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現在・過去・明日の展望ー04年8月31日日記

辺野古浜集会(その2)
 稲嶺進新市長激励
 「海上にも陸上にも基地は作らしません」
   挨拶する稲嶺進市長

島ぐるみ闘争に発展も、稲嶺市長が陸上案批判
読売新聞 03月13日20時49分

 沖縄県の米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設問題で、同県名護市の稲嶺進市長(64)は13日、政府が有力視する米軍キャンプ・シュワブ(名護市など)陸上部への移設案について、「基地の中なら何でもできると言わんばかりで、絶対に許してはいけない。このままでは(県議会が計画している)県民大会だけでなく、島ぐるみ闘争に発展せざるを得ない」と批判した。

 この日、同案に反対する集会が同市辺野古で開かれ、主催者によると、稲嶺市長は地元住民ら約200人を前に訴えたという。

 稲嶺市長は1月の市長選で、辺野古沿岸部に移設する現行計画に反対して当選した。今月8日の市議会本会議では「辺野古の海はもとより、陸上にも新たな基地を造らせないという信念を貫く」との施政方針演説を行い、シュワブ陸上部案に反対する考えを示している。

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勝利に向けて頑張ろう
 4月には超党派県民大会予定
 5月に普天間人間の鎖基地包囲
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 昼食が出来上がりました。
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山羊の刺身も出来上がりました。
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高江・辺野古の娘たちがフラダンス踊りました。
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浜に座って昼食満喫です。「家族団欒」です。
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木陰求めて親子で
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 100日日記(04年4月19日~8月31日)(その2)
  平和の文化と生物多様性保全
  我が第二の人生に向かって



4月19日―暁の攻防
4月1日、私は自由人となった。失うものは何もない。
那覇防衛施設局は、沖縄県にボーリング調査の着手届けを提出、19日9時マスコミを船に乗せて調査船を出すとの報道が流れ、辺野古の海に海上保安庁の大型ゴムボートが4艇、荒れる海に白い波飛沫を立てています。18日昼、私のもとに那覇防衛施設局は未明に調査船を出すの確実な情報が届きます。19日未明4時、カヌー10艇をトレーラーにつみ辺野古松田浜に並べ、すでに、カヌー隊は潜水スーツ、ジャケットを着け、暗闇の降りしきる雨嵐のなか、緊張の体を解して出航は万全の体制。
午前5時半、那覇防衛施設局は業者含めて約80名で押し寄せてきた。陸上で調査船阻止の闘いが始まる。カヌー隊7艇12名、女性は4人で71歳の女性が嵐の海に漕ぎだし、陸上が突破されたら、海で命をかけて阻止する体制であったのです。私は沖縄国体などで漕艇競技の監督、競技指導委員を務めた経験を持ちますが、その日の海は風が強く、波が高い、横波を受けないよう最後尾から声をかけるも、自分の艇を操縦する以外なすすべを持ちません。カヌー隊は漁港入り口を封鎖するも、風に流されて停泊できず、堤防に縄で結ばざるを得ません。陸上で調査船を嵐のなかで出すかと那覇防衛施設局と問答している目の前で漁港内を流れていたカヌーから若い青年が転落、施設局の職員が青ざめたと後で聞かされ、「怪我の功名」と讃えられます。
