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辺野古陸上案と2012年問題ー信仰の山ー果たして・・・・・・。

ヘリ基地反対協議会からのお知らせ
1、 キャンプシュワブ早朝座り込み金曜行動
 3月12日(金)朝7:30~8:30
 第一ゲート前
2、 名護市長激励辺野古集会
 3月13日(土)朝11時
 ヘリ基地反対協恒例昼食は500円
  私はイノシシ捕りましたので「牡丹鍋」で歓迎します。
 泡瀬干潟「美味しんぼう」に載ったようだ。辺野古の味は、やんばるのイノシシで。



2010年問題から
 2012年問題で見る移設探し論
 07年、自公政府はV字の環境アセスメントに着手。ロードマップ(工程表)の2014年完成を逆算しての計画であり、2010年の着工を目指した。日米同盟の「鍵」と位置付け、基礎である。環境アセスメントで狂いが生じれば縺れる。
私は平和委員会に属する。全国大会、日本平和大会などで「2010年までが最大の山場、県内・国内および国際的にも面白い年になる」と言い、平和・環境・市民団体の共同が大事な時代を迎える。2010年問題である。2010年を平和と環境問題が前進するには、そのためには、節目があり、段階がある。平和団体も環境アセスメントに全力を挙げること、方法書では弱かったが、準備書では大きく広がった。日米合意のロードマップは崩れた。
そして、2010年の幕開けは、名護市長選挙の勝利である。
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 (1997年 市民投票、防衛省ビラ)
「よくもマー」
 陸上案まで来たものだ
移設探し国民新党案「陸上案」、下地は2012年問題(基地の20年使用切れる。再契約)を想定していると思う。だから、下地は辺野古の軍用地主を引き連れて防衛省に要請させ、この日の新聞記事に沖縄土地連が「10年使用」を要請している。名護市議会の自公がなぜ「海」を決議に加えなかったか。最終的に現行計画に戻ると読んでいる。
民主連立政権、下地議員(建設業)、辺野古(基地誘致派)に利益の一致があるのが現行計画である。
 現行計画の評価書、今年度中でないようだから封印していた2012年問題を出した。辺野古陸上と嘉手納連動は、より環境アセスの厳密さに、2012年問題にも直面、軍用地主の思惑(土地代値上げ含む)、自治体の抵抗など、情勢によっては「同時多発多種抵抗」に発展する可能性を秘めている。鳩山内閣は大きな抵抗覚悟の上であろうか。
アメリかで「地勢的優位論」が全面に出てきたようだ。
 信仰の山は・・・・・・・。
日本の政治家、評論家は2012年問題を承知の上で普天間辺野古問題を見ているであろうか。特に、北沢・平野は認識しているか。
 認識して、下地も政府も、国会議員も 評論家も、言いたい放題、だとすると、極めて、沖縄認識幼稚である。
 戦略なき普天間である。
 まさに、阿波根昌鴻の「非理法権天」の極みである。


ある雑誌に辺野古13年をメモした。
(続きー辺野古小史)

辺野古苦節13年から 
    日米平和友好条約を展望する
     大西 照雄
    名護平和委員会(ヘリ基地反対協議会代表委員)
 第二の人生に向かって
名護市民投票(1997年12月)から苦節13年、普天間閉鎖・返還運動にかかわって20年が経った1月24日、名護市長選挙の勝利に流れる涙を絞っていた。
 高校教師定年退職(04年3月)、生徒と教師への挨拶は「38年間、国民の税金で生活し、多くの学びの蓄積を得た。第二の人生は自由人として社会と言う学校で国民へ還元する道を歩む。名護市に基地移設を進める稲嶺知事、岸本名護市長に勝つ人生に向かいます。みなさんは、街角で、新聞やテレビで私に会う機会があるでしょう」と述べた。
 軍民共用空港建設
   沖縄非暴力の実践
 04年4月19日、辺野古現場での闘いが始まった。すでに、教室では21世紀の人類の進む道を「平和の文化」と「生物多様性保全」が地球的課題で地球の片隅での総合が21世紀の人類の進むべき道と説いていた。テント村を建て座り込みは2130日(1月16日現在)、沖縄非暴力の象徴、故阿波根昌鴻翁の遺影を掲げて「愚直」と「不屈」を連帯の日々の心とした。
 9月から海の闘いに入りカヌーを武器に完全非暴力の闘いに入り、ブログ毎日日記「宝の海」を開設、夜昼の闘いに入る。翌年9月2日、軍民共用空港は頓挫する。(『歴史地理教育』05年5月号「教室の授業からテント村の授業へ」参考)
 05年年明け、小泉首相は「辺野古見直し」を言い始め、私は小泉流の弱者への痛みの押し付け「辺野古内見直し」と規定し、世界的米軍再編成の渦の中で「学際的」共同へ発展させるべく、国際会議などにも許す範囲で動き、07年3月国際反基地ネットワーク結成(エクアドル)にも参加する

