てる巨大軍事空港(2700M)を押し付けてきた。日本国民は名護市民を中心に完全非暴力の阻止闘争と国内外の世論を結合させた闘いで廃案にさせる。名護市民は2度目の勝利を実現、「ヘリ基地反対協議」は完全非暴力を貫き、米軍再編成に闘う日本全国の重要な役割を担っている。
  (10年間の闘いのCD(英文)を各国の代表にさし上げます)
   写真、軍民共用とV型
日米同盟の暴走を許すな
 「悪魔の要塞基地」を阻止するために
安倍内閣は日米同盟の強化のために、日本の平和憲法を改悪して、自衛隊が米軍とともに戦争ができる国を目指しています。日米政府は米軍再編成の名で、今度は、「悪魔の要塞基地」を押し付けてきました。
           写真シュワブの役割とサンゴ
 基地建設予定地の森と海は「東洋のガラパゴス」よばれ、森では新しい希少生物が発見され、海にはウミガメ、ジュゴンが棲み、希少生物の宝庫です。私たちは3度目の勝利を目指す戦略を持っています。その一つは、米軍基地と闘うアジアの友人はもちろん、世界の人々と手をとり連帯と共同を広げることです。私たちの闘いには韓国の平和団体、グリンピース、アメリカ生物多様性センターはじめ多くの国の人々が参加しました。英国BBCはじめ韓国、ベルギーなど国外メディアも取材しています。世界は一つと全世界が共同と連帯を、エクアドル人民に心から感謝します。
 (沖縄は日米政府の軍事植民地ではない。アメリカの新自由主義と覇権主義反対)
           ヘリ基地反対協議会代表委員 大西照雄
エクアドルビラ その2
   WWFJ 声明文 英語版 スペイン語版省略
Statement against the Construction of the Futenma Replacement Facility in the Habitat of the Threatened Okinawan Dugongs

May 12, 2006

by

WWF Japan

On May 1, 2006, the Governments of Japan and the United States jointly issued the document, “United States-Japan Roadmap for Realignment Implementation.” The document contained a new plan (the New Coastal Plan) to construct the Futenma Replacement Facility (FRF), which includes two runways, in the coastal area of Camp Schwab in Nago City, Okinawa. The coastal area of Camp Schwab encompasses the waters of Henoko and Oura Bay, which are critical habitats for the Okinawan dugongs. The construction and subsequent utilization of the FRF, if carried out, will have tremendous impacts on the dugongs and their habitat, potentially driving the dugongs to extinction.

In Japan, the dugongs primarily live on the eastern coast of Okinawa Island. Their area of distribution is limited; their population is extremely small and isolated; they are “threatened to extinction.” WWF Japan therefore strongly opposes the construction of the FRF in the said area and urges the Governments of Japan and the United State to withdraw the New Coastal Plan. WWF Japan also urges the Government of Japan to draw up an action plan and establish a protected area for the conservation of the dugongs in accordance with the IUCN recommendations adopted in Amman in 2000 and in Bangkok in 2004.

It is clear that the attempts by the Government of Japan to construct the FRF in the habitat of the dugongs have failed to materialize due to the strong opposition and dedicated protests by local people and environmental groups all over the world.

In 1996, the Governments of Japan and the US agreed upon the plan to construct the FRF in the Henoko area in order to relocate the Futenma Air Station, the “most dangerous military airport in the world” from the densely populated center of Ginowan City. In 1997, the Government of Japan proposed the construction of a “Sea-Based Facility (SBF) (1500m x 700m) off the shore of Henoko. The SBF was to be constructed by using either the Pontoon Type method or the Pile Supported Pier Type method. In December 1997, this plan was opposed by the people of Nago City through a citizens’ referendum, and it was also later rejected by then Governor of Okinawa.