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陸上では予想してない事態が起こっていました。那覇防衛施設局は暗闇の人ごみのなか、ユニクから鉄骨のH鋼を降ろし作業ヤードの柵の建設をはじめ、建設阻止の抗議行動が展開されていました。午前8時ごろ中断に追い込み、調査船も出航中止、安心した抗議団は一人一人解散を始めた11時ごろ、那覇防衛施設局と業者はスキをついて作業を強行、残っていた人たちの抗議行動が再開され、携帯電話の威力が発揮され、作業ヤードの建設が阻止されます。那覇防衛施設局はキャンプシュワーブに事務所を設置、漁港の動きが手に取るように覗かれていて、寝込みを襲う行為に対し、漁港内作業ヤード入り口に座りこみが始まり、今日まで100日を迎えました。
非暴力の座り込み
今、世界はブッシュのアフガン戦争、イラク侵略戦争に見られるように暴力が地球の主流のように見ますが、それは、新しい世紀、21世紀の平和の文化、地球環境保全の生みの苦しみであることは、戦争前夜の世界的規模で地球の隅々で起こった戦争反対のうねりが示唆します。
ブッシュのイラク攻撃が根拠なき戦争であったように、那覇防衛施設局のボーリング調査の論理が、環境影響評価法の精神を恣意的に解釈、社会常識を逸脱、寝込みを襲い強行、また、方法書も4月28日「民族屈辱の日、祖国復帰の日」にわざわざ選んでいます。     
那覇防衛施設局のボ-リングの説明資料、住民及び新聞記者をも閉め出す非民主的な説明会、方法書にかかれない海上基地の真の姿と、果てしなき沖縄の環境破壊、沖縄では何でもできるの構造的政治的差別に貫かれていて、内部矛盾がマグマのように地下で爆発の準備をしているようなものです。
沖縄の日米両政府への抵抗はアメリカの占領期から「武器なき闘い」(「沖縄の抵抗はアメリカ独立宣言と同じ」P00参照)でした。
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私は初日の那覇防衛施設局との攻防から闘いは長期化する。テント村でのさまざまな場面のなかで、私たちの闘いの基本的な方針「完全非暴力の行動」「この闘いは整然と座りこむことです」「漁港施設は漁師たちの神聖な場」などの約束事を確立、責任団体であるヘリ基地反対協議会の指示に従い、旗も「命を守る会」「ヘリ基地反対協議会」のみ、テントに入ると一人一人が平等の人格を持ちます。
今、4張りのテントが建っています。朝7時にテントを設営、午後5時まで10時間の座りこみ行動で、離れて「見張り兼司令部」のテントが建ち、キャンプシュワーブ内の防衛施設局の作業兼監視所の動き、情報収集、座り込みの維持、防衛施設局との対応など行います。
那覇防衛施設局は月から金までの間に1ないし2回、作業ヤード建設再開、潜水調査・ボーリング調査辞実施要求にきます。最近は木曜日の3時30分頃、私たちの情報網、名護署公安の刑事の動き方、刑事の足や目の動きで防衛施設局の動きがわかります。
 テント村に初ユタの誕生
 台風の去ったある日、聞大君87代と名乗る女性が訪ねて来ました。指導者に会いたいという。ニライカナイの神の力を与えるからついて来いという。女性の車は猛スピードで辺野古橋から農道を走り、辺野古川河口の浜に降る。あまり、早いので村の人かと聞くと初めての道で、河口森のアヤー(女)神の導きだと言うのです。
 女性は浜に降りると「アヤーヌ神サイ、聞大君87代」大声で、森に向かい、陸の神、海の神々に語りかけます。河口の向こうには竜宮の宮―ターリー(男)の神の住む島があります。3年前、「ジュゴンを守れ、新基地反対」全国キャラバンの出発式、辺野古の神人たちはターリーの神に祈願をしてくれました。女性はヤマト政府、稲嶺知事、岸本市長が、神々の住む陸や海を破壊する計画を告発し、ニライカナイの神を導き、砂浜に南北の十字を書き、北は大西、南は牧志(好一)、西は山内(徳信)、東はニライカナイの神が登る道、この道は偶然かジュゴンのクチが開け、ジュゴン監視団の理論的中心牧志、基地移設反対県民会議共同代表で防衛施設局と現地及び局で奮闘している山内が出てきたときに、私の体と精神が神の世界に入ったようでした。
