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普天間・高江「夏の陣へ」

岡田外相の論理へ
 鳩山首相接近
 高江説明会
  真部沖縄防衛局長直々

 学際的闘いへ
 昨日は気がつかなかったが、高江の説明会真部沖縄防衛局長がお出ましのようだ。テレビ見ていると岡田外務大臣の「辺野古ありき」「普天間居座り」に鳩山首相接近、この状況にグレグソン国防省次官補(元在沖4軍調整官)「決定を心待ちしている」と都内で歓迎、キャンベル国務省次官補が相次いで来日。
(毎日新聞電子版、読むと、米国の弱音も見えるが???)
 在日、米国人の動きも見えるようになった。
 ところが
 在京大手マスメディアは「知日派」代弁者的ですから日米同盟、アメリカの「怒り」報道であろう。
 「夏の陣」が始まると思った方がいいだろう。国内の学者陣も遅まきながら立ちあがった。沖縄タイムス文化欄に「『普天間』声明の意義―上」(2月2日)が掲載され、その中に総合的な『沖縄論』の著作、岩波書店から出版と記されている。
 自由法曹団の講演で法律家が国際法・憲法学からの提言を要請した。私は故岸本建男元市長が軍民共用空港の受け入れ(1999年12月)の際、普天間・辺野古は「学際的」共同に発展する。この力こそ勝利の保障であると説いてきた。
 平和の文化と生物多様性の共同は発展して来たが、学問的学際、ジャーナリズムの学際は弱かった。普天間・辺野古の問題で今、新たな課題は日本の民主主義の重要な側面も加わった。
 「夏の陣」に向け体力も知力も蓄えることだ。
 
学際的諸分野の動きの中で「春の陣」になる可能性も出てきた。日米同盟成熟論、深化論を説いたが矛盾が出てきて、安保条約が浮かびあがってくるのがオバマ・鳩山政権にとって困る。このおそれが日米の政府、メディアにとって危険になってきたように思える。
 急ぐ可能性否定できないように思える。

 まだ、疲労があるけど、カタガシラが庭に来た。
 人の気配に敏感。


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 ((庭のマッコウの蜜吸っているが、カメラの音に敏感、隣家の屋根へ)
ヒージャーヤーサミット(山羊小屋サミット)
   散歩、山羊は食べごろか?
 現職の頃、地主の好意で野菜を作って、堆肥は山羊を養っていた。辺野古が始まったので山羊を養うことができなくなった。山羊小屋と畑は友人が使用している。
 金曜日と土曜日は周辺の戸主が集まって、サミットが始まる。35年前に家を造った頃は20所帯、今は100所帯に小学校も出来、アパートも増えた。
 その頃、始めた模合が30年も続き会員30人、月に一回家庭持ち回り、出資金は1万円、この仲間がヒジャーヤーで毎週サミット。お酒や焼き鳥、ソーメンチャンプルーなど何でもあり。時に山羊料理も行われる。名護はこんな街、区民運動会も、朝から豚肉の御つゆ、沖縄ソバ、カレライス、奥様と子どもたちは食べるだけ、夏はビーチパテイー、秋は月見会などヒジャーヤーサミットで決める。
24の投票日もサミット、みんな集まって勝利確信して、開票前に選対事務所に、私は一人になって味わいたいので同行せず。
 予想が面白い、期日前投票6・5対4・5で島袋、投票日6対4で稲嶺、予想した。ほぼ、正確である。さて、この山羊たちの運命は・・・・。沖縄ではヤギ料理は供応罪成立。


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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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