In July 2000, the Government of Japan proposed another construction plan; the construction of a “Military-Civilian Airport” (2500m x 730m) off the shore of Henoko. This plan required massive landfill atop the coral reefs and the seagrass beds. This plan has also been strongly opposed by local and non-local people including those who have engaged in sit-in protests and by environmental groups whose international efforts include those of the IUCN recommendations. As a result, this plan has virtually been halted.

In October 2005, the Governments of Japan and the US began presenting alternative construction plans for the FRF in the coastal area of Camp Schwab. In April 2006, Mayor of Nago City agreed upon the New Coastal Plan, which includes the construction of two 1800m runways, proposed by the Japan Defense Agency. The New Coastal Plan was then incorporated into the “United States-Japan Roadmap for Realignment Implementation” presented on May 1, 2006. According to recent public polls conducted by both Okinawa Times and Ryukyu Shimpo, however, about 70% of the people of Okinawa are against the New Coastal Plan.

The New Coastal Plan requires landfilling of both the coral reef shallows in the waters of Henoko and the seafloor slopes in Oura Bay. To start with, environmental impact assessment will be conducted for 3 years, and then the proceeding landfilling will take 5 years. The completion of the construction of the FRF is set for 2014. After the construction of the FRF, military training exercises using helicopters, vertical/short takeoff and landing air-craft Ospreys, and fixed-wing aircrafts will be conducted from the FRF. Moreover, it has been noted that there is the possibility of the construction of a pier for military ships in conjuncture with the FRF in Oura Bay. If the New Coastal Plan is carried out, direct threats from the construction of the FRF and subsequent threats from military training with aircrafts and movements of ships will be insistently imposed upon the environment and the dugongs.

The waters of Henoko are characterized by their coral reef shallows. The shallows are an important habitat for seagrass and “dugong trenches” have been found in the seagrass beds. Landfilling of the shallows means the destruction of the seagrass beds and the feeding grounds for the dugongs. Changes in local currents created by such landfilling will impose negative impacts on the seagrass beds and the coral reefs.

Oura Bay is characterized by its varying depths of water and its diverse underwater topography including coral reefs, seagrass beds, sand deposit, and mud deposits. Oura Bay provides an excellent and unique habitat for many marine spices and is an important site for local fishery. Developed coral reefs lie at the mouth of Oura Bay and the local current flows between Oura Bay and Henoko through the underwater trenches. The New Coastal Plan requires landfilling of a large portion of these underwater trenches, which will cause changes in the current and subsequently changes in the movement and deposition of sediments. These changes will accumulatively impose negative impacts on the seagrass beds and coral reefs. The entire area of Oura Bay will certainly be affected by the extent of these impacts.

When and if the FRF is constructed in the said area, military training exercises will be conducted from the FRF. Noise from the operation of military aircrafts may create additional stress for the dugongs. Pollutants from the FRF may be discharge into the sea, exacerbating the environment. The deterioration of their habitat and additional stress from the utilization of the FRF will potentially threaten the future of the dugongs in Japan.

It is imperative that both scientific and objective environmental impact assessment (EIA) is conducted to assess the impacts on the dugongs and the environment from the construction and utilization of the FRF. Unfortunately, the present Japanese system of EIA does not require the plan to include a zero option (no construction alternative). It also lacks logic and ethic. It is in fact a mere process of giving permission for the plan to proceed. It is therefore difficult to expect meaningful outcomes from the present Japanese system of EIA.

Considering the points stated above, WWF Japan strongly opposes the construction of the FRF in the coastal area of Camp Schwab, which encompasses the waters of Henoko and Oura Bay. WWF Japan urges the Governments of Japan and the US to withdraw the New Coastal Plan. WWF Japan also urges the Government of Japan to draw up an action plan and establish a protected area for the conservation of the dugongs in accordance with the IUCN recommendations.


For further information, please contact:
Shin-ichi Hanawa
Senior Officer
Conservation
WWF Japan
3-1-14 Shiba
Minato-Ku, Tokyo
Japan 105-0014
TEL.03-3769-1713
FAX.03-3769-1717
hanawa@wwf.or.jp
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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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