 女性は十字の中心にニライの神々を呼び寄せたから、あなたの願いを話せといいます。私は、基地を作らせない、私たちの闘いに神々の加護とテントで毎日がんばる人々の健康を願った。女性はますます大きな声で、体中を祈りにささげ続けるのでした。
 仲松弥秀琉球大学名誉教授が高齢を押してテントに1日中座りこんだ折、辺野古の神事と二つの霊所について語っていただきました。辺野古は沖縄の3大霊所だと言います。私は村の暮らしと神々の文化の大切さを方法書の意見書に書き込みました。同教授も意見書を提出したと聞いています。
那覇防衛施設局は、来る日、時刻を告げず突然「わ」ナンバー二台で押し寄せてきます。情報網、名護警察公安の動きで分析して待ちます。私はニライカナイの神々との会話について「今日は皆さんが来ることをここの神々から知っていました」とニワカユタを演じてみました。防衛施設局のm氏は帰り際に具志堅徹氏を捕まえ、2つの霊所について場所を聞いていました。
ある日は、稲嶺知事の「マグマ」論を展開、稲嶺知事は米軍の事件・事故に対しての沖縄県民の怒りを「地下のマグマ」といいます。稲嶺知事の役割はマグマの爆発、マグマの真の姿を抑え、本質をゆがめるのが「マグマ」論で、防衛施設局の違法な環境影響評価法の手法、構造的政治差別、基地政策は沖縄県民の地下に眠るマグマが爆発する要因、瞬前と述べたら、局での報告中、「とまりん」を地震が襲ったそうです。その次に来た日、m氏は「大西さんは神(ユタ)ですか」と真面目になって聞く姿を見て、渡具知裕徳氏にハチ(初)ユタ誕生と冷やかされています。
 テント村には、トートーメーを信じる人も、神や仏に仕える方々も日本全国から参加しているのも大きな特徴で、神々の共同行動とも言えます。
 テント村のミーティング
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 テント村はヘリ基地反対協議会の責任で運営され、平和市民連絡会の全面的協力、基地県内移設反対県民会議の支援を得て継続されています。朝9時、ほぼ毎日、テント村の歴史と意義、情勢の分析などのミーティングを行います。
  私たちが、テントの生活に入って2639日プラス100日を迎えました。この間、那覇防衛施設局は26回現場に現れ、最近では午後3時30分とパターン化してきました。私たちが「整然と座りこみ、非暴力と平和的対話」を貫き日々行動すること、それは華やかなものではありませんが、確実に広がり、共感を呼び、世論を形成します。県議選前の琉球新報の世論調査で基地移設賛成7パーセントに落ち、辺野古移設反対が6割以上になりました。参議院選挙では辺野古移設反対を明確に政策と掲げ、テント村に幾度も足を運んだ糸数慶子さんが勝利したことが証明します。
  現在は、整然と座りこむことでいい情勢ですが、那覇防衛施設局が業者を大挙引き連れヤードの建設、潜水調査及びボーリング調査を強行するとき、私たちはスクラムを組んで阻止行動を行い、機動隊の導入についても具体的戦術を配置します。ですが、いかなる状況でも手を耳から上に揚げず、スクラムを組んでください。テントには戒めのために阿波根昌鴻翁の写真を掲げています。
  阿波根オジーは、日本政府の沖縄政策を「非理法権天」といいます。非道には理性で勝ち、その理性は法の力で抑えられ、時の権力は法を自己の都合に利用、改悪します。
  ボーリングの強行は「非理法」の日本政府の姿が象徴的に現れているではありませんか。天とは人であります。その人は個性を持ち考え方、役割も違います。人間の5本の指もそれぞれの役割かありますが、ひとつになるとき、人間はどんなことでも成し遂げます。
