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「青い目の人形」と日米平和友好条約

 国防省の野望
  自衛隊グワム駐留

 
グレグソン国防次官補「常設のメカニズム」
私は現場から物事を見る。新聞や評論などは検証である。
 辺野古の海では8隻の調査船が冷たい雨の中出て、白鯨1号、2号が来てジュゴンの道にカメラ設置、違法調査を行っている。メディアの日米同盟賛美を背景にグレグソン氏は「米国はグアムで自衛隊や同盟国に共同演習の機会を与え、継続的に米領に駐留させることになっている」と述べ、アジア・太平洋地域に「常設のメカニズム」作りたいという。
 ベトナム戦争の頃「アジア人同士を戦わせる」とした政策が復活した。TACにたする挑戦であり、自衛隊がアメリカの先兵の役割を担わされるのか。
 辺野古で、防衛省の動きを見ると安保条約を超えた動きが見える。グワム協定には、自衛隊の駐留は書かれていない。

明日のブログにアセスに関する記録を載せます。

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ブロッコリーの森に
  春を告げるクスノキ
 世富慶から辺野古に向かうと長い橋、左右にはクスノキが新芽を吹き出している。やがて、ブロッコリーの森は新緑の絨毯に替わる。
 現職の頃、「アムステルダムはクスノキの変わり果てた街」のタイトルで授業を構成したことがある。照葉樹林の代表的な植物である。
 大宜見村、国頭村の森にはクスノキの大樹群の林は少なくない。クスノキの葉をタマネギなどを包む網に入れ、家の中に吊るしたら、ゴキブリが見えなくなった。
 クスノキの樹液を樟脳と言う。防腐剤、防虫剤である。九州にはクスノキの大木が多い。
出島からバタビア、オランダに運ばれた。現在、化学樹脂の時代である。
 辺野古からの帰り「青い目の人形」歌った。
   青い目をしたお人形は
   アメリカ生まれのセルロイド
   日本の港へついたとき
   いっぱい涙を浮かべてた
 私の世代の幼年期は野口雨情「七つの子」などで送り、「あの街この街」で少年期、青春期は「船頭小唄」などである。
 「青い目の人形」は1921(大正10年)の作、人形の「涙」は日米友好・人間の連帯の涙である。
 現在の軍事力で沖縄を苦しめる怒りの涙ではない。クスノキの新芽に、日米安保を日米平和友好条約へ変えることが求められる。「青い目の人形」の悲劇の歴史を日米関係で今以上に「深化」させてはならない。
   
 セルドイドの原料は樟脳と小学時代学んだ。下敷きも鉛筆入れもセルロイド。擦ると、磁気派生、化学の世界学ぶ。
日本に運ばれた「青い目の人形」の歴史をインターネトで調べてみるのもいい。


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 止めなさい、基地頼みの
  設備投資
 辺野古からの帰り、名護湾に浮かぶ砂運搬船とダンプ。岸本建男市長が軍民共用空港受け入れ(1999年12月)、知人のダンプ運転手がダンプ買い換えるという。別の知人は圧送業(セメント業)に乗り出すという。那覇防衛局(現沖縄防衛局)の資料見せて、「やめろ」と助言した。
 現在のV字空港準備書を見ると、ダンプは60トン級以上、大浦湾にこの写真の数倍の砂運搬船はじめ、ケーソン敷き護岸制作フローテイング、打撃船が山のように浮かぶ光景が浮かぶ。
 もし、圧送業に知人が進んでいたら、今頃、家財産を失っていただろう。彼は名護市長選挙の勝利、ともに喜んでくれ、十数名の孫に囲まれて、質素だが優雅な生活を送って、私の忠告に感謝している。


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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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