スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

テント村の原点(3)-2010年は総合的闘い

 辺野古の闘いの原点 テント村座り込み
   12月31日 5083日

 2010年 平和の文化・生物多様性の年
 
座り込み100日日記(3)
 (辺野古の闘いの原点)

 学びの宝庫テント村
  テント村はいつ来るかも解らない防衛施設局と作業者、あるいは、基地防衛隊=沖縄県警機動隊の導入に、緊張の連続であると同時に、退屈な世界です。そのなかにあっても、琉球民謡のサンシンとおどり、ミュージシャン達のミニ音楽が開かれ和やかなそよ風が吹き抜けます。A高校の父母会が時々アンコ入りのカキコウリを振る舞いテント村に涼を運んできます。
  テント村では、参加者たちの小講座が開催されます。講座の内容は多彩で、やんばるの希少生物、海岸線の生物、イラク戦争体験談、民俗学、環境アセスメント、文学などなどつきません。テント村の意義と歴史は毎日行われ、学びと知識の泉とも言えます。那覇防衛施設局との論争は、沖縄の歴史、環境アセスメント、沖縄の人生観、基地と平和など、あるときは那覇防衛施設局への教育でもあるといえます。山内徳信さんは1609年の島津侵略から始まり現代まで1時間以上「講義」を行います。これらの講座は電波でテント村のラジオに生中継されますから学びと教育の場とも言えます。何よりも、責任者と参加者たちが共通の闘いの共有があるといえます。


IMG_0004_20091228212054.jpg
 整然と座り込み(04年8月)

  特に、若い人々には戦後の沖縄県民の歴史が体験者たちの生の歴史に接し、年配者たちは自己の歴史を振り返る機会ともなっています。沖縄には「年の功は甕の功」という訓話があります。泡盛は甕に寝かすと、年とともに芳醇な香りを漂わせ、琥珀色の美しい色艶、からだとこころに感動をよぶ風味が満たされます。テント村は確実に若者たちの生きた学びの学園へと、輝きあふれる兆しが着実に歩みはじめています。


  与謝野晶子は沖縄の青年群像を「南に嶋にうまれでてその烈しきものを」と詠いました。日本政府の構造的沖縄差別は、沖縄の青年の烈しき心を呼び覚ましつつあるのです。
  
国際的交流の生きた世界
  100日の座り込み、ただ整然と座り込むテント村、今のテント村に移った5月上旬頃は、漁港入り口の柵、門扉がないために午前6時に現場に出勤する毎日でした。コンビニでオニギリや冷やしソバを買い、埋め立ての新しい堤防で食事をしていると、村人の朝の散歩に会い「おはようございます」の挨拶を交わします。
  「おいしい空気ですねー」
  「だからよー、どうして、基地作るでしょうネー」
  「水平線が消えてしまいますヨ」
  「政府が決めたことも止められるんですねー」
 などの会話が続きます。ある人は足で「反対」とかいて行くのです。辺野古の村は行政委員会が最高意志決定機関、総会は形式的なもので、政府は「ボス政治」的制度を利用して地元の合意と言っているのです。しかし、村人のなかに確実に「山」が動くの感触が芽生えつつある姿が見えてきました。
  県議選挙告示日、琉球新報世論調査は移設賛成が7パーセントに落ち、移設反対が60パーセントを超え、新しい風が吹き始めました。金武町の都市型訓練反対闘争もゲート前での抗議行動に発展しています。
私は東京で首都圏の闘いとして「海上基地反対、ボーリング阻止」の一致点で防衛庁、環境省などへの抗議行動を提起、一坪反戦関東ブロックを中心に行動が開始され、さまざまな団体が行動をはじめ、共同の行動もうまれ始めています。
  環境影響評価法の方法書には1000余の意見が提出され、方法書の学びと行為の蓄積は評価書などの環境アセスメントの闘いに大きな力となるでありましょう。
アメリカでのジュゴン裁判は8月4日開かれ、原告東恩納琢磨、土田武信、弁護士新垣勉氏が参加します。アメリカでは環境NGO「生物多様性センター」が全面的にかかわり、海上基地建設にアメリカ政府の関与が争点になり、関与が認定されると本裁判が始まります。


