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辺野古浜集会ーおよび100日日記

辺野古浜集会
 稲嶺市長激励集会(その1)

13日晴れました。ヘリ基地反対協行事、今年も天気に恵まれています。300人が集まりました。辺野古の節目、節目の集会を写真で見ます。
<続き>では、私の日々の日記から、初期の辺野古の闘いを歴史で学びましょう。
 3月後半は、県外での集会、学習会、過去・現在・明日を展望するために。
私は、当時の戦略、戦術は、基本的に間違っていなかったと確信します。

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 嘉陽オジーの元気な挨拶です。くじける時、オジーの一つ一つの言葉で、苦境を乗り越えてきました。
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 稲嶺進市長とヘリ基地反対協代表委員安次富浩、大西です
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 名護市長選挙、全国から送られた檄、寄せ書きをシュワブ有刺鉄線に縛りつけました。海岸線色鮮やかです。沖縄平和委員会大久保事務局長、大西です。
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<続き>
 SACO(1996年)から「軍民共用空港」までの記録「100日日記」(1)を掲載素ます。辺野古の闘いの足跡から現在を考える。
大きい文字辺野古の闘いを振り返る(その1)
( 04年4月から8月)
 我が第二の人生に向かって(前編)
沖縄の闘いが新しい段階を迎えました。過去を振り返り現在を知るため、そして、これからの闘いを描くために、過去の記録(日記)を見たい。

 100日日記(前編04年8月31日記)
 平和の文化と地球環境保全の21世紀
わが第二の人生に向かってーその始まりの日
 定年退職で自由人の生活に入りました。現職のころ、子供たちに、21世紀は平和の文化を築き地球環境保全の時代と説いてきました。
 現在、普天間代替施設の移転先辺野古の漁港前テントでボーリング調査を許さない座り込みの責任者として100日余の生活が続いています。テントの中でほぼ毎日、闘いの基本的方針を説き、防衛施設庁職員と対峙、議論、マスコミや各地に出かけ話をする機会は少なくなく、ここでは、これらの話を総合してまとめてみました。
3月23日定年退職の挨拶、その一部は琉球新報コラム「ハイサイ」(3月31)に紹介されましたが、私は生徒たちに「私の第二の人生は生きながらえことではなく太く生きること、国民の税金で38年生活し多くのことを学んできました、社会という学校で国民に還元すること、名護市に基地を移設する稲嶺知事、岸本名護市長に勝つ人生に向います、皆さんは、街角で、新聞やテレビで私に会う機会があるでしょう。私はこの木の腰掛に38年座って来ました。4月1日からは腰掛に座る必要はありませんから平和の文化を築く一筋の道を歩み続けます」であったのですが、4月19日以降、テントに座り、新聞やテレビにでる機会が増え始めました。