  私たちのテント村も、個性を持った集団で、組織に入っている人も、そうでない人もさまざまですが、5本の指のように団結すれば、必ず「非理法」の政治に勝てます。私は村の人から「動かない山も動くのですねー」と言われましたが、恩納ナベ「恩納岳あがた私ん里が生まれ島、森を押しのけてクガタなさな」の強い力を感じます。
  整然と座り込むと言うことは、前線で防衛施設局と話し合っているとき、不測の事態が起こっても、極端の例ですが、私が逮捕されてもテント村の責任者の指示に従ってください。
  初めてこられた皆さん、「初めて参加される皆さんへ」をよく読んでください。テントの周りでは名護署の公安がウロウロしています。私たちと那覇防衛施設局が交渉しているとき、テントから出て写真を撮らないでください。公安はカメラを向けると公務中、プライバシーの侵害と挑発します。彼らは、公務執行妨害、威力妨害罪などを適用するために、虎視眈々と狙い、私たちの闘いを暴力的に描き壊滅させるのが職務なのです。
  非暴力の闘いとは世間一般の常識的行動を作り上げて行きましょうと言うことです。漁港は海人(ウミンチュウ)の神聖な労働の場所、その神聖な場を勝手に歩いたり、暴走したり、注意されたりする行動をしてはなりませんし、歩道を歩いてください。どんな小さなトラブルも自分勝手で、解決しないで、責任者が責任を持って解決に当たります。
  この座りこみ行動はヘリ基地反対協議会の提起で行われ、共感するものが参加しています。私どもはこの闘いのなかで一人の犠牲者も出したくありません。おじー・オバーたちは「いざという時には命を賭ける」と言いますが、その前に、中止をさせることが私たちの使命ではないでしょうか。
  命育む海と銀蝿
  嘉陽のオジーは「司令長官、病院でリンゲル打ってきたサー」とテントにやって来ます。小緑のオバーもそうです。私どもが今は平和だから家で休んでと叱るのですが「娘がヨー、家にいたらカニハンジル(ボケル)から行きなさい」とジンブン(知恵)が出てきて心配なのです。92歳のヨシオバーは心配で、心配で、午後になると歩いて来るのです。
  私どもの闘い、この思いに応えるためには闘いの原則をきちんと堅持し、闘いを発展させなければなりません。
  私どもは、防衛施設局と対峙、応対するとき、アスファルトにムシロを敷いて議論します。南国の太陽で熱せら焼き尽くすなかですが、理性と論理を大切に平和的対話を大事にする非暴力の姿勢を貫くためです。ある日は、オジー・オバーの思いを直接聞かすために那覇防衛施設局をテントに案内し、お茶を出しての会談となりました。
  穏やかな眼差しで防衛施設局の説明を聞いていたヨシオバーが「戦争中この海がなければ私たちは死んでいた。海の幸が自分たちの命を育んだ。私は5人の子供を大学まで卒業させた。この海の幸があったから主人を失っても子供を育てることができたのです。ここに基地を作るということは、あなた方にどういう利益があるのですか」と孫を諭すように話し出しました。
 『久志誌』『嘉陽』など読んでいると漁業という概念がないのが特徴で、ピシー・イノーは村落共同体の海の牧場、海の畑であることがよく解りますし、辺野古漁港の船は漁業権のある漁民より一般の船が多いのが証明します。ですから、作業ヤード建設予定地の大浦湾から辺野古、屋嘉に至るリーフとイノーは日本の500の湿地に指定、沖縄県が指定するAランクの海域保全地帯なのです。私は沖縄のイノーとリーフは海と陸の生態系の循環、生物の恋の場所と説明しています。