IMG_0008_20091228212302.jpg
  生物多様性の大浦湾・辺野古の調査もNGO ,市民団体

  2月、「生物多様性センター」スタッフ及び弁護士は「名護市民は国防省と対等に闘っている、信じられないことだ」と述べましたが、いま、少しずつ実感します。
昨年9月からジュゴン監視団は公害調停、関係当局との交渉、方法書対策、座り込み支援に加えて、6月下旬から始まる国際サンゴ学会に向けてブース設営、特別テナント、辺野古ツアー、ジュゴンパンフ作成など行ってきました。
各国の国際サンゴ学会参加者約80人がテント村に足を運び、海に出て、無人島長島に渡り、サンゴとジュゴンの棲む海を体験しました。「生物多様センター」のスタッフのみなさんは、やんばるの山で一晩キャンプをするとともに、会場では各国の参加者にツアーへの参加、沖縄のサンゴ・ジュゴンを守る署名を行い、参加者の半数を超える署名(約800)を行いました。最終日にはテント村で夜遅くまで外国代表との交流会が開かれました。
ヘリ基地反対協議会とジュゴン監視団は、11月タイの首都バンコクで開かれる国際自然保護連合の総会に参加、日本政府の国際保護動物ジュゴン保護の消極性について告発する準備を進めています。すでに、県内のいくつかの環境団体が前回のアンマン会議を上回る代表団の派遣準備を進めて、ジュゴン保護基金は私に参加の打診をしています。

IMG_0005_20091228212137.jpg
 沖縄国際大学にヘリ墜落(8月13日)

絶えがたき矛盾に勝つ力
私が定年に入るに合わせるように、那覇防衛施設局は潜水調査、ボーリング調査に着手、辺野古出勤が始まった。私は普段から服装身なりに無頓着、車も作業車で、沖縄県庁もヤギの草を積んで地下の駐車上に入ろうとしたら、係りが「どうしたのですか」と聞くから「百姓は県庁に来てはならないのですか」と応えていました。
現職の頃は、生活の切り替えが大切と勤務が終わると畑を耕し野菜を自給、堆肥はヤギの有機肥料、朝夕、野菜やヤギと話をすると頭が空白になり、血圧も安定、市民活動も苦になりません。
職場や教え子たちの定年プレゼントはカリユシウエアー、その心は、沖縄県や名護市、那覇防衛施設局との交渉にきちんとした姿勢で望みなさいとの願いが込められています。
政府は名護市民投票の民意無視、「地方自治は民主主義の学校」の原則を投げ捨て、また、沖縄県、名護市も市民自治、住民参加の大切な原則を意識的になげすて、市民との面談、対話を拒否し、行政委員会のみに説明会を行っています。
那覇防衛施設局の会場基地建設計画は、安全保障、対米従属外交、方法書にも見られるように、秘密主義、民主主義否定、構造的政治的沖縄差別に貫かれ、沖縄県民との間に耐えがたき矛盾を拡大再生産してゆきます。
稲嶺知事・岸本市長らの「軍民共用空港」「15年使用問題」、「7つの受け入れ条件」および「使用協定」は在沖米軍の本質が破綻させる宿命的矛盾を抱え、21世紀的世界の潮流(前述)の洗礼を受けるでありましょう。
それは、すでに、衆議院選挙、沖縄県会議員選挙で矛盾の拡大が表面に出て、参議院選挙で糸数慶子氏が9万5千票の差で圧勝しました。糸数氏は選挙前、選挙中もテント村の座り込みを行っています。
この選挙中、私は2度東京に呼ばれ次のように訴えています。

IMG_0009_20091228212112.jpg
テント村長から海の責任者へ(9月)


「環境アセスメントをめぐる闘いは3~4年かかり、知恵の闘いになります。皆さんに日本科学者会議沖縄支部の方法書に対する意見書をお渡ししています。私はこれが一番すぐれた意見書と思っています。この基地の姿がどんな否定的な世界をつくるのか、何が書かれていて、何が書かれてないか。何を目的とするのか。学習を深めていただきたい。方法書の理性的で科学的認識は次の段階の礎になります。建設まで15年と言われる過程にはいろいろな段階があります。それぞれの節目、節目に精一杯闘う、その過程で建設中止に追い込み勝利の美酒を味わうことができるかも知れません。」
IMG_0010_20091228212204.jpg
 24時間海の闘いへ
  右翼か正体不明のゴムボート(24時間威圧)


「首都圏には、沖縄への思いを持っている多くの人々がいます。私どもは東京で活動することができませんが、東京での闘いは大きな意味を持ってきます。沖縄の文化を愛する世界が広がっています。環境団体も、平和団体・市民団体も一緒になれる闘いです。社民系もいれば共産党系も、ノンポリ系もひとつの力になって、新基地は作らせない・ボーリング調査をさせない一致点で、首都における「5本の指」の生き方で行動してほしいと思うのです。」

