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安保と恫喝ー辺野古の海から見える世界

アメリカを「恫喝」せよ

テント村にも
  寒波が押し寄せた
 4日は、雲一つない初夏の陽気、今日は一転して空は冷たい雲が、寒い一日でした。
 朝から訪問者が絶えません。
 ニュースによると平野官房長官が8・9・10と沖縄訪問、下地島・伊江島に普天間の一部移転、当の昔に議論された問題で、また、沖縄を混乱させる。小沢の辺野古「きれい」には新たな野望が・・・・。今後の小沢の発言、国民新党の動き、福島社民党の発言容認を分析する必要がある。下地幹郎が大きく絡み、くるくる変わりながら利権が目の前にぶら下がった。ゼネコン内部の新しい争いか? いい加減にしたらと思うが。気になる。ラムズフェルドの「きれい」とは異なる。平野がシュワブでなにを言うかで見えてくるであろう。

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  (受付にサインする訪問者9:20)
 テント村火鉢で
  お餅を焼いて
 テントの中を冷たい風が吹き抜ける。北海道からの訪問に来た夫婦、寒い寒いと言う。
 炭を燃やし、お餅を焼く、沖縄料理の差し入れも豊富だ。
 サマーベットに寝袋に体を包み
   沖縄タイムス連載「安保条約改定50年」
   琉球新報連載「呪縛の行方」
   赤旗連載「従属の同盟」
 など、読む。保守陣営でも安保議論、今年は確実に起こる。むしろ、保守陣営の中で起こるかも知れない。アジア社会で日本が生きてゆく上で求められていることである。すでに、経済的にも輸出産業でも対米比重は弱まっている。
 
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  (お餅が焼けました)
  アメリカを「恫喝」せよ
   学者も主張始めたー佐藤学論文(けーし風)
 連立政権がゲーツの恫喝に怯え、「日米合意重し」と政策後退させて以来、「宝の海」は次のことを幾度か書いてきた。
 
 その一つは、多国間条約であるサンフランシスコ条約下でも、日米政府の合意で沖縄返還ができたこと。日米の条約でもない閣僚間合意は、政権間で変えることができる。条約より日米合意は軽い。二つの政府とも政権が変わった。なおさら。
 
 二つ目は、思いやり予算などの凍結で日本政府がアメリカを「恫喝」すべきで、辺野古の現場から明確に見える。
 沖縄国際大学佐藤学教授は、季刊『けーし風』(2009・12)「米国の今」で次のように書いている。
  「今、オバマの米国こそを、日本政府が『恫喝』すべき時なのである」
 
 国民は日本が米国の「従属国家」「属国」であると指摘される海外論調に敏感になり始めている。嘉手納町長のように「安保改定」を口にすべき時代に来ている。

三つ目は、ジャーナリズムが日米安保の「呪縛」から抜け出ることである。アジア社会はTACおよび経済的にも、日米安保と無縁な道を歩んでいる。今、ジャーナリズムが日米同盟絶対論、抑止論、仮想敵論から抜け出せない。海兵隊賛美論であり、今年は保守陣営、極端なナショナリストの中でも安保条約は廃止など議論になるであろう。
 辺野古海からシュワブ基地見ていると予感がする。あまりにも・・・・・。


009_20100105173852.jpg
  (テント村授業ー赤が大西、寒いのだ。)
 (続きー名護市長選挙)
ヤンメームン名護市長選挙情報

 告示前に最大の力点は総決起大会成功
  沖縄は一つ、知事選挙並みに


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(なごなぐ雑記に「誘致派の歴史」あり参考に紹介)
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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