  ある日、私どもが那覇防衛施設局と激論している場に、退院したばかりの嘉陽のオジー来て「いま、病院から帰ってきた。病院にいると親戚や友人が見舞いに来てうれしい。私は旧日本帝国海軍の出身だ。戦場で怪我をしたとき見舞い客が来る。誰だ」と防衛施設局の一人一人に答えを求めます。終戦直後、薬もない時代、子供たちはよく怪我をしたので、私は誰か解っていました。沈黙のなか、嘉陽のオジーは「銀ハエだ。戦場では蛆虫のわく傷口に銀ハエだけが見舞いに来るのだ」「ボーリングするときはこの年寄りをスクーリンに巻きつけて出航しなさい。海軍兵士は海で死ぬのが本望だ」と淡々と語りだし、嘉陽のおじーの迫力で、22回目の交渉は終わりとなります。
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学びの宝庫テント村
  テント村はいつ来るかも解らない防衛施設局と作業者、あるいは、基地防衛隊=沖縄県警機動隊の導入に、緊張の連続であると同時に、退屈な世界です。そのなかにあっても、琉球民謡のサンシンとおどり、ミュージシャン達のミニ音楽が開かれ和やかなそよ風が吹き抜けます。A高校の父母会が時々アンコ入りのカキコウリを振る舞いテント村に涼を運んできます。
  テント村では、参加者たちの小講座が開催されます。講座の内容は多彩で、やんばるの希少生物、海岸線の生物、イラク戦争体験談、民俗学、環境アセスメント、文学などなどつきません。テント村の意義と歴史は毎日行われ、学びと知識の泉とも言えます。那覇防衛施設局との論争は、沖縄の歴史、環境アセスメント、沖縄の人生観、基地と平和など、あるときは那覇防衛施設局への教育でもあるといえます。山内徳信さんは1609年の島津侵略から始まり現代まで1時間以上「講義」を行います。これらの講座は電波でテント村のラジオに生中継されますから学びと教育の場とも言えます。何よりも、責任者と参加者たちが共通の闘いの共有があるといえます。
  特に、若い人々には戦後の沖縄県民の歴史が体験者たちの生の歴史に接し、年配者たちは自己の歴史を振り返る機会ともなっています。沖縄には「年の功は甕の功」という訓話があります。泡盛は甕に寝かすと、年とともに芳醇な香りを漂わせ、琥珀色の美しい色艶、からだとこころに感動をよぶ風味が満たされます。テント村は確実に若者たちの生きた学びの学園へと、輝きあふれる兆しが着実に歩みはじめています。
  与謝野晶子は沖縄の青年群像を「南に嶋にうまれでてその烈しきものを」と詠いました。日本政府の構造的沖縄差別は、沖縄の青年の烈しき心を呼び覚ましつつあるのです。
  国際的交流の生きた世界
  100日の座り込み、ただ整然と座り込むテント村、今のテント村に移った5月上旬頃は、漁港入り口の柵、門扉がないために午前6時に現場に出勤する毎日でした。コンビニでオニギリや冷やしソバを買い、埋め立ての新しい堤防で食事をしていると、村人の朝の散歩に会い「おはようございます」の挨拶を交わします。
  「おいしい空気ですねー」
  「だからよー、どうして、基地作るでしょうネー」
  「水平線が消えてしまいますヨ」
  「政府が決めたことも止められるんですねー」
 などの会話が続きます。ある人は足で「反対」とかいて行くのです。辺野古の村は行政委員会が最高意志決定機関、総会は形式的なもので、政府は「ボス政治」的制度を利用して地元の合意と言っているのです。しかし、村人のなかに確実に「山」が動く感触が芽生えつつある姿が見えてきました。
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(徹底したアセス学習)
  県議選挙告示日、琉球新報世論調査は移設賛成が7パーセントに落ち、移設反対が60パーセントを超え、新しい風が吹き始めました。金武町の都市型訓練反対闘争もゲート前での抗議行動に発展しています。
私は東京で首都圏の闘いとして「海上基地反対、ボーリング阻止」の一致点で防衛庁、環境省などへの抗議行動を提起、一坪反戦関東ブロックを中心に行動が開始され、さまざまな団体が行動をはじめ、共同の行動もうまれ始めています。
  環境影響評価法の方法書には1000余の意見が提出され、方法書の学びと行為の蓄積は評価書などの環境アセスメントの闘いに大きな力となるでありましょう。