「沖縄では参議院選挙に向けていろいろな過程がありました。日本政府の構造的政治差別に、全野党の共闘が大切と糸数慶子氏を統一候補と確定しました。これは、座りこみをしている私たちにとって、大きな力です。あの強引な小泉首相ですら住民の了解を大事にと言わざるを得ません。糸数さんは、普天間の辺野古移設反対を最大の政策に掲げていますから、勝利しなければなりません。負けたら、大変です。選挙が終わったら機動隊導入で、私どもは留置所行きです。しかし、糸数さんは勝ち、新しい政治情勢が生まれ、私どもの闘いは有利に展開できると思うのです。」
「皆さん、厳しい闘いですが、戦争するための東洋最大の機能を備えた基地を辺野古に作らせない、ジュゴンの棲む豊かな海を守るために、首都の皆さんは防衛庁や環境省に「5本の指」で行動を起こしていただきたいと思うのです。」

IMG_0006_20091228212220.jpg
 ボーリング櫓撤去(9月2日)、軍民共用空港頓挫

マグマ爆発寸前
テント村を設営して夏休みを迎えるある日の八時ごろ、学校に登校する生徒たちの姿を見て、自分が教師であったことに気がつき、毎日、6時に家を出て、登校する姿を見たことがなかったのです。
この間、沖縄県議選挙、方法書の意見書提出の組織化、国際サンゴ学会、参議院選挙,と大きな動きのなかで大好きな魚釣りも、毎日、海に座っていても(テント村は埋め立て地で登記上は公有水面)出られる状況ではありません。
しかし、辺野古移設・SACO見直し、伊波宜野湾市長の訪米と反響が沖縄県民の世論が大きく動きはじめ、稲嶺知事の「現実的対応」は「非現実的対応」の代名詞になって来ました。
この変化のなか、那覇防衛施設局は、私たちが求めていた説明会を一貫して否定し、名護市当局及び名護市議会も否定しましたが、説明会開催を示唆しています。すでに、方法書の意見提出終了後は、ボーリング説明会は時効に入ったと現場では防衛施設局に通告しています。なぜなら、環境アセスメント方法書の意見書全面公開、準備書面の段階に入り、各段階の対応があるのです。
この段階で名護市及び市議会が説明会に同意することは、自己否定、政府の奴隷としての姿が浮き彫りになり、混迷を深めさせる責任を負います。なぜなら、名護市は住民説明会拒否、議会も住民説明会意見書否決を行っているのです。
キャンプシュワーブの演習はイラク混迷を反映し、水陸両用戦車、ゴムボート上陸訓練が烈しくなってきて、テント村は臨時の撮影会場に変わります。空では、嘉手納や普天間の航空機の飛来、韓国配備のA10、三沢配備のF16戦闘機、アメリカ艦隊のF18戦闘機も日常化し、KC135空中給油機は一日中旋回し始めた。辺野古に海上基地ができたら、すさまじい光景が展開されます。名護市の末松助役は「海上基地だから安全」と断言しますが、那覇防衛施設局同様、マグマが沖縄の地下で煮えたぎっていることを知らない。(04年8月初旬記)

IMG_0007_20091228212241.jpg
  新たな米軍再編成の闘いへ
    世界平和フォーラム(06年カナダバンクーバー)
       辺野古の闘い、生物多様性CD作成
    国際反基地ネットワーク結成へ(07年3月、エクアドル)
    反NATOイベント(09年4月フランス、ストラスブルグ)
       辺野古の闘い、生物多様性CD配布
    準備書の闘いへ
 名護市長選挙の闘いへ

 (今朝、7時 今年の配布ビラ完了)
  正月から街頭宣伝へ

(続きー高江テント村年末情報)
高江も座り込み2年半余
  年末で訪問

連立政権ー今日はどこ案 ?? 毎日くるくる回り出す。お付き合いできません。


N1テントにSさん訪問
 国頭に母を見舞い、安波ダムを回り、高江に、差し入れはラッキョウ、テントでカップラーメンで昼食する。ラッキョウは太陽の恵みさえあれば大地で増え続ける。栄養がなくてもテイーダが命だ。増えるのみ。


001_20091230180038.jpg
 (Sさんのキャンピグホテル?)
 N4で新しい青年が読書をしている。
  今日(30日)は朝から雨が降り、温かいが明日の大みそかは寒い予想が出ている。
 南国沖縄の山風は冷え寒いのだ。北海道の人が寒いという。隙間風がテントの中を直撃
 正月の初日は
 辺野古テント村で
 どうぞ


002_20091230180053.jpg
新聞「赤旗」12月30日
 国民と県民は、新基地計画を拒否する

IMG_0001_20091230204057.jpg
 新聞「赤旗」12月30日
   米軍・米兵は凶悪化

IMG_0002_20091230204109.jpg
(正月ー朝日放送辺野古日の出全国放映・日の出7時15分)

 おせち料理の差し入れあり

スポンサーサイト

非公開コメント

プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。