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沖縄に帰ってー北海道報告(2)


 4月・5月の連鎖行動訴える
北海道
  北海道は寒くて暑い。それに、目を射る雪の反射が体のバランスを襲う。外は0度に近く車と部屋は25度、ヤンメームンの体が調整しきれない。雪原の太陽の反射は遠慮なく目に来る。
 沖縄について新聞を読み現実に戻る。写真は北海道。

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(吹雪の中、支笏湖、伊藤温泉に向かう。)


 移設先探し
  ご苦労さん
 鳩山首相、政府の「移設探し」先送り、岡田外務大臣ゲーツ、クリントン会談。政府もマスメディアも「移設論」「日米同盟深化論」を「国是」のごとく報道している。
 その一つの特徴は「日米同盟」多使用、諸悪の根源「安保条約」を一切口にしないことである。仲井真知事は「地位協定諸悪の根源」と言う(31日)
 そもそも、2つ目は、安保条約と関連して、まだ、沖縄に新基地必要論・固定論の呪縛から抜けきれないということ。日米合意重い論言えなくなって、抑止論を強調して日米同盟絶対論は世論調査誘導に反映しているが危ういこと知らない。沖縄に基地なお押し付けることは、世界の潮流に反し、平和の文化、生物多様性について政府もNGOも日本は弱い、ドバイのワシントン条約で日本は勝ったように見えるが日本のお金外交が成功したに過ぎない。
 アメリカ高官の発言は、海兵隊抑止力論から海兵隊「重要論」に微妙に変化してきている。
 30日の新聞、高裁は公務員のビラ配り、政治活動、国際的常識に触れていた。同様に、アジア・太平洋世界の動きから日米安保に踏み込むべき時代に来ている。
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 (支笏湖、伊藤温泉)
 2012年問題と
  シュワブ陸上案
 北海道に出る前、陸上案について「2012年」問題に直面すると書き、市会議員に行政の果たす役割を説明し、沖縄BDネット(沖縄生物多様性ネットワーク)メールに次のような発信をした。
『情報』
 「2012年5月14日、軍用地の20年使用が切れます。沖縄防衛局から契約予約書が届きました。個人・市町村はどうするのか。私は契約拒否を考えています。一人でも貫きたいと思いますが、賛同者求めます。
  大西 照雄 24日」
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 (湖に上がる朝日、今年は朝日に恵まれている)

 動き出した「2012年」問題
 北海道から帰ると琉球新報特集「呪縛の行方」(3月31日)、新連載「民の叫びー普天間県外への決意」は「2012年」問題に多く触れている。
 辺野古・豊原・久志部落軍用地主200人が軍用地契約の同意書、提出しない。さまざまな思惑があろうと思うのだが、すでに、1月の時点で沖縄軍用地主会は20年使用を10年にせよと交渉している。陸上案は政府にとってハードルの高い山が待ち受けている。噂によると下地幹郎国民新党議員はシュワブに軍用地を所有しているといわれ、下地が陸上にこだわるのは軍用地をカードに基地建設の指導権、利益権を得るためとも言われている。沖縄防衛局は2012年問題を速めた。おそらく、現行計画に「移設探し」戻すための手法で辺野古の軍用地主動かしたとみるべきであろう。その兆候はすでに1月下旬に出ていた。
 辺野古軍用地地主の動き、過去・現在から過大の評価はしないけれども、「2012年問題」は沖縄県民の一定の闘いの武器になれる。市町村の果たす役割大きい。
 午後、琉球新報「民の叫び」の取材を受ける。4月25日に向けての企画である。
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 (鹿が泉の近くに車の中で捕りました)
北海道道民集会での挨拶

 北海道の隅々からお集まりのみなさん。南の辺野古の海から連帯の挨拶をさせていただけることに感謝申し上げます。
 今年1月24日の名護市長選挙、全国の熱い思いと支援によって勝利することができました。心からお礼を申し上げます。
 2010年、日本の政治の春が、名護から日本列島に北上する新しい兆しと言えます。日米安保50年の節目の年を政治の春を生みだしましょう。
 私たち名護市民は稲嶺進名護新市長の誕生を苦節13年の闘いの勝利と言います。私たち名護市民は「大切なことはみんなで決めよう」と市民投票条例を制定させ、1997年12月、海上ヘリポートを拒否しました。しかし、3度の市長選挙、3度の知事選挙に敗れました。負けても、負けても希望を失わず、愚直と不屈の心と闘いを持続させてきました。私たちは市民投票の民意を大切に、軍民共用空港を非暴力の闘いで頓挫させ、米軍再編成の沿岸案も頓挫、現行計画も迷走させています。
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 (外は吹雪、家は熱い、27日夜の講演)

 勝っても、勝っても、日米政府は、よくも、マー、粘り強く新しい移設案を押し付けてきます。
 米軍再編成による、いわゆるマスコミが盛んに使う現行案「V字2本滑走路」は単なる普天間の移設ではなく、射撃演習所、軍港、辺野古弾薬庫、軍港と結合した「悪魔の要塞基地」です。私たちは6年余の座り込みで日米政府を追い込んでいます。
 私たちは、闘いが谷間の時も、苦しい時も、市民・県民を信じ、非暴力の行動を柱に県民の心と知恵を結集し、世論を形成してきました。平和・環境・市民団体及び個人、宗教の違いなど力を合わせ日米政府を追い詰めています。小泉自公政権の構造改革に反対する国民的運動の高まりに、どれだけ、励まされたか知れません。
 鳩山政権は、自公政権以上に対米従属を深め、安保、日米同盟に縛られ、思考能力を失っています。鳩山政権は、あきれ果てるほど「移設先探し」に熱心で「安保平等負担論」「移転訓練」を唱えています。これはがん細胞の全国転移、沖縄に新しいがん細胞を押し付けること、過去および現在が示しています。
 私は宜野湾市民の心を大切にします。「宜野湾にいらないものは、名護にも、どこにもいらない」の市民および伊波市長の明確な立場は、辺野古の大切な心です。
 普天間問題は閉鎖・全面返還こそ現実的な道です。海兵隊は抑止力ではありません。侵略の軍隊です。
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 私たち沖縄県民は
  4月25日、大規模な県民大会を計画しています。
  5月16日には普天間包囲人間の鎖を行います。
 全国の各々の地で、ぜひ、連鎖行動を行ってくださるよう心から訴えます。普天間の勝利を保障するには夏の参議院選挙で、安保廃棄政党、勢力が前進することが求められています。11月の沖縄知事選挙の勝利の土台となる「安保夏の陣」と言えます。沖縄の問題は安保条約の問題に鋭く挑む方向へ発展します。新安保50年の節目の年にふさわしい闘いを作り上げようではありませんか。
 私たちのテント村の座り込みは、完全勝利まで続きます。沖縄訪問の際には辺野古・高江に来てください。
 さまざまな課題で、国民が手を結んでいこうではありませんか。御挨拶の機会を与えてくださって感謝を申し上げます。
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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