アメリカでのジュゴン裁判は8月4日開かれ、原告東恩納琢磨、土田武信、弁護士新垣勉氏が参加します。アメリカでは環境NGO「生物多様性センター」が全面的にかかわり、海上基地建設にアメリカ政府の関与が争点になり、関与が認定されると本裁判が始まります。
  2月、「生物多様性センター」スタッフ及び弁護士は「名護市民は国防省と対等に闘っている、信じられないことだ」と述べましたが、いま、少しずつ実感します。
昨年9月からジュゴン監視団は公害調停、関係当局との交渉、方法書対策、座り込み支援に加えて、6月下旬から始まる国際サンゴ学会に向けてブース設営、特別テナント、辺野古ツアー、ジュゴンパンフ作成など行ってきました。
各国の国際サンゴ学会参加者約80人がテント村に足を運び、海に出て、無人島長島に渡り、サンゴとジュゴンの棲む海を体験しました。「生物多様センター」のスタッフのみなさんは、やんばるの山で一晩キャンプをするとともに、会場では各国の参加者にツアーへの参加、沖縄のサンゴ・ジュゴンを守る署名を行い、参加者の半数を超える署名(約800)を行いました。最終日にはテント村で夜遅くまで外国代表との交流会が開かれました。
ヘリ基地反対協議会とジュゴン監視団は、11月タイの首都バンコクで開かれる国際自然保護連合の総会に参加、日本政府の国際保護動物ジュゴン保護の消極性について告発する準備を進めています。すでに、県内のいくつかの環境団体が前回のアンマン会議を上回る代表団の派遣準備を進めて、ジュゴン保護基金は私に参加の打診をしています。
絶えがたき矛盾に勝つ力
私が定年に入るに合わせるように、那覇防衛施設局は潜水調査、ボーリング調査に着手、辺野古出勤が始まった。私は普段から服装身なりに無頓着、車も作業車で、沖縄県庁もヤギの草を積んで地下の駐車上に入ろうとしたら、係りが「どうしたのですか」と聞くから「百姓は県庁に来てはならないのですか」と応えていました。
現職の頃は、生活の切り替えが大切と勤務が終わると畑を耕し野菜を自給、堆肥はヤギの有機肥料、朝夕、野菜やヤギと話をすると頭が空白になり、血圧も安定、市民活動も苦になりません。
職場や教え子たちの定年プレゼントはカリユシウエアー、その心は、沖縄県や名護市、那覇防衛施設局との交渉にきちんとした姿勢で望みなさいとの願いが込められています。
政府は名護市民投票の民意無視、「地方自治は民主主義の学校」の原則を投げ捨て、また、沖縄県、名護市も市民自治、住民参加の大切な原則を意識的になげすて、市民との面談、対話を拒否し、行政委員会のみに説明会を行っています。
那覇防衛施設局の会場基地建設計画は、安全保障、対米従属外交、方法書にも見られるように、秘密主義、民主主義否定、構造的政治的沖縄差別に貫かれ、沖縄県民との間に耐えがたき矛盾を拡大再生産してゆきます。
稲嶺知事・岸本市長らの「軍民共用空港」「15年使用問題」、「7つの受け入れ条件」および「使用協定」は在沖米軍の本質が破綻させる宿命的矛盾を抱え、21世紀的世界の潮流(前述)の洗礼を受けるでありましょう。
それは、すでに、衆議院選挙、沖縄県会議員選挙で矛盾の拡大が表面に出て、参議院選挙で糸数慶子氏が9万5千票の差で圧勝しました。糸数氏は選挙前、選挙中もテント村の座り込みを行っています。
この選挙中、私は2度東京に呼ばれ次のように訴えています。
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  (アセスの学習)

「環境アセスメントをめぐる闘いは3~4年かかり、知恵の闘いになります。皆さんに日本科学者会議沖縄支部の方法書に対する意見書をお渡ししています。私はこれが一番すぐれた意見書と思っています。この基地の姿がどんな否定的な世界をつくるのか、何が書かれていて、何が書かれてないか。何を目的とするのか。学習を深めていただきたい。方法書の理性的で科学的認識は次の段階の礎になります。建設まで15年と言われる過程にはいろいろな段階があります。それぞれの節目節目に精一杯闘う、その過程で建設中止に追い込み勝利の美酒を味わうことができるかも知れません。」

