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稲嶺ススム市長誕生

テント村座り込み2021日(21月7日)
  連日雨と風が吹き付ける
 雲が垂れこみ雨と風がテントの中に、ビニールの簾を下ろして風を防ぐ、海は白い波が立つ、05年海上闘争の頃、このような波でも未明に出港、冷える手に波しぶき、体を船に括りつけて舵を取った。
 プロ野球のキャンプ、毎日雨にたたられている。名護市が日ハムと、名護の海埋めて、ダルフィシュ球場計画したから、天が戒めの雨と言う人あり。



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 炭火の焼きとりで
  温まるーポチも
 名護羽地地域は養鶏が盛ん、卵の産みが衰えた鶏を「廃鶏」と呼ぶ。ソバやスープのダシ骨となるが、焼き鳥にすると「止められないカッパエビセン」で、みんなで食べ合うのに最高である。
 元名護市会議員の玉里勝三氏が、この気節に毎年提供する。炭は沖縄医療生協が冬に提供する。私の冷凍庫、魚釣りしなくなって、空の状態が続いている。冷凍庫2個あるから保存可能、なんでも受け付けます。
 漁師から巨大ウツボ貰たり、イカのゲソ貰って、冬場のテント村の「語り合い」の豊かな時間を過ごしている。イノシシの骨貰う時もあり、「牡丹鍋」も楽しんでいる。3月はの「牡丹鍋」冷凍庫に寝ている。


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  訪問者絶えません
    東京三鷹市のみなさん
  日米同盟「大本営」の一つ、産経新聞が新しい名護市政を「反米闘争の拠点」と規定した。沖縄県民を「反米闘争」にさせたのは「サンフランシスコ大本営」、今日の琉球新報読むと防衛省幹部「米軍とは、変化自在の組織、その都度運用でやっている」「移転先のグワムの家族住宅戸数も防衛省」はわからない。つまり、海兵隊抑止力破綻、今度は「反米と言う常套文句で挑んできた。1963年、極左が「復帰闘争は反米闘争」と批判した論理と同じ。辺野古13年の歴史や沖縄非暴力闘争の歴史など述べた。
 産経は極右と極左の矛盾に陥った。
1950年代の土地強奪、マスコミ(沖縄も含む)は書かないことで親米的、反人民党的であった。産経は反米を書くことによって対米追従の醜い姿を表に泡わした。その手法は半共産党に貫かれて「反米闘争の拠点」と煽る


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 記念写真取りました
  服装で寒さがわかります。
   寒さも暑さもーわれらの友

 (続きー長島のアジサシ(2))
 長島のアジサシ(2)
  防衛局調査の出鱈目さ 

アジサシが平和丸の上空を飛んだ。エリグロアジサシの飛翔。
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     (撮影 牧志 治 09年8月5日)
ベニアジサシの夫婦か
  長島東断崖南側―平和丸で

このトベラ、石灰岩の窪みには?
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  (島元 智 09年8月2日)

 長島の断崖から  
 人間の影に警戒
 沖縄防衛局のアセス調査準備書によると長島・平島などの営巣の個数が記載されている。前の写真は平和丸から、窪みやトベラなどの草むらで抱卵、もしくは、子育てしているのは見えない。この写真では窪みから這い出して来るアジサシが確認できる。断崖絶壁の岩に防衛局の調査隊はどのように登ったのであろう。かなりの時間がかかると思われるが、調査船確認されてない。上陸して確認できる場所は09年は激減、平島はゼロである。
 準備書の営巣数疑問が出る。
 環境省は細かい注意事項を絵で描いている。さて、環境省は?

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  (撮影 島元 智 8月2日)
 若鳥たちの飛行訓練
   島・岩・ブイなど利用する
 長島・平島・大浦湾入り口ブイ(2か所)
 8月5日、若鳥たちが翼で風を掴む風景が見られた。エリグロは頭に産毛が残っているからわかりやすいが、ベニは親と若鳥にの判明が難しい。
 写真は長島東断崖北(大浦湾側)、頂上では若鳥たちと思われるが、飛ぶ訓練をしているような風景。大浦のブイにも止まっている。断崖の切れ目にも群れている。餌取りの訓練も受けて、赤道に向けて旅立ちが始まった。
 明日は、平島沖のアジサシを見てもらいます。


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  (写真、大西 照雄、牧志 治、09年8月12日)
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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