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読書をしました
  歴史と理論は力を生む
 26・27日は読書にしました。基本的に現場から物事を見るのですが、市民投票から現在までの日米関係、基地政策、沖縄振興開発の歴史を中心に、読書をしました。27日、朝、大きな揺れの地震がありました。雨は夏の雨、半袖の時間が多くなり、湿気を含む雨が降っている。
本を読みだすと生活リズムがくるってしまう。
 散歩をしました。春の雰囲気を醸し出す花が道端に咲いていました。



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 家の回りでキビの収穫を行っていました。やはり、会話は「よかったですねー」(市長選挙)でした。004_20100227223204.jpg
 キビ畑から書斎を写真に納めました。

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 夕方、また、散歩に出ました。「ヒジャーヤーサミット」会場では晩餐会が始まっていました。馬肉、廃鶏、牛のお汁、山羊のお汁、各々持ち寄って豪華な親睦会になりました。
 大雨にたたられ、止むと、帰らせてもらった。馬のステーキうまい。
 今日(28日)の高江集会は参加します。


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奥間川の清流を残そう
 奥間川の写真です。私の農園は与那覇岳の麓にあります。高江の裏側になります。1960年代、海兵隊ゲリラ演習は与那覇岳を越えて、ここまで出没しました。小学校の頃、鍬・ツルハシで開墾、パインを植えていました。怖くなって、母はパイン栽培止めました。奥間川保護基金に土地を提供して看板を立てました。記念写真を撮っています。


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(大西農園、兼城淳子さん撮影、勝手に使用してます)

 ヤンバルは「沖縄の水甕」
  清流のない沖縄
 沖縄振興開発でダム・砂防ダムが建設され、また、チップ生産の皆伐で原生林が消え、大国林道などの林道開発は海まで傷めてしまいました。1990年代初頭からダム反対(奥・奥間・比地川)に入りました。沖縄は全国でも優れた自然破壊権であろう。
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 (奥間川上流、清流体験 兼城淳子 撮影 勝手に使用しています)

お知らせ 
3月3日(水) 辺野古・違法アセス訴訟 第3回公判
事前集会 13:00より 那覇地裁向かいの公園にて
公判 14:00より 那覇地方裁判所にて
傍聴券の抽選があることが予想されます。お早めにお集まりください。
3月3日(水) 辺野古・違法アセス訴訟、ジュゴン訴訟の学習会
違法アセス訴訟第3回後半のあと、弁護団の先生方に本訴訟とジュゴン訴訟(アメリカ)のポイントをレクチャーしていただきます。


新聞「赤旗」に次の記事がありました。統計票は添付する技術ありません。
ゼロベースで検討」いいながら
辺野古新基地工事 58件継続
笠井議員 “工事やめよ”


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 沖縄・米軍普天間基地「移設」問題で、鳩山民主党政権が「ゼロベースで検討する」と言いながら、自公前政権が決定した名護市辺野古のキャンプ・シュワブでの新基地建設関連工事を58件(約83億円)も継続していることが明らかになりました。26日の衆院予算委員会で日本共産党の笠井亮議員が防衛省資料をもとに追及しました。


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(写真)質問する笠井亮議員=26日、衆院予算委

 笠井氏が示した資料によると、辺野古での新基地建設に関連して、2006年から09年まで、全体では152件の事業が発注され、総額は155億2900万円にのぼっています。このうち、継続されている事業には兵舎や管理棟、修理施設の建設に加え、自公前政権の計画を前提とした設計費や環境影響調査費まで含まれています。

 北沢俊美防衛相は、「事業は前政権が契約したもの。われわれは新規契約をしていない」などと言い訳に終始する一方、「将来(普天間基地が)どこに移っても支障がないようにという判断」だと述べ、依然として辺野古が普天間「移設先」の選択肢であることを認めました。

 笠井氏は「工事をやめるのが当然のこと。前政権がやったから続けるというのはおかしい」と厳しく批判。「国民の税金を巨額につぎ込み、まともな検討もなしに旧政権のやり方を引き継ぐべきでない」と主張し、辺野古の新基地計画撤回を強くもとめました。
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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