「首都圏には、沖縄への思いを持っている多くの人々がいます。私どもは東京で活動することができませんが、東京での闘いは大きな意味を持ってきます。沖縄の文化を愛する世界が広がっています。環境団体も、平和団体・市民団体も一緒になれる闘いです。社民系もいれば共産党系も、ノンポリ系もひとつの力になって、新基地は作らせない・ボーリング調査をさせない一致点で、首都における「5本の指」の生き方で行動してほしいと思うのです。」

「沖縄では参議院選挙に向けていろいろな過程がありました。日本政府の構造的政治差別に、全野党の共闘が大切と糸数慶子氏を統一候補と確定しました。これは、座りこみをしている私たちにとって、大きな力です。あの強引な小泉首相ですら住民の了解を大事にと言わざるを得ません。糸数さんは、普天間の辺野古移設反対を最大の政策に掲げていますから、勝利しなければなりません。負けたら、大変です。選挙が終わったら機動隊導入で、私どもは留置所行きです。しかし、糸数さんは勝ち、新しい政治情勢が生まれ、私どもの闘いは有利に展開できると思うのです。」
「皆さん、厳しい闘いですが、戦争するための東洋最大の機能を備えた基地を辺野古に作らせない、ジュゴンの棲む豊かな海を守るために、首都の皆さんは防衛庁や環境省に「5本の指」で行動を起こしていただきたいと思うのです。」
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マグマ爆発寸前
テント村を設営して夏休みを迎えるある日の八時ごろ、学校に登校する生徒たちの姿を見て、自分が教師であったことに気がつき、毎日、6時に家を出て、登校する姿を見たことがなかったのです。
この間、沖縄県議選挙、方法書の意見書提出の組織化、国際サンゴ学会、参議院選挙,と大きな動きのなかで大好きな魚釣りも、毎日、海に座っていても(テント村は埋め立て地で登記上は公有水面)出られる状況ではありません。
しかし、辺野古移設・SACO見直し、伊波宜野湾市長の訪米と反響が沖縄県民の世論が大きく動きはじめ、稲嶺知事の「現実的対応」は「非現実的対応」の代名詞になって来ました。
この変化のなか、那覇防衛施設局は、私たちが求めていた説明会を一貫して否定し、名護市当局及び名護市議会も否定しましたが、説明会開催を示唆しています。すでに、方法書の意見提出終了後は、ボーリング説明会は時効に入ったと現場では防衛施設局に通告しています。なぜなら、環境アセスメント方法書の意見書全面公開、準備書面の段階に入り、各段階の対応があるのです。
この段階で名護市及び市議会が説明会に同意することは、自己否定、政府の奴隷としての姿が浮き彫りになり、混迷を深めさせる責任を負います。なぜなら、名護市は住民説明会拒否、議会も住民説明会意見書否決を行っているのです。
キャンプシュワーブの演習はイラク混迷を反映し、水陸両用戦車、ゴムボート上陸訓練が烈しくなってきて、テント村は臨時の撮影会場に変わります。空では、嘉手納や普天間の航空機の飛来、韓国配備のA10、三沢配備のF16戦闘機、アメリカ艦隊のF18戦闘機も日常化し、KC135空中給油機は一日中旋回し始めた。辺野古に海上基地ができたら、すさまじい光景が展開されます。名護市の末松助役は「海上基地だから安全」と断言しますが、那覇防衛施設局同様、マグマが沖縄の地下で煮えたぎっていることを知らない。
(04年8月31日)日記


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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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