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地下マグマの核
定年に入って、体がおかしくなるのですが、4月19日、那覇防衛施設局がボーリング調査に入る頃になると体に緊張が走り、辺野古への出勤が始まり、6月26日座り込み69日目頃などから東京など呼ばれ講演することになります。
私たちが那覇防衛施設局の環境影響評価法(環境アセス法)逸脱、潜水調査、ボーリング調査などの違法行為に反対し座り込み闘争に入って69日をむかえます。私どもはこの座り込みを2639日+69日と表現します、この表現は闘いの大切な視点ですと話しています。
名護市民投票は海上基地ノーの民意を確立しましたが、政府は市民の意思を無視、命を守る会は「杭一本打たせない」と事務所で監視を続け、8年余にわたって事務所に座り続ける日常があったのです。私どもヘリ基地反対協議会はオジー・オバーたちの日々に励まされて来ました。政府は北部振興費、基地維持予算を水の如くつぎ込み、その中で市内などで、ものがいえない状況が広がり、組織と事務所を守る苦しい日々でした。
69日の座り込みはヘリ基地反対協議会の提起で行われています。市長選二度の敗北、市長リコールの失敗などの中で、解散論、有名な小説家のインターネットでの幹部批判などがあり、組織の維持に苦難の時期がありました。歴史は華やかに動くときはすべての人が動きます。歴史が苦難のとき組織を守り、新しい闘いを作りあげることは大切なことで、今、ボーリング調査の強行に、守る会、ヘリ基地反対協議会の組織の共同が、地下のマグマの核となって日本政府と米国政府に対等の闘いを作りあげていると言えます。
21世紀地球の二つの生き方
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1999年9月、国連総会は「平和の文化宣言」と10年行動計画を決議しました。この平和の文化宣言の精神は、特に、02年3月アメリカのイラク侵略戦争に向けて戦争反対の国際行動が地球的規模で行われました。辺野古キャンプシュワーブの海兵隊は米軍とイラク人に分かれて都市戦闘訓練を行い、イラク人はすべて死ぬのです。今、イラクのファルージャで沖縄海兵隊が無差別の虐殺を行っていますが、これはキャンプシュワーブの訓練の「タマモノ」といえます。辺野古に海上基地を作らさない運動は平和と平和の文化を築く21世紀的地球の生きかたで、地域の現実課題と言えます。
1972年の国連人間環境会議、1992年地球サミットの諸条約は地球環境保全の課題は、地球のあらゆる地での日常的な実践的営みでなければなりません。
辺野古の海上基地の問題は平和の文化と地球環境保全の二つが結合した21世紀的課題といえます。同地域の山は東洋のガラコバス称され、多くの希少生物が棲息し世界自然遺産の候補、海はサンゴとジュゴンの海で、生物多様性保全条約などの国際条約と深い関係があります。
私どもヘリ基地反対協議会総会は、アメリカがイラク攻撃した3月20日前の緊迫した中で開催されました。海上基地問題は環境アセスメントの段階に入ることが確実になって来ました。日本の環境影響評価法は、先進国の戦略的アセスメントの要素はなく、事業者(防衛施設局)の事業計画を優先させ、環境省も弱く「合わせメント」と言われて、政府のやりたい放題にかかわることは、基地建設を容認することになるとする意見があることは当然です。
また、環境アセスメントは平和団体、環境団体、市民団体、学者および専門家、多くの人々が全国的、地球規模、学際的共同ができる要素を秘めています。ヘリ基地反対協議会は「海上基地を作らさない」一致点で団結している市民共闘組織で、協議体としてすべての加盟団体の意思一致を大事にします。たとえば、沖縄サミットに対する行動ではヘリ基地反対協が提起者となって実行委員会を組織して取り組むなどです。
ヘリ基地反対協議会は、環境アセスメントに向けては県内外の多くの団体、個人に呼びかけ「プロジェクトチーム」の組織つくりを決定し、模索を始めます。
悔しかった4月8日をバネに
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私どもが総会方針の実践に入りだした4月8日、那覇防衛施設局は護岸構造検討のための潜水調査を強行しました。しかし、私どもは有効な対抗手段を確立していませんでした。那覇防衛施設局は3月31日沖縄県農水部に「水産資源破砕許可」を沖縄県に提出、沖縄県は同日「安全保障上の問題」であり、しかも環境への影響はすくないとの理由で許可不要、勝手にやりなさいの返書を送っていました。
前者の理由は法律の専門家から「他事考慮」と行政法の違法行為批判され、後者については「食い逃げ決済」、ヘリ基地反対協議会は環境影響評価法逸脱、防衛施設局の『現地技術調査』の内容の違法性を具体的に交渉の中で指摘、沖縄県および那覇防衛施設局交渉を強めるとともに、環境影響評価法の学習を深めて来ました。
