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民主連立政権の戦略?-人間のすることか(2)

 今日の辺野古(4月6日)
  「暇なのだ」と思ったら・・
 キャンプシュワブのゲートが見えなくなった。奥の方に移動したのか、やたらと1トンブロックが増えた。キャンプハンセンも同じである。米軍が臆病になったのか。テロ恐怖症に陥ったのか。

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 4月の人事異動、新学期の影響か。訪問者も少なく、暇を持て余してテントの写真、ポチ、具志堅徹さんお勉強、有刺鉄線を散歩した。
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 ヘリが動いた
  人吊り訓練が始まった。
 午後、ヘリが1機、テント村上空を旋回して宅地上空を飛んだ。

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 1時15分から
   人吊り訓練が始まった
 沖縄高専近くのヘリパットから、キャンプシュワブ岬を回り、漁港上空から民間地を回って高専近くで降りた。高江ではよく見られ、辺野古では数年ぶりである。

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 2時ごろヘリ2機
  漁港上空から陸上に沿って南下、高江での訓練の帰りであろう。今日の特徴は陸上をかまわず飛行し出した。アセスの頃は、マナル岩上空をルートにしていた。陸上案が出てきたので堂々として来たのか。
米軍には規制は効かない。「運用上とは」は米軍自由を意味する。
 V字、陸上計画のならしか。

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(続きー人間のすることかー民主連立政権の戦略は?)






人間のすることか(2)

  勝連沖・陸上・徳之島・普天間居座りー移設案

 「ぶら下がり」報道、政府関係者報道なるものが増えた感じがする。移設探し見ていると、さらに、「人間のすることか」と強くなる。
 資料として沖縄タイムス(6日)
 赤旗(5日)を張り付ける。
 政府が検討しているとする「移設論」を見ると20年以上実現までかかる非現実的なものだ。香港は中国に100年で返された。完成した段階で返還交渉が始まるということだ。
 安保条約10条行使が現実的であろう。日本の国債が発行された。思いやり予算出せるほど日本の経済の先は明るくない。
 「宜野湾にいらない」世界一危険な海兵隊基地がどうして巨大化することに、日本で問題にならないのか。
 「ぶら下がり」「政府関係者」の前に、巨大化する移設論に、常識的批判が求められるのではないか。
 サンフランシスコ条約の沖縄・奄美は日本でないのか。一方、民主連立政権は騒ぎを大きくして、現行計画(V字)に戻す戦略のようにも思える。
 民主連立政権・マスメディアは「日米合意重い」を、言わず、言わなくなり、不可能になった日米合意(14年完成)を、忘れっぽい日本人を誘導している観がする。まさに、「人間のすることか」である。


資料
沖縄タイムス
後に陸上・勝連 対米打診と相違
政治 2010年4月6日 09時59分

(7時間52分前に更新)

 米軍普天間飛行場の移設問題で、平野博文官房長官が1日に仲井真弘多県知事と都内で会談した際、米海兵隊ヘリ部隊をまず鹿児島県・徳之島に移す考えを伝達していたことが分かった。その後、キャンプ・シュワブ沿岸部の陸上にヘリコプター離着陸帯を建設し、将来的には本島東岸の勝連半島沖埋め立てによる人工島に移設する3段階の内容だ。複数の政府関係者が5日、明らかにした。

 政府は先月26日、岡田克也外相を通じルース駐日米大使に(1)シュワブ沿岸部の陸上にヘリ離着陸帯を造り部隊の一部を暫定的に移駐(2)この後、鹿児島県・徳之島か勝連半島沖合埋め立てによる人工島にヘリ部隊を全面的に移す―との二段構えの構想を提示した。平野氏が示した案ではシュワブ陸上に加え、徳之島と勝連半島沖いずれも移設先となる。対米打診案とは異なっており、対処方針が定まっていない政府の混乱が読み取れる。
(以下省略)
赤旗(5日)
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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