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比嘉鉄也氏の歪んだ「ヤマト人」論ーあえて言う

  比嘉鉄也の「ヤマトンチュー」攻撃
   観光産業に大きなマイナス

 平和ガイドと
  名護宿泊呼びかけーリピーターたちの支援
 1月30日から名護さくら祭りです。名護グスクがメーインです。桜を堪能しながら、沖縄の民衆の歴史にも触れる。
 私は平和ガイドを復帰の年から行い、ガイドブックなどの執筆も行って来た。名護市民ですか当然、名護に宿泊するよう要請します。
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 (桜見、「白い煙・黒い煙」碑に立って沖縄近代史を学ぼう『啄木と沖縄』大西著より)。

 医療関係の団体は2月ごとに60人から80人、名護のホテルに宿泊し、私が講演、そして交流会を行います。もう、20回になりますから1200人、伊江島、海洋博、愛楽園、やんばるの森と海、など含めると少しは貢献していると思います。
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(沖縄の原風景の残る屋部の集落で、公民館から屋部小までを散歩して見てください。沖縄の文化にも触れることができます)

  こよなく名護に魅せられたリピーター
   比嘉鉄也はお客と見ないのか
 稲嶺ススムの応援に全国からきています。誇りに思います。名護の講演でお会いした人たち少なくありません。
 比嘉鉄也氏はこれらの人たちを攻撃し始めました。ヤマトゼネコン・防衛省職員を大動員したのは比嘉鉄也氏ではありませんか。ゼネコン・政府機関をお客とする比嘉鉄也氏「お客」観は、普通のお客は名護市に宿泊する必要がないというのでしょうか。

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 (医療関係大分県の女性に屋部の美しい浜に、渡久地修県会議員、少年のころ、屋部川・山で遊んだ話をマイクで話した)

 名護を訪れ、名護に思いを寄せて北は北海道からきてくださる。名護に棲みたいと思う人たち、やんばるの自然は将来、沖縄観光のメッカになる可能性を秘めています。私は日本全国で講演に呼ばれます。世界自然遺産に登録されるであろうやんばるを、海外にも行きます。常に、やんばるの写真(CD)を持って話します。
 比嘉鉄也氏の選挙戦略の要は、期日前投票、「商工環境部会」(ホテル業)の項目がありますが、これらのホテルはゼネコン・政府機関がお客さんでしょうか。小さな街、すぐホテル名が明らかになります。普通の客は名護から利益を吸い取りません。政府機関・ゼネコンは金を吸い取ります。

 先日、基地誘致の企業家と言われるホテルに全国の法律家の皆さんのパーテイーに招かれました。さらに、2月13日には60余人が名護のホテルに泊まります。私が1時間講演します。
 この客、比嘉鉄也氏の「ヤマト人」論からは来て欲しくない対象です。
 ホテル業界に客の選別はないはずです。この異常さ、まさに「朕」。これでいいのか。

 
1995年ごろの沖縄修学旅行は100校ほど、現場に立ち、企画の相談を受けていた。これが(沖縄修学旅行)爆発し沖縄観光の引き金になる。
 今、沖縄の観光は衰退期にある。比嘉鉄也氏などの歪んだ「ヤマト人」観と無縁ではないことを観光業にいる人々は知るべきで、NPOなどの努力なくして沖縄観光の多様性に対処できない。自然や人間に対する畏敬の念が欠落、自分(仲井真知事も含む)が決めるという態度が問われている。

 名護の街で学ぶ
  街のさまざまなガイドの道
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 (名護小学校近くでは森に上って少年護郷隊碑で「高校教師最後の授業」(CD大西作成名護市平和ガイドから)

 

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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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