一方、現地においては土曜集会を開き、松田浜の清掃、ミニ学習会、情報交換を1年間続け、これから行われるであろうボーリング調査に向けてカヌー訓練を組織、海の調査など活動を広めて来ました。那覇防衛施設局は、当初年内のボーリング調査を予定していましたが、狂いが生じてきます。
自然の権利とジュゴン監視団
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私どもは9月23日、「沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団」を立ち上げました。呼びかけはヘリ基地反対協議会、沖縄平和市民連絡会、ジュゴン保護基金、ジュゴンネットワーク、環境法律家協会などの弁護団で、県内外に団員を募り約1000人余の団員となった。すでに、アメリカにおいては、米国の有力な自然保護団体「生物多様性センター」および弁護士の協力を得てジュゴン訴訟を国防省、ラムズフェルド長官を被告に提訴していました。
ラムズフェルドは沖縄に来て「代替施設は死んだ」「辺野古の海はきれいだ」と言わざるをえません。「生物多様性センター」は2月に来沖し「皆さんはあの国防省と対等に闘っている、信じられないことだ」と述べましたが、私どもが実感するのは後で述べるでしょう。
ジュゴン監視団は当面課題として公害調停を行いましたが「敗訴」しました。ですが、これからもあらゆる法的手段を検討し闘いを作り出して行きます。
ジュゴン監視団の役目は、環境影響評価法の理論的研究、普及、実践的対応を行い、ヘリ基地反対協議会の海上基地を作らさない運動と不離一体となって運動を発展させてきました。
公共財産使用協議書をめぐる闘い
03年度は、私にとって教師最後の年、高校社会科教師としての実践記録を出さなければならない年であるとともに、確実にくるであろうボーリング調査に対応しなければなりません。職場の皆さんは、私が最後の年だけでも年休完全消化できるよう時間割などを考慮していただきました。
11月17日、那覇防衛施設局は沖縄県土木部河川課に「公共財産使用協議書」を提出、いわゆる、ボーリング調査の許可願いで期限は1ヶ月、私にとって教員最後の年が送れるか現実的問題になって来ました。
私どもは環境影響評価法の学習蓄積で那覇防衛施設局が沖縄県に提出した『現地技術調査』『参考資料』を徹底的に分析、那覇防衛施設局、沖縄県文化環境部環境政策課交渉を連日に等しいほど行い、職場の配慮が発揮されます。
那覇防衛施設局は環境影響評価法に護岸項目がないことに目をつけ、護岸構造検討のための事前調査はアセスの対象ではないとの論理のすり替え、違法な事前調査(ボーリング調査)を強行して来ているのです。『現地技術調査』は埋め立て面積に護岸部分約23haを含むとともに、「護岸構造や埋め立て地盤の安定性の検討」の地質調査となっていて、明らかに、アセス回避の手法で、方法書に地質調査が書かれないなど「欠陥商品」「欠陥設計図」とやり直し、撤回などの声が出てくるのです。
護岸はケーソン式と傾斜式の組み合わせで『現地技術調査』には数字は書かれていません。護岸の幅は78メートル(越波水路35メートル含む)の世界最大級で、リーフ、サンゴを破壊した基礎部分は幅200メートルですが埋め立てに含まれないことになります。
私どもは、63か所のボーリング調査の根拠および違法性、5人の専門家の助言の非科学性、専門家の氏名公表など求め行動を強め、沖縄県議会議員との連携も深めてきました。
私どもの道理ある主張に、沖縄県は独自に専門家の意見を求めざるを得なくなりました。専門家9人中8人がボーリング調査の不当性を述べ山里清日本サンゴ学界会長は「人間の心臓に針を刺すようなもの」と痛烈な批判を行っています。しかし、これらの意見は、環境政策課から河川課へ、河川課から那覇防衛施設局へと改竄され、那覇防衛施設局は受け取りを拒否します。
私どもは環境政策課、河川課、知事面談要求を重ねるとともに環境省及び文化庁交渉など行い、沖縄県の「公共財産使用協議書」の許可を4月上旬まで引きずることになるのです。この間、私は退職願書を準備していました。ボーリング調査の阻止行動、海上でのカヌー行動はヘリ基地反対協議会の幹事会で幾度も確認された方針で、教師38年の退職金がもらえない事態を回避するためでした。
いま、海上基地を作らさない、潜水調査、ボーリング調査を許さない座り込み闘争は100日をこえていますが、この1年の土曜集会、ジュゴン監視団などの学びあいとねば強い日々の行動の成果、蓄積が生きているのです。
那覇防衛施設局、沖縄県、名護市の一貫した方針は民主主義の否定、秘密主義で、説明会も住民及び記者をも閉め出し、行政委員のみに行っていて、市民及び県民との矛盾か拡大する宿命を深めるでしょう。
 続きー明日

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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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