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高江情報ー小さな村の大きな闘い

緊急発信
 防衛省高江工事強行
  闘い始まるー19日の高江

 
 高江の森、まだ、冬
 高江を回る。森は、辺野古に行く二見坂のように春が来てない。状況を見ようと高江まで足を延ばす。
 米海兵隊ジャングル訓練センターの森、沖縄の「水がめ」でもある。N4で作業再開しているが、N1に向かう。
ニュースでは辺野古「陸上案」に日米政府が密かに交渉のようだが、想定内のことは、昨日、書いている。
 今、高江の状況を発信するのが重要


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 防衛省の戦術は
  陽動作戦がうまくなった。
 N1では、沖縄防衛局と住民が対峙している。車のコンクリート2個、見て陽動作戦を交えた強行と見る。このユニクには数個が載せられる。午前中のつもりが、N4に残ることにした。
 07年8月23日の攻防戦から戦術を転換してきている。沖縄防衛局から防衛省本部の作戦とみる。現場担当も否定しなかった。海兵隊日本防衛論、海兵隊抑止力論は現場まで貫かれている。


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 元高校教師3人トリオ
 元高校教師伊波義安、宮平光一が防衛省現場責任者に中止を説いている。昨日から底冷えする寒さ、寒いだろうと辺野古のテント村と同じく「廃鶏」を持って行った。闘いは食べることから始まる。節ちゃんがお汁がいいと農家から大根貰ってきて、豪華な鍋の3時休憩になった。
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 午前中、伊波さんと宮平君が頑張ったので、午後は引き取って交渉再開、長い時間は寒さで持たない、テントでお汁で暖をとり、また、再会。
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 ビデオカメラ数台配置
   弾圧体制
 闘いの場で、相手に対して名前を告げて話をする。新しい責任者なので名刺を渡すけれど受け取ってもらえなかった。前回同様ビデオ回す担当少し増えたか。
 よく、みんなに言われるのだが「どうして、大西さんは<被告>でないの?それは、闘いの前に布石をしている。今回の交通妨害罪、被告席に立たされていたら、論破の証拠は幾らでもあった。


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 N4に門とコンクリート設置
  N1は境界線に新しい縄
 日米政府を「非理法権」と規定している。それが、民主党連立政権でますます酷くなりつつある。
今日の報道でシュワブ陸上に500mの滑走路建設案出た。アセス法含めてすべての法律に縛られない姑息なもの、これが政府のやることか。法の穴を潜ること平気で政府がやる。それが沖縄政策である。
 高江、野生生物の繁殖期避けるというけれど、ヘリパット工事と道路切り離して、道路は工事に入ること平気でやると見た方がいいであろう。軍民共用空では埋め立てと基地本体を切り離し、V字では基地本体と兵舎などを切り離し、法を権力的に操ってきた。
 高江でも同じ方法で来るであろう。アメリカのためには何でもやる。民主連立政権は自公政権より上手である。日米安保で政治道徳、法治国家が崩壊する。

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(続きー高江の歴史と生活)
 高江の歴史と生活(1)
 高江の歴史や生活記録しようと思った。山の寒さはヤーメームンの体力を奪った。東村から国頭村阿波までは広大な高地である。米軍ジャングル訓練基地でもあり、沖縄のダム群が集中する。
 高江から国頭村奥集落まで自動車道路が開通したのが1962年。「タケーアラカー(高江・新川)は陸の孤島の代名詞でもあった。道路の開通はベトナム戦争の海兵隊のゲリラ訓練を可能にし、普久川(ダム)にはワイヤーなどが残っていた。1970年安田の実弾射撃訓練基地闘争勝利は沖縄の歴史で際立っている。
 ダムに付随する事業で台地は広大なパイン園の開発となる。
 かなりの疲労なので概略のみにする。今後、随時に記録する。


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 ハウス栽培のパイン002_20100219215154.jpg
 N4工事現場の向かいに咲いた
  森の花(蔓性)

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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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