 。
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 (軍民共用空港1999年「苦渋の選択」2005年非暴力闘争で頓挫。
 再編成V字2本滑走路、アセス段階で断念?3月5日タイムス・新報社説)

  なぜ、沖縄なのか
   米従属国家の呪縛
 中学・高校の社会科の教科書は、サンフランシスコ条約(以下サ条約)の発効(1952年)を、「日本の独立」「主権の回復」などと記述し、教師は教える。この誤った教育の負の遺産蓄積が政治・メディアの日米同盟固定論、沖縄への基地押し付け政策の根底にある。
 日米合意見直しと言うのは「日米同盟の変革と未来」(05年10月)「ロードマップ」(工程表06年5月)の日米外交・防衛閣僚(2プラス2)の合意文書のことを言い、国家間の協定・条約ではない。
 簡単にいえば2014年、V字形2本滑走路計画とグワム移転を完了する閣僚間合意である。
 どういう闘いを組むか
  環境アセスメントに学際的共同
 だとしたら、環境アセスメントの手続き過程で「ロードマップ」を狂わすことだ。すでに、03年9月「沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団」(個人加盟)を立ち上げ学際的な共同で実績を重ねていた。07年8月アセス方法書が出される。約500通の意見書が出され沖縄県環境アセス審査会は知事にアセスやり直しを求めたが、事前調査同様、防衛局はアセス調査を強行した。09年4月フランスにいて準備書5000Pが広告縦覧された報告を受ける。帰国すると監視団の学習、「宝の海」で分析、意見書の書き方、県内外の学習に没頭、約6000通の意見書が出され、アセス審査委会も準備書批判が噴出した。
 現在の「時代閉塞」状況は、99年から05年9月までは明日が見えなかった「時代閉塞」とは絶対異なり、明日が見える中での動きと言っていいだろう。
 ロードマップの環境アセスメントは秘密主義、環境・生態破壊、虚偽の調査で2014年完成を目指したは、スタートから風穴が開いて、自ら崩壊したようなものだ。
 08年7月、沖縄生物多様性ネットワークも立ち上げ、さまざまな分野の共同が広がった。

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 (キャンプシュワブ、久志・辺野古岳、陸上案、広大な台地に?学ぶ青年平和丸)
 民主党政権の迷走と
   名護市長選挙
 普天間・辺野古問題のアセスの過程は、国民がさまざまな分野で政治を動かす動き(年金問題など)なかで、で民主党は自公政権のへの国民の不満を吸収、普天間の「国外・県外移転」を打ち出し、国民の人気を得て衆議院選挙の勝利が見て来ると、マニフェストで「日米合意見直し」、政権を取ると「辺野古ありき」に変質、ゲーツ・オバマの恫喝に怯えている。
 民主連立政権成立、名護市長選挙、すでに、新基地反対派の市会議員などは「日米合意見直し」(曖昧で基地容認の危険な政策であること経過で明確になって来る)を掲げる予定候補に吸い込まれ、候補擁立を断念していた。過去13年、市民投票、世論調査などで「辺野古建設反対」の民意は確立、持続しているが、知事・市長選挙は3度も負け、それでも、希望を失わず、13年杭1本も打たしておらず、市長選にも辺野古基地断念の明確な候補が求められた。
 11・8県民大会への県民の熱い思いも後押し、比嘉靖(元高校教師)が勇気を持って立候補表明、市民的勇気の共有が進み、過酷な選択ながらも「辺野古に基地はいらない」の統一が実現した。
 私は予定に入ってなかった日本平和大会に参加、あらゆる力を名護市長選挙に結集することをお願いした。民主党連立政権が「5月決定」を決めた翌日(16日)は、諏訪湖のホテルで在京大手新聞の全ての社説分析を行い、日米同盟「大本営」報道と規定し、毎日新聞社説に、それは集約されている。やんばる統一連へのカンパが組織的に、最初に届けられたのは共産党長野県議団であった。ブログ「宝の海」は、連日写真入りで名護市長選挙を発信した。
 県内・県外から連日、統一連の事務所はあふれ、苦節13年、劇的勝利を掴んだ。
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 (1月25日 市長選挙勝利の暁)
  名護市長選挙の意義と
   今後の課題。
 名護市民は「大切なことはみんなで決めよう」と市民条例を制定、1997年12月21日市民投票を実施、海上基地を拒否した。政府は憲法に基づく選挙が民意だと主張して来た。
名護市民は自治的民主主義に加え、今度の市長選挙勝利で憲法の定める選挙による民主主義をも獲得したのである。
しかし、平野官房長官は、沖縄は「地政学的に重要」と発言し、また、名護市長選挙を「斟酌しない」と民主主義否定の醜い姿をさらけ出している。
 民主党連立政権と大手マスメディアは「日米合意絶対論」を正当化するために海兵隊抑止力論を強調しだし、日米同盟基軸・成熟・深化論で日米安保の固定・絶対化の呪縛にしがみついている。
 サ条約は多国間条約、サ条約3条は閣僚合意、首脳合意よりはるかに重い、ニクソン・佐藤会談で沖縄返還を沖縄県民と日本国民の運動は実現させたのではありませんか。国際的にも比国、エクアドルも米軍基地を撤去させた。さらに、ASEAN憲章にみられるように外国軍隊を自国の領土に置かないことは国際的な潮流で、ドイツの外務大臣はクリントン国務大臣に核兵器の撤去を求めている。「日米合意」の撤回はオバマと鳩山で軽く成しえることで、やる気の問題である。
海兵隊抑止力は笑止の論理である。辺野古基地建設は単なる普天間の移設ではない。新基地は射撃演習場、弾薬庫、軍港、弾薬塔載場を備えた「悪魔の要塞」基地である。アジア・太平洋への威嚇基地、現在、アフガンへ出撃している。
私は日本の平和運動は、平和の文化(99年国連総会決議)に立ち、憲法9条の草の根運動も、憲法9条と東南アジア友好条約2条(紛争の平和的手段による解決、武力の威嚇、武力の行使禁止など)などと結合して歩むことだと、辺野古の海上から提起している。

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(1991年宜野湾の高校生は、基地返還後の宜野湾市を描いている。高校生の都市構想、1992年宜野湾市市勢要覧)
 (彼らは今、宜野湾市の中堅)
私は、高校生から教えられることは少なくない。1996年高校生全国平和集会IN沖縄で長野高校生平和メッセージ「見て、聞いて、感じて、そして考えて」のメッセージに感動した。また、千葉の高校生平和ゼミナールの「日米平和友好条約案」を英訳して渡米、ペンタゴン、国務省および議会スッタフに配布した。高校生に教えられて、現安保条約を日米友好条約に変える展望、アジア・太平洋の平和と友好、非核地帯の連帯的視点も大切だと指針にしている。
 普天間・辺野古問題は安易な道ではないが、悲観も楽観もしない。連立政権は2010年度予算在日米軍再編経費1320億円(839億増)を計上(さらに、予備費に普天間移設建設費3500億円)、辺野古V字計画進めながら、一方、「移設探し・負担軽減・危険性除去」と「移設案」(グワム・サイパン、佐賀・大村空港、嘉手納統合プラス辺野古陸上などなど)乱発、あたかも選択の余地があるように、迷走を装っているが、「分断して統治せよ」を、マスメディアも一体となって、日本米軍総基地化を強めて来るであろう、苦節13年の歴史も常にそうであった。民主党政権も同じで社民党も「移設案」競っているのはもっと深刻である。
 日米同盟成熟とは、日米安保条約が、果物同様、腐食の深化が始まっている証しと言える。2010年は国内的には新安保50年、国際的にも平和の文化と生物多様性保全に関する重要な課題が目白押しである。辺野古テント村2133日、今日、もテント村「社会の学校」で授業し、「平和の文化」と「生物多様性保全」を結合して授業している。ブログ毎日日記「宝の海」も発信6年続いている。闘いは「愚直」に<新しき明日の来るを信ずといふ/自分の言葉に/嘘はなけれどー石川啄木>と希望を失わずに。
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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