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アジサシわかり始めたーサイパン・テニアン

辺野古アジサシわかり始めた
  繁殖地の変化は(1)
 05年、沖縄野鳥の会調査(2月10日ブログ)の際撮影された長島中央のアジサシ。長島は二つの島からなり、漁船が通過できる「海峡」があり、この場所にアジサシは群れていた。今年はゼロ。平島と長島の間は夜釣りの場所。繁殖期、電気をつけると攻撃を始める。夏の太陽の強い時は海水を体に取り込んで抱卵の岩を冷却する姿を幾度か見ている。何らかの環境要因で繁殖地の移動が起こること考えられる。


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 (撮影兼島 順子)
 一斉に休む時間帯(2)
 アジサシはウミネコに比べて、人間や動くもの音に敏感である。5月下旬に05年以降の観察を越えて居て、継続観察の必要、釣り人の増加など見られる。
 ある時間帯に全コロニーが岩に旧けする時間帯のあることも知った。太陽の位置、干満にも影響があるようだ。
体が不安なのでブログ、メールで協力者求めるが皆無。高江で写真を始めた仲本政幸さんにお願いして、彼の師匠島元智さん、ビデオカメラの比嘉さん、サンゴ調査・撮影のコンビ牧志治さんの協力を得た。


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 メミナレーチチナレー(3)
  エリグロアジサシは準絶滅危惧種、奄美大島から南の南西諸島で繁殖、10から20羽のコロニーを形成する。辺野古のエリグロのコロニーは長島西の岩群、平島沖岩西、キャンプシュワブ前岩、マナル岩の4コロニーがある。周りに岩群がある地点を好むように思われる。(若鳥の初飛行と関係するか?)


(続きー陽光に誘われて、サイパン・テニアン)


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  アジサシ休憩時間を観察チャンスに(4)
 汀間漁港から出ると、アジサシが餌取りしているか中瀬の波の上を観察、ブイ1、ブイ2をかなり離れて確認、長島東断崖のリーフ上を抜ける(日頃は通過しない)。平島岩を回り、シュワブ前の岩を過ぎて、マナル岩へ、個体数をまず掌握する。
 今度は逆に撮影中心に回る。エリグロの繁殖地は数が少ないから変化の確認はたやすい。長島の西は岩が島の周りに複雑にある。釣り人が昨夜からいた。エリグロは岩を渡りきれないと判断するのか。警戒で動かない。いじらしいというのか。巣を守っているようである。11時ごろ釣り人去った。約20羽が岩から岩に飛び、空に舞い上がった。後に平島と対比する。
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風・潮流など読んでエンジンを切る(5)
  撮影に当たっては風と潮流を読んで島や岩に平行に流れて接近する。キャンプシュワブのエリグロアジサシは常に歩哨がいて、泣き出すと窪みから次々這い出して泣き出し船を観察している。岩から遠くにアンカーを落とし岩の近くまで船を流す。目標地点に流すコツは日常魚釣りで鍛えて、なお、辺野古の海上闘争で知り尽くしているので自信がある。
陽光に誘われて
 辺野古海岸散歩


 南の風が数日前から続き、天気は不安定だが、陽光に誘われて辺野古へ散歩。辺野古の砂浜を行ったり来たり、頭の上を浜千鳥が飛ぶ。

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 テントでは當山村長が学生たちに「授業」している。 
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當山村長もこの6年では白髪が増えたが精悍さはますます力強さを感じる。
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 テントの堤防を歩くとミナミコメツキカニも陽光に誘われて這い出てきた。コメツキカニも太陽が好きだ。
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 森も最近の雨と南風で新緑が萌えはじめた。

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私は現場から物事を見る。昨日(10日)のブログにシュワブのマリナー建設からQDRと海兵隊家族リゾート書いたら、サイパン・テニアンの移設候補記事。
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 サイパン・テニアンと沖縄
 サイパン玉砕。沖縄の犠牲者は少なくない。目取真俊ブログ「海鳴りの島」に詳しい。友人の具志堅徹はサイパンの生き残り、母親の首には自決の傷跡が残っていた。妹も失った。長崎に原爆を投下したB29は帰途、伊江島で給油を行いテニアンに帰島している。
 マッカーサー将軍も厚木に降り立つ前、伊江島に降り立っている。日本史の教科書に厚木に初めて日本土を踏んだ記述した教科書見たことがある。
日本のマスメディアから沖縄が意識的に消えるのである。


(沖縄タイムス「大玄小玄」(11日)いい内